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456話 丸呑み

 

 声が、聞こえた。

 それは遥か遠く、地の底から響くような低く重い声。

 しかしさくらの耳には確かに届いた。


 もう一人の友人……


 心を通わせた家族からの呼び声。


「ミラ……!」


 さくらの目から、涙が溢れる。

 それは恐怖と安堵が入り混じった涙。


 ずっと待っていた。

 ナチュラスから、転移魔法陣を使えないあの子が自力で辿り着くのを。


 地面の中を何時間も泳ぎ続け……今、辿り着いた。


 さくらはどれほど不安だっただろう、るなが奪われてしまうのではないかと。


 その心の悲鳴に応えるかの如く——地面が揺れ始めた。


 波打つ。

 まるで凪いでいた海面に嵐が訪れたかのように。


 大地そのものが液体のように蠢き始め、土が水のように流動し、石が波のように押し寄せる。

 個体を液状化する魔法。

 それはミラージュリヴァイアスが持つ、特異な能力。


 周囲の空気が振動し、大地から水飛沫が上がる。


 次の瞬間、轟音と共に『それ』は地上に躍り出た。


 ドォォォン!!

 大地が爆発したかのような衝撃。

 土砂が舞い上がり、視界を遮る。


 その中から現れたのは——


 陸を泳ぐ鯨——いや、鯨という言葉では到底その荘厳さを表現できない。

 全長百メートルに及ぶ巨体、白い鱗が光を受けて神々しく輝き、まるで星々を纏ったかのようだ。


 開いた口には無数の牙が並び、その一つ一つが人間の身長ほどもある。

 周囲の空気が圧縮され、存在するだけで空間が歪んでいるように見えた。


【ミラージュリヴァイアス】——さくらが使役するもう一柱の神獣が、ここに降臨した!


「ミラ……!間に合ってくれた……!」


 さくらの声は震えていた。

 安堵と感謝で胸が一杯になる。


 自分を救いに来てくれた、その事実だけで凍てついていた感情が溶けていくようだった。


 ミラージュリヴァイアスの巨大な瞳がレゾとガルモを睨みつける。

 その眼光には怒りの感情が宿る。

 氷のように冷たく、炎のように熱い怒り。


 大切な主を悲しませた者たちへの、容赦なき憤り。


「グオオオオオオオオ!!!」


 咆哮が空気を切り裂く。

 それは単なる音ではなく、物理的な圧力を伴った威嚇。


 地面が震え、空気が震え、レゾとガルモの体が震えた。


 風が巻き起こり、土煙が舞い上がる。


「な……なんだ……あの化け物は……!」


 レゾが後ずさる。

 その顔には恐怖が浮かんでいた。

 常に死と隣り合わせで生きてきた男が見せる、怯えの表情。


 彼らはミラージュリヴァイアスの存在を知ってはいた。

 しかし実際に間近で見るのは初めてで、その圧倒的な存在感はどんな情報も凌駕する。


 肌を刺すような殺気、骨まで響く咆哮、そして何より——この世のものとは思えないプレッシャー。


 ガルモは言葉を失い、ただミラージュリヴァイアスを見つめている。

 その目には畏怖と——危険な何かが湧きだし始めていた。


「もう……許さない!」

 さくらが涙を拭い、怒りを込めて叫ぶ。

 恐怖はもうない。

 今あるのは怒りだけ。


 るなを苦しめた者たちへの、純粋な怒り。


「……あなたたちを許さないから!!」


 さくらの力が籠った言葉に、るなが反応し立ち上がった。

 動く。

 ガルモの干渉が解けている。


 ミラージュリヴァイアスの出現で、ガルモの意識が乱れたのだろう。

 るなの目に光が戻り、力が漲る。


 チャンスだ。

 るなの残像を残して疾走する。


 銀の毛並みが光を弾き、美しい軌跡を描く。

 神獣の速度は人間の目では追えない。

 一瞬でレゾの背後に回り込み、その首筋めがけて牙を剥いた。


 致命的な一撃。


「ちっ……!」


 レゾが咄嗟に腕を伸ばして受け止めた。

 るなの牙が彼の腕に深々と食い込み、血が噴き出す。


 しかしレゾの顔にニヤリと邪悪な笑みが浮かべた。

 それは勝利を確信した者の、笑み。


 レゾの右手がそっと、るなの腹部に触れる。

「魔力共鳴!!」


 るなの体内魔力が爆発的に暴走した。

 青白い光が体を内側から照らし、体の一部が弾け飛ぶ。


 るなの悲鳴が響き、白い体が地面に転がる。

 毛並みが血に染まり、紅く滲んでいる。


「るなーーー!!」


 さくらが悲痛な叫びを上げた。


 胸が引き裂かれるような痛み。

 比喩ではなく、それほどまでに深くシンクロしている。


 るなとさくらは意識、感覚、痛みまでも共有していた。


「魔力共鳴にはこんな使い方もあるんだぜ?ゲハハハ!」」


 レゾが笑う。

 左腕から血を流しながらも余裕の表情。


 触れた相手の魔力を共鳴させて暴走させる。

 魔力が高い神獣には特に効果が高い。


 しかし、その隙に大輔は距離を取った。

 レゾの得意な間合いからの脱出。

 単に間合いを確保しただけではない。


 射線が通った!

 これで気兼ねすることなく……


 さくらの視界がミラージュリヴァイアスと重なる。

 感覚共有。


「ミラ!!ソニックロア!!」


 命令に従い、ミラージュリヴァイアスが巨大な口を開けた。

 その口は深く昏い、まるで宇宙空間。

 凄まじい吸引力で周囲の空気を呑み込み始める。


 ゴォォォォという轟音と共に風が巻き起こり、土が舞い上がり、周囲の全てがミラージュリヴァイアスの口へと吸い込まれる。


 そして体内で空気と魔力が圧縮され、練り上げられた。

 青白い光がミラージュリヴァイアスの体を内側から照らし、鱗の一枚一枚が眩いほどに輝く。


 魔力が溢れ出し、周囲の空気が震える。


 咆哮と共に撃ち出されるソニックロアは音速を超える衝撃波。

 街中で使えば甚大な被害を及ぼすだろうが、異世界人を放置する方が遥かに危険だ……やるしかない。


 ミラージュリヴァイアスとさくらは精神ネットワークで繋がっている。

 テイマーとモンスターの絆、まさに一心同体。


 互いの考えが手に取るように分かる。

 ミラの意識が、さくらの心に流れ込んでくる。


 魔力が臨界点に達する。

 空気が振動し、地面が揺れる。


 しかし——


 プツン。


 繋がりが、切れた。


「え……?」


 さくらの目が見開かれる。

 心に穴が開いたような感覚。

 精神ネットワークが消失した。ミラが感じられない。


 あんなに温かかった繋がりが、突然冷たく感じられる。


「ミラ……?」


 不安が胸を締め付ける。

 何が起きたのか理解できないが、ある予感が過る。


 ミラージュリヴァイアスの瞳が真っ赤に染まっていた。

 血のような、不吉な赤。


 それは支配の色。

 さくらが知っているミラの優しい瞳ではない。


「俺……コイツ……気に入った……」

 ガルモの声が響く。

 その目は恍惚としてミラージュリヴァイアスを見つめていた。


 興奮で体を震わせ、息が荒い。

 まるで最高の宝物を見つけた子供のように、いや、獲物を前にした捕食者のように。


 さくらは、るなの干渉が無くなった理由を理解した。

 一度に支配できるモンスターは1体、というガルモの言葉。


 標的を変えたのだ——ルナフォックスからミラージュリヴァイアスへ。


 より強大で、より魅力的な獲物へ。


「やめて……!ミラを返して!!」


 さくらの叫びは虚しい響き。

 もう遅い。

 どんなに叫んでも、優しかったあの目は……もう自分を見ていない。


「グオオオオ……」


 ミラージュリヴァイアスがゆっくりと巨体を動かし、ガルモへと向かう。


「来い……俺と……」


 ガルモが両腕を広げる。

 その表情は狂気に満ちていた。

 まるで恋人を迎えるかのように、


 恍惚とした笑みが浮かんでいる。


 ミラージュリヴァイアスが巨大な口を開ける。

 無数の牙を剥きだしにし、喉の奥には暗黒が広がっている。


 ——そして襲いかかった。


「ミラーーーーーー!!」


 さくらの声は届かない。

 喉が裂けるほど叫んでも。


 僅かに残った理性から敵を判断したのか?

 ミラージュリヴァイアスの口がガルモを包み込み、一撃で丸呑みにした。


 そして——沈黙。


「ガルモ!!」

 レゾが仲間の名を叫ぶが……。

 ガルモはミラージュリヴァイアスの体内へと消えた。


「あ……ああ……」


 あまりの光景に、さくらは膝から力が抜ける。

 ミラが人を食べた。


 心が苦しい。

 呼吸ができない。


 その時——


「ハハ……アハハハハ!!!」


 笑い声。

 それはミラージュリヴァイアスの口から発せられている。


 神獣が嗤っている!

 言葉を話せないはずの存在が!


「俺は……究極の生命体になったぞ!!!」


 その声はガルモのものだった。

 ミラージュリヴァイアスの瞳が狂気に輝く。

 それは紛れもなくガルモの意識。


 人と神獣が一つになっている。


「これが……モンスターテイマーの最終奥義……スピリット・オブ・ワン!!」


 モンスターの肉体に、人の知性を宿した——究極の存在へと。


 昇華した。


 その姿は美しく……



 醜悪だった

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