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453話 操り人形

 ゲイブとケヴィンが遥斗に迫る。

 その動きは軽快そのもの。


 おかしい。


 二人の素早さのステータスは、遥斗が三重に奪っている。

 相当緩慢になるはずなのに。


 なぜ、こんなに動けるのか。


 考えるまでもない。

 答えは糸。


 ルドルフから伸びる黒い糸が、二人の体に繋がっていた。

 それが共生的に彼らを、人形のように動作をさせているのだ。


 本来のステータスを完全無視して。


 当然、その代償を受けるのは——

 本人たち。


 ゲイブの腕からは血が滲み、ケヴィンの脚は不自然な方へ曲がる。

 筋肉は断裂し、腱が切れているだろう。


 そうやって遅い体を、無理やり高速で動かしている。

 体はもはやボロボロ。


 それでも——


 二人は、動かされる。


「があぁぁぁ!」


 ゲイブの拳が、遥斗を狙う。

 もちろんスキルは、発動しない。

 ただの殴打。


 マリオネイターの糸で操られている間は職業能力を発揮できないのだ。

 それでも拳を振り回す。


「だあぁぁ!」


 ケヴィンのロッドが突き出される。

 しかし、これもスキルは発動せず。

 ただの突き。


 二人は単調な攻撃を繰り返すのみ。

 遥斗が、後ろに跳んで距離を取る。


(時間稼ぎ……か)


 遥斗の目が、遠くになったヴァイスを見る。


 ヴァイスは、膝をついたまま俯いていた。

 傷は、塞がり始めている。


 エンチャントによる脅威の回復力。

 ルドルフは、ヴァイスに回復の時間を与えるために、ゲイブとケヴィンを無茶苦茶に動かしていた。


 遥斗の目が、二人の動きを鋭く観察する。

 糸の繋がり方。

 弱点。


 全てを、記憶する。


(……今は手が出せないな)


 その時——


「……う……な……」

 ゲイブの口から、小さな声が聞こえた。


「……俺たちに……構うな……」

 その声は、震えていた。


 ゲイブには、まだ微かに意識がある。

 操られながらも、必死に声を絞り出していた。


「……遥斗……君」

 ケヴィンの声も、聞こえる。


「……戦え……」

 その声には痛みが滲んでいた。


 精神も肉体も蝕まれながら。


 それでも——


 遥斗の足を引っ張らないように。


 必死に。



「ハハハ!!」

 ルドルフが、笑った。

 その笑いは嘲笑。

「滑稽だな!!人形風情が人様の心配をするとは!!」


 ルドルフの目が、遥斗を見る。


「教えてやろうか……小僧。……意識を完全に断つこともできるのだが……」

「あえてそうしておらん。なぜだか分かるか?」


 邪悪な笑みが、深まる。


「お前に……楽しんでもらうためだ!」


 これは明確な、挑発。


 遥斗の拳が震えた。

 爪が、掌に食い込む。


(分かっている……)

 遥斗の思考は、それを理解している。


(これは……作戦だ……)

 感情を乱すための。


 冷静になれ。

 そう、自分に言い聞かせる。


「……っ」


 遥斗の目にゲイブとケヴィンの姿が映る。


 血を流しながら。

 体を壊されながら。


 それでも——


 遥斗を守ろうとしている。


 何かが弾けた。



「貴様ぁあああ!!」


 遥斗が、叫んだ。


 その声には怒りがあった、怒りしかなかった。

 感情が、暴発した。


 遥斗の手が、魔力銃を構える。

 狙いはルドルフただひとり。


「死ね……!!」

 引き金に、指がかかる。


 遥斗の銃口の前にケヴィンが、立ちふさがった。

 虚ろな目のまま。


「退いてください!!」

 遥斗が、叫ぶ。

 ケヴィンに反応はない。

 盾のように、ルドルフを守っている。


「フハハハ!!やはり所詮は子供か!浅はかよな!」


 その笑いが遥斗の神経を、逆撫でする。


「何が……」

 遥斗の声が、震える。

「何がおかしい!!」


 激昂。


 遥斗が、ケヴィンをかわし、ルドルフに駆ける。

 一直線に。


「止めろ!!」

 ルドルフが、叫ぶ。


 しかし遥斗は、止まらない。


 ルドルフの口が歪んだ。

 それらは全て折り込み済み。


 背後から、ゲイブの腕が遥斗を掴む。


「ぐっ……!」


 そして羽交い絞め。

 遥斗が動けなくなった。


「そうだ!いいぞ!そのまま押さえておけ!!」


 ルドルフの瞳には勝利の色。


 遥斗がもがくが、ゲイブの腕の力は緩まない。

「ゲイブさん!!離してください!!」

「ゲイブさん!!しっかりして!!」


 いくら叫んでも届く事はなかった。

 こうなれば仕方がない、力ずくで外しにかかる。


 竜騎士のステータスを得ている、今の遥斗であれば造作もない。

 ただし、ゲイブの腕の骨を粉砕することになるが。


 それでも力づくで、払いのけた。


 ゲイブが後ろに倒れ、地面に叩きつけられる。


「ぐ……あ……」


 ゲイブの口から声が漏れた。


 遥斗は自分が何をしてしまったのか理解した。


 守ろうとした人間を。


 自分の手で。


 傷つけた。


「その顔だ!!それが見たかったのだ!」


 ルドルフが、からかうように笑う。


「自分で守ろうとした者を……そんな風にできるとは!!」

「お前は……さては人でなしだな!!」


 その言葉が——


 遥斗の心を、抉る。



「うるさい……」

 遥斗が、呟く。


「うるさい……うるさい……うるさい!!」

 叫ぶ。


 理性が——


 消えた。


 遥斗が、銃を投げ捨てルドルフに駆け寄る。


 殴る。

 絶対に殴る。


 それだけ。


 ルドルフの顔面を、狙う。



 しかし、その拳が届く事はなかった。


 遥斗の右足がナイフで貫かれる。


 ヴァイスだ。


 いつの間にか、遥斗の背後にはヴァイスがいた。



(……バカが)

 ルドルフは、心の中で笑う。

(所詮……子供)


 全ては、作戦通り。


 遥斗を感情的にさせ、判断を鈍らせる。

 ヴァイスが、回復する時間を稼ぐ。

 散々挑発し、視野を狭めておいたのが功を奏した。


「うぎゃあああああ!!!」

 遥斗が、悲鳴を上げる。

 激痛でのたうち回る。


「あ……あああ……」

 その時になって、遥斗は初めてヴァイスの存在を認識した。


 しまった!と、遥斗の顔が青ざめる。


 完全なる油断。


 怒りに任せて、ルドルフしか視界に入っていなかった。


 ヴァイスが、近づいてくる。

 勝利を、確信した顔で。


 ルドルフも、近づいてきた。

 死霊の杖を、掲げながら。


「フハハハ!!ざまあないな!!」


 遥斗は恐怖のあまり、尻もちをついたまま後ずさる。

「や……やめろ……来るな……!!」


 その声は、震えていた。

 ズリズリと地面を這う。


「これで終わりだ!!小僧!!お前は……ここまでだ!!」

 ルドルフが高らかに勝利宣言を行い、杖を持った右手を高く掲げた。


 シュパッ。


 ルドルフの右腕が——


 切り落とされた。



「……は?」


 ルドルフの目が、見開かれる。


 何が、起きた?


 自分の右腕が——


 地面に、転がっている。


 血が、噴き出す。

「あ……ああ……?」

 理解が、追いつかない。


「やっぱり……」

 遥斗の声が、響いた。


 その声は冷静だった。

 恐怖など、微塵も感じられない。


「その糸を断ち切れば……傀儡化は解けるみたいだね」


 遥斗が、立ち上がった。

 足の傷をものともせずに。


 ゲイブとケヴィンは、文字通り糸が切れたように崩れ落ちた。

 地面に倒れ動かない。

 意識を、失っているようだ。


「な……」


 ルドルフが、ヴァイスを見る。


 虚ろな目をしていた。


 操られている。

 よく見ると、ヴァイスから遥斗へ黒い糸が繋がっている。


「貴様……いつの間にヴァイスをーーー!!」

「最初から」


「僕は……最初から彼女を操っていたよ?」


 ヴァイスに絡みつく黒い糸。


「……君が油断するのを待っていただけ」


 その言葉にルドルフが、全てを理解する。


 演技だ。


 感情を暴発させたのも。

 激昂したのも。

 冷静さを失ったのも。


 全て——

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