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452話 六つの剣

 ヴァイスが六本の腕を広げた姿は、異形としか言いようがなかった。


 炎、氷、雷、風、土、闇。

 それぞれのナイフが属性のエネルギーでコーティングされ、魔力の刃が伸びている。

 もはやナイフにあらず。

 六本の剣。


 燃える刃、凍てつく刃、放電する刃、疾風渦巻く刃、銀に輝く刃、そして漆黒に染まる刃。

 それらを広げた姿は、怪しい美しさを湛える蛾を連想させた。


 夜に舞う、禍々しい蛾。

 毒々しい色彩。

 死を纏う羽根。


 それさえも遥斗の感情に、一欠けの変化すらもたらさなかった。


(接近戦に付き合う気は、ない)


 遥斗の思考は合理的で冷徹だった。

 これは勝負ではない。

 試合でもない。


 殺し合い。

 相手を倒せばいい。

 ただそれだけ。

 

 手段を選ぶ必要も、正義を打ち立てる必要もないのだから単純明快。


 遥斗の手が、マジックバックに伸びる。

 取り出したのは魔力銃だ。


 黒光りする銃身。

 ルシウスが遥斗のために錬金してくれた、死線を共に潜り抜けたパートナー。


「ポップ」

 遥斗が呟く。


 マジックバックから放たれた光が弾倉に集う。

 一瞬で四つの弾丸を装填した。


 それは拡散の弾丸。


 遥斗の動きは機械的だった。

 無駄がない。

 迷いがない。

 感情がない。


 まるで機械のように、パーツのように。



「あらぁ?銃?銃なんて持っちゃって……それが切り札ってわけ?可愛い♪」

 ヴァイスが、小首を傾げる。

 その声には余裕があった。


 いや、それ以上。


 見下し。

 完全に見下していた。


 ヴァイスが、クスクスと笑う。


「私ね……元の世界で、嫌というほど使ってきたの。使ったことある?本物の銃」

 ヴァイスの目が細まる。

「だからぁ知ってるんだー、『それ』の弱点」


 ヴァイスが、左右に揺れる。

 その動きは蛇のように。


「弾丸の軌道って直線でしょ?」

「左右に動けば、狙いを定めるのは難しいよね?私も苦労したわー」

「近くに寄れば当てやすくなるけど……死角も大きくなるのよね」

「しかも回り込むように動けば……」


 その言葉通り——


 ヴァイスの体が、残像を残して消えた。


 速い、あまりにも速すぎる。


 左に消え、右に現れ、また左へ。

 ジグザグの軌跡を描きながら距離を詰めてくる。


 遥斗以上の速さ。

 加速のポーションを使っているはずなのに目で追えない。

(これがエンチャントの力。ステータスアップはポーション以上?)


 しかし——


 遥斗の表情は、変わらない。

 焦りも、恐怖も、ない。


 ただ計算をしていた。


 右か?左か?

 違う。

 遥斗が計算をしていたのは一つだけ。

 

 タイミング。


 ヴァイスは残像を利用し、遥斗の背後に回り込んでいた。

 これこそが完璧な死角。


「さようなら!坊や!」

 六本の剣が、一斉に振り下ろされる。

 逃げ場無し、属性付与の六連撃。


 それは必殺。

 直撃を受ければ、即死。

 竜騎士の防御スキルを使っても、耐えられるかは未知数。


 しかし最初から受ける気はなかった。


 遥斗の体が遠ざかった。


 転がる。


 地面に手をついて、体を回転させた。

 ヴァイスは死角にいるのだから、逆に言えば今見えている範囲は安全地帯。

 初めから、逃げる位置は規定事項。


 六本の剣が虚しく空を切る。


 そして、遥斗がそのまま流れるように反転した。


 立ち上がりながら、体を捻る。

 銃口が、ヴァイスを捉え……引き金を引く。


 パン!


 銃声が、響いた。


「え……?」

 ヴァイスが、目を見開いた。

 遥斗の動きが軍人の精鋭部隊にも匹敵する程に正確だったからだ。


 前転からの即座の反転。

 無駄のない照準。

 迷いのない射撃。


 緻密に計算された者の動き。


(こいつ……ただの高校生じゃ……!)


 しかし、今のヴァイスなら、弾丸を弾くなど造作もないこと。

 エンチャントで強化された体に六本の剣。


「甘いわよぉ!」


 ヴァイスが、炎の刃を振る。

 タイミングは完璧。


 しかし、剣が当たる直前——



 弾丸が、弾けた。



 散弾銃のように、無数の小さな弾丸に分裂する。

 それが拡散の弾丸の効果。


 分裂した弾が、全てヴァイスの体に命中する。


「ぎゃあっ!」


 ヴァイスの体が、後ろにのけ反った。


 拡散したため、威力は半減していたが。

 それでも弾丸は、ヴァイスの体に食い込んだ。


 肩、腕、腹、脚。


 血が噴き出す。


「っ……!」

 ヴァイスが、歯を食いしばる。

 ダメージはあるが、致命傷には、ほど遠い。


「ぬ……ぅぁああああ!!」

 ヴァイスが叫び、気合だけで体内の弾丸を押し出す。


 ポロポロと、血まみれの弾丸が地面に落ちる。


 そして——

 すぐに傷が塞がり始めた。

 肉が盛り上がり、皮膚が再生する。


 エンチャント:回復力向上


 数秒で、傷は完全に癒えていた。


「うふ……ふふ……」

 ヴァイスが、笑う。

 可笑しいのではない。

 その笑いには怒りが混じっている。


「これで……優位に立ったとでも思ってるのー?」


 腹立たしい。

 子供に傷をつけられた。


 しかしこの威力では、脅威にはなり得ない。

 ヴァイスは、そう判断する。


 恐れるものではない!


 しかし、それは間違いだった。


 パン!


 銃声が響いた、ヴァイスの視界の外から。

 いつの間にか、死角へと回り込んでいる。


「ぎゃっ……!」


 再び、拡散弾が命中。


 さらに、もう一発。


 そして三発目。


 遥斗は装填していた四発の弾丸を、全て撃ち込んだ。

「拡散の弾丸」が、雨のように降り注ぐ。


「うっ……うぁああああ!!」


 ヴァイスの体が、弾丸で埋め尽くされる。


「ポップ」


 魔力銃に、再び弾丸が出現する。


 今度の弾丸は、色が違う。

「業火の弾丸」、「氷結の弾丸」、「雷撃の弾丸」、「貫通の弾丸」。


 四種、四つの弾丸を装填した。


 そして——


 四連射。


 炎が爆ぜて肉を焦がし、煙が立ち上る。

 氷の結晶が広がり、皮膚を凍てつかせ感覚を消す。

 雷撃の弾丸が胸を貫き、電撃が体を駆け巡る。

 貫通の弾丸が腹を穿ち、脚が崩れる。



「ぎ……ぁあああああああああ!!!」


 ヴァイスが、悲鳴を上げた。


 それは、間違いなく悲鳴だった。

 本物の悲鳴。


「あ……あああ……」


 ヴァイスの体が膝をつく。

 エンチャントの能力があっても、これほどのダメージは簡単に治らない。


 遥斗は、そのまま距離を取る。

 

(死ぬまで、削る)


 遥斗の思考は、あまりにも冷徹だった。

 近づかない。

 接近戦をしない。


 ただ——


 遠距離から、攻撃を続ける。


 相手が終わるまで。


 それが、最も合理的判断。


「ポップ」


 また弾丸が出現する。


 生成装填。


 狙いを定める。



「お、お願い……ま……待って……」

 ヴァイスが、震える声で言う。


 遥斗の表情は、変わらない。

 引き金に、指がかかる。



 その瞬間、二つの影が躍り出た。

 虚ろな目をした、二人の男。


 ゲイブとケヴィン。


「人形よ……そいつを殺せ!殺すのだ!」


 ルドルフの声が、遠くから響いていた。

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