448話 十二色の悪意
(くそ……このまま……終わっちまうのかよ!)
ゲイブが、地面に倒れたまま呻く。
全身から力が抜けている。
何をされたかは分からないが、立ち上がることすらできない。
魔力を打ち消された身体は、糸を切られた人形のように何の抵抗もできなかった。
悔しさが、胸を焼く。
ゲイブの脳裏に、一つの顔が浮かんだ。
遥斗。
あの少年が、自分の家族の魂を救ってくれた。
闇に囚われていた妻と娘を、光の元へと導いてくれた。
あの時の感謝は、言葉では表せない。
(遥斗よぅ……俺は……)
ゲイブの拳が、わずかに震える。
(あんたのためなら……死んでも本望なんだ!俺の中の武道家の力よ!応えてくれ!)
深く、深く息を吸う。
「息吹!」
全身に生命力が巡る。
気が満ち、魔力が回復していく。
失われた力が戻ってきた。
ゆっくりと立ち上がる。
「まだ……なんだよ!終わっちゃいねぇぞコラ!」
ゲイブの咆哮が、戦場に響いた。
「ほう?まだ動けるか。面白い」
レゾが、興味深そうに目を細める。
十二個の水晶が、それぞれ異なる光を放ちながら回転する。
美しく、そして……
恐ろしく。
「ケヴィン!」
「ああ!」
ケヴィンが、ロッドを構え直す。
二人は分かっていた。
この相手に、勝てる見込みは。
皆無。
圧倒的な力の差。
(遥斗君……君がリリアンの魂を、救ってくれた)
ケヴィンの心に、最愛の女性の笑顔が浮かぶ。
(俺たちが時間を稼げば……こいつらと戦わなくて済むよな?)
それだけで、十分だった。
戦うには……命を捨てるには十分すぎた。
『行くぞ!』
二人が、同時に駆ける。
ゲイブが正面から。
ケヴィンが側面から。
完璧な連携。
「百烈掌!」
ゲイブの拳が、風を切り裂く。
「双蛇!」
ケヴィンの槍が二方向から迫る。
しかしレゾが静かに呟く。
「赤水晶、スキル減衰」
赤の水晶が輝く。
瞬間、ゲイブとケヴィンが放ったスキルから、力が失われた。
百烈掌の威力が激減し、双蛇の精度も下がる。
まるで水を打ったように。
技の輝きは失せていく。
結果、レゾは簡単に必殺技を回避してしまった。
「なっ……!」
「止まるな!もう一度だ!」
「ふん、次だ」
レゾが、指を鳴らす。
「緑水晶、速度増加」
緑の水晶が輝いた。
ゲイブとケヴィン、二人の動きが変わる。
走る速度が、倍になった。
能力が上がれば、強くなる。
それは当然の結果。
遥斗の使う「加速のポーション」も、効果は絶大だった。
ではなぜ、レゾは相手の能力を上げたのか?
「うあああ!」
「制御が効かない……!」
二人が、激突する。
緻密な連携が仇となった。
遥斗のポーションと決定的に違うのは——思考まで加速しないこと。
身体の能力上昇に、感覚が付いてこないのだ。
自分の意思で自由に動けない。
止まれないし、曲がれない。
「あはは!見て見て!どんくさーい!」
ヴァイスが指を差して笑っている。
「お次だ。青水晶、感覚増加」
レゾが、続けて呟く。
青い水晶が、冷たい光を放つ。
その瞬間、耳をつんざく轟音が二人を襲った。
「ぐあああああ!」
「やめ……やめてくれ……!」
いや、轟音ではない。
周囲の音が、全て増幅されているのだ。
風の音、地面を踏む音、自分の心臓の鼓動。
それら全てが、耐えがたい苦痛となる。
「どうした?顔色が悪いぞ?」
レゾの言葉すら、鼓膜を破るような大音量で聞こえる。
共鳴の力で五感が研ぎ澄まされ、僅かな物音でも苦痛となった。
「がはっ……!」
ゲイブが、血を吐く。
「くそ……これじゃ……」
ケヴィンが、耳を塞ぐ。
しかし聞こえてくる。
内側から、外側から。
全ての音が。
「黄水晶、視力減衰」
黄色い水晶が輝く。
見えない。
何も見えない。
今度は視力が奪われた。
「息吹!」
ゲイブが、再び回復スキルを使う。
「緑水晶、回復阻害」
緑の水晶が不気味に光る。
回復、しない。
傷が塞がらない。
感覚が戻らない。
「な……なんだと……!」
「ゲハハハ!」
レゾが、愉快そうに笑う。
「苦しいか?辛いか?」
その目が、爛々と輝く。
「もっと見せてくれ!その苦痛!その絶望!」
水晶が、次々と輝き始める。
白、黒、金、銀……
その度に二人が苦痛で転げまわる。
強い、弱い、とかそういう次元ではない。
能力の質が違う。
特異であり、異質。
その苦しむさまを見て、異世界人たちは満足気だった。
ゲイブとケヴィンの精神は蝕まれていく。
もはや自分がどこにいるのか、何のためにいるのか、曖昧になっていた。
あれほどの覚悟を持っていたはずなのに。
その尊厳は踏みにじられ、跡形もなかった。
「そろそろ仕上げといくか?虹水晶、精神減衰!」
七色の光が弾けた。
思考が、混濁する。
もう何が正しいのか、何が間違っているのか。
全てが移ろう幻。
ビクンッ!
体の中に虫が入って来る。
それは巨大ムカデを連想させた。
もちろん、それは唯の錯覚だが、彼らには現実でもある。
ムカデはゲイブ達の神経と一体化し、体の自由を奪われた。
ガルモが呟く。
僅かながらに歓喜を含んで。
「完璧……あやつ……られた」
「ゲハハハ!ルドルフ、こいつら使ってもっと楽しめるんじゃねーか?」
「ああ、そうだな」
ルドルフが、不気味に笑った。
髑髏の杖を掲げる。
「仲間同士殺し合いをさせてみるか……どちらが強いかな?」
その言葉に、四人が笑い声を上げる。
「いいね!」
「最高だ!」
「仲間に……襲われ……わらえる……」
サラが、その会話を聞いて震える。
「悪魔……あの人たち……人間じゃない……」
エルウィラインも、唇を噛む。
アレクスが、必死に盾を構える。
逃げる事は可能だろう。
どこへ?
この地獄に安全な場所はあるのか。
いや、ない。
どこにも逃げ場などないのだ。
「さてと、暇つぶしになればいいがな」
ルドルフが、サラたちを見た。
「行け」
その言葉と共に——
ゲイブとケヴィンが、サラたちに向かって走り出した。
虚ろな目で。
意識のないまま。
「いや……!」
サラが、悲鳴を上げる。
「来ないでーーー!」
しかし二人は止まらない。
ゲイブの拳が、振り上げられる。
ケヴィンの槍が、構えられる。
死が、迫る。
その時——
遠くから、爆発音が聞こえた。
「ん?何だ?」
異世界人たちが、その方向に一斉に振り向いた。
四つの人影が、戦場に飛び込んできた。
「ここだ!」
遥斗の声が、響く。
その横には、大輔、さくら、エレナの姿があった。




