44話 破られる城門
「アリアさん!」遥斗の声が、図書館に響いた。
そこに立っていたのは、赤い長髪を靡かせたアリアの姿だった。彼女の鋭い翡翠色の瞳が、部屋の中を素早く見渡す。
アリアの背後から、さらに4人の個性的な面々が姿を現した。シルバーファングのメンバーだ。彼らの姿を見て、図書館の空気が一変する。
「おや、これはこれは!噂の小僧じゃないのか!」
ガルス・フィスが、その禿げ頭を掻きながら笑った。
「ふむ、アリアが言っていた異世界人か」
レイン・ステップが、冷ややかな目で遥斗を見つめる。
「異世界のアイテム士とは興味深い。一度話を聞かせてもらいたいものだ」
マルガ・フレイムは、長い白髪をなでながら言う。
リリー・ブロッサムは、茶色の巻き毛を揺らしながら遥斗に近づいた。
「まあ、かわいいです!異世界から来たですか?」
「え、えっと...」遥斗は、突然の注目に戸惑いを隠せない。
エステリアが、急いで間に入った。
「みなさん、やめてください!遥斗くんを困らせないで」彼女の声には、遥斗を守ろうとする熱意が感じられた。
アリアが軽く咳払いをした。
「こほん。みんな少し興奮しすぎだぞ」
彼女は一人ずつ紹介を始めた。
「こちらがガルス・フィス、重戦士だ。力自慢で、少々騒々しいが頼りになる男だ」
ガルスが大きく笑う。
「よろしくな、小僧!」
「レイン・ステップ、ハンターだ。寡黙だが、洞察力に優れている」
レインは無言で頷いただけだった。
「マルガ・フレイム、魔術師だ。頭脳明晰だが、少々変わり者でね」
マルガが目を輝かせる。
「異世界の知識...。興味深いのう」
「そして、リリー・ブロッサム。クレリックで、チームの癒し手だ」
「よろしくです!」
リリーが明るく笑う。
エレナが一歩前に出て、優雅にお辞儀をした。
「初めましてシルバーファングの皆様。お会いできて大変光栄です。エレナ・ファーンウッドと申します」
シルバーファングのメンバーたちは、彼女の優雅な態度に少し驚いた様子を見せた。
遥斗が、疑問を口にした。
「アリアさん、どうしてここにいるんですか?」
アリアの表情が真剣になる。
「魔物の侵入に備えてだ。ここを拠点にして、すぐに対応できるようにしている」
「私たちにも何か手伝えることはありませんか?」
エレナがアリアに尋ねた。
アリアは一瞬だけ考え、遥斗たちに答えた。
「みんなはここに待機し、学園の防衛と逃げ込んだ者の保護、負傷者がいれば治療を頼む」
3人は頷いたが、アリアはさらに続けた。
「ただし、遥斗。お前の力は借りるかもしれない。準備だけはしておいてくれ」
その言葉に、シルバーファングのメンバーたちは驚いた表情を見せた。
ガルスが大声で言う。
「おいおい、アリア。まさかこの小僧を戦場に連れて行くつもりか?死んじまうぞ?」
レインも珍しく口を開いた。
「危険すぎる。彼のレベルでは太刀打ちできない」
エステリアが怒りの表情で叫んだ。
「そんなこと、させないでください!遥斗くんはまだ...」
遥斗を心配するあまり、彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
しかし、遥斗を見つめるアリアの表情は真剣そのものだった。
遥斗は、アリアの真剣な眼差しに、自分の肩にかかる重圧を感じた。彼の心の中で、恐れと決意が交錯する。
次の瞬間図書館の静寂を破り、扉が勢いよく開いた。息を切らせたマーガスの姿が現れ、全員の視線が一斉に彼に向けられた。彼の額には汗が滲み、普段の優雅な立ち振る舞いが乱れているのが見て取れた。
シルバーファングのメンバーは、マーガスの姿を見て思い思いの反応を示した。
ガルスが嬉しそうに声をかける。
「おっ、マーガスじゃないか!久しぶりだな、相変わらず元気そうだ!」
レインは無言で軽く頷いただけだったが、その目には珍しく興味の色が浮かんでいた。
「おや、マーガス。剣術の鍛錬は順調かね?」
マルガは髭をなでながら言った。
「マーガス!お久しぶりです!元気にしてたですか?」
リリーは明るく手を振った。
マーガスは息を整えながら、一人一人に丁寧に応答した。
「ガルスさん、レインさん、マルガさん、リリーさん...皆様お変わりなく」
(こんな一面もあったんだ...)
その礼儀正しい態度に、遥斗は少し驚いた。
アリアがマーガスに近づいた。
「どうしたんだ、マーガス?何かあったのか?」
マーガスは一瞬、遥斗の方をちらりと見たが、すぐに目をそらした。
「先ほどシルバーファングの皆様が学園に入ってこられるのが見えました」
彼は深呼吸をして続けた。
「アリア師匠、私も一緒に戦わせてください」
アリアの表情が厳しくなる。
「だめだな。危険すぎる」
「でも!」マーガスは食い下がった。
「アリア師匠の言いつけ通り、剣の修行は怠っていません。私にも戦う力があるはずです!」
ガルスが、状況を和らげようと割って入った。
「おいおい、アリア。遥斗も連れていくって言ってたじゃないか。なら、マーガスも構わないんじゃないのか?」
アリアは冷たい目でガルスを見た。
「遥斗とマーガスは違う」
その一言にマーガスの目に憎悪の炎が宿り、遥斗を睨みつけた。
「なぜ...なぜこいつを特別扱いするんですか?」
アリアは無言のまま、マーガスを見つめる。重苦しい沈黙が図書館を包んだ。
「...分かりました」マーガスの声には諦めと怒りが混じっていた。
「では、好きにさせていただきます」
彼は踵を返し、図書館を出ていった。扉が大きな音を立てて閉まる。
「おい、待てよ!」ガルスが呼び止めようとしたが、アリアが腕を上げて制した。
「ほっておけ」アリアの声は冷たかった。
その瞬間、轟音が響き渡った。
「ドゴォォォン!!」
地面が揺れ、本棚から目録が落ちる。窓ガラスが振動し、不吉な音を立てる。
「なっ...!?」遥斗が思わず声を上げた。
全員が窓に駆け寄った。そこに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
巨大な影が城門を破壊し、街の中に侵入していく。その姿は、まるで山が動いているかのようだった。建物が押し潰され、悲鳴が聞こえてくる。
アリアの表情が一変する。彼女は素早く遥斗たち4人の方を向いた。
「お前たち、ここに隠れていろ。いいか、絶対に外に出るなよ。分かったな?」
アリアが強い口調で言い放った。
遥斗たちは驚きと不安を隠せない表情で頷いた。
アリアはシルバーファングのメンバーを見た。
「行くぞ!」
その一言で、シルバーファングのメンバーが一斉に動き出す。
「気をつけて...」エステリアの小さな声が響く。
アリアは最後に振り返り、遥斗たちに厳しい目を向けた。
「お前たちはここを死守だ」
そして、シルバーファングのメンバーは図書館を飛び出していった。扉が閉まる音が、まるで運命の扉が閉じるかのように響いた。
残された4人は、互いの顔を見合わせた。恐怖と不安、そして何かをしなければという焦りが、彼らの表情に浮かんでいた。