436話 いつか見た光景
眩い閃光が世界を白く染め上げる。
爆風が周囲を蹂躙し、地面が大きく抉れた。
その爆発の中心で、遥斗と大輔の力は完全に拮抗していた。
蒼き龍と蒼き龍。
グングニールとクリスタルシールド。
押し合い、せめぎ合い、両者譲らない。
(イメージ通りだ!)
遥斗は急速に思考を巡らせていた。
激しい魔力の奔流の中で、その心は恐ろしいほど静かだった。
脳裏に、いつか見た光景が浮かぶ。
***
アストラリア王国の図書館。
薄暗い部屋に、一人の少年が座っていた。
遥斗だ。
机の上には、職業に関する書物が山積みになっている。
『竜騎士の系譜』『勇者種論』『モンスターテイマー奇譚』
ページをめくる音だけが、室内に響いていた。
「竜騎士は……レベル250でドラゴンダイヴを習得か……到達出来た人いるのかな」
遥斗が小さく呟く。
「使用者の攻撃力と魔力を合算して、突撃時のダメージを算出……単純な打撃力は通常攻撃の約50倍……体を覆う魔力が推進力の役割を果たす?だったらそれ自体も攻撃力がある可能性も……」
メモを取る手が止まらない。
涼介の勇者。
美咲のマジックキャスター。
千夏のハイモンク。
大輔の竜騎士。
さくらのモンスターテイマー。
クラスメートたちの職業について、片っ端から調べていた。
どのような成長を遂げるのか、どのようなスキルを獲得するのか。
知識面でサポートしたい。
皆の力になりたい。
それが、最弱のアイテム士である自分にできる、唯一のことだと思っていた。
しかし——
遥斗の思考は、いつしか別の方向へと向かっていた。
(もし、僕の職業が勇者だったら?)
空想が膨らんでいく。
自分ならどう戦うか、どんな風にスキルを扱うか、どんな戦術を組み立てるか。
ページをめくる手が止まる。
遥斗の瞳が、遠くを見つめていた。
「竜騎士のドラゴンダイヴは……軌道が直線的だから回避には弱いよね。でも、シールドバッシュで相手を硬直させてからなら……いける!その前にどうやってシールドバッシュを当てよう?」
頭の中で、戦闘シーンが展開されていく。
「勇者の剣技は、素早さに優れているけど……単体への瞬間火力は劣る。でも仲間の力を集約することで弱点は補える、か。逆に言えば仲間がいないと最大火力は出せない」
「マジックキャスターは消費魔力が大きい。詠唱時間もある……むやみやたらに戦うより、ポイントを見極める必要がある」
一つ一つ、丁寧に分析していく。
そして——
(もし、彼らに勝つには?)
その思考に辿り着いた時、遥斗は自分でも驚いた。
対峙した時にはどう対処するか、どうやって倒すか。
そんな事ばかり考えるようになった。
友を倒す方法にハマっている。
そんな自分に、少々嫌悪感を覚えた。
しかし、思考は止まらなかった。
何度も何度も、頭の中でシミュレーションした。
大輔が攻撃してくる。回避してから間髪入れずに反撃する。
さくらのモンスターが襲ってくる、間合いを取って本人に遠距離攻撃。
ありとあらゆるパターンを、脳内で再生し続けた。
「また一人で勉強ですか?あまり無理をすると体を壊しますよ?」
図書館の司書であるアステリアだ。
心配そうに声をかけてくる。
「あ、はい。もう少しだけ……」
遥斗が頭を下げる。
アステリアは優しく微笑んで、去っていった。
遥斗は再び、書物に向き合う。
(僕は、皆の力になりたいだけなのに。なんで、こんなことを考えてしまうんだろう?)
自己嫌悪と、止められない思考。
それでも、シミュレーションは続いた。
それは毎日、今もなお。
***
爆発の中、遥斗は静かに微笑んでいた。
(そう、この戦いも想定通り……)
大輔の動き。
スキルの使用順序。
攻撃のタイミング。
全てが、無数に行ったシミュレーションのひとつ。
いや——大輔は想像以上に強い。
反応速度も、判断力も、技の威力も。
しかし、彼の想像以上は想像通りだった。
(大輔なら、このくらいやる。そう思ってた)
遥斗の視線が、わずかに横にずれる。
そこには、さくらの姿。
るなを抱きしめ、立ち尽くしている。
(もし、さくらさんが戦闘に加わっていたら、勝負は一瞬でついていただろうな)
神獣を操る彼女の力。
二対一では、遥斗に勝ち目はない。
(でも……こない)
それも計算のうち。
クラスメート同士の殺し合い。
友が友を傷つける光景。
さくらは優しい。
動物を愛し、命を大切にする彼女が、この状況で冷静でいられるはずがない。
(そこに立ち尽くしていてくれる。それだけで十分)
遥斗の心に、罪悪感が広がる。
友の優しさを、利用している。
友の動揺を、計算に入れている。
(ごめんね、さくらさん)
心の中で謝罪する。
しかし、手は緩めない。
グングニールに、さらに魔力を注ぎ込む。
ギリギリと、二つの力が拮抗する。
(ごめんね、大輔)
本気で。
心の底からそう思う。
(でも、これが僕の最初からの狙いだったんだ)
時間稼ぎ。
アマテラスが、エリアナ姫と対話する時間を作ること。
イザベラが、アレクサンダーに真実を伝える時間を作ること。
そのために、遥斗は大輔と命の駆け引きをする。
(後は、お願いしますアマテラスさん、イザベラさん、ブリードさん)
信頼する仲間たちの顔が、次々と浮かぶ。
そして——
(……ユーディ)
小さな少女の、凛とした姿。
エーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラ。
(きっと君が、最後の希望だ)
彼女なら、必ずやってくれる。
戦争を止めてくれる。
祈るように、心の中で呟く。
世界を救うために。
大切な人たちを守るために。
そして——友を、これ以上傷つけないために。
ドォォォン!
再び、大爆発が起きた。
遥斗と大輔の身体が、衝撃で吹き飛ばされる。
完全なる相打ち。
それでも遥斗は引かない。
みんなの為に、引く事も負ける事もできなかった。
「行くぞ大輔!!」
「来い!遥斗ぉ!!」
戦いは苛烈さを増していった。




