433話 この世界の救世主
「遥斗、どけ」
大輔の声が低く響く。
竜騎士のランスが、殺気を帯びて構えられる。
「そのエルフを倒せば、お前の洗脳も解ける。今は引っ込んでろ!」
「洗脳?」
遥斗が困惑した表情を浮かべる。
「僕は洗脳なんかされていないよ」
「じゃあなんで教団側にいるんだよ!」
大輔が叫ぶ。
「お前、クロノス教団に何かされたんだろ!?強くしてやるとか言われてさ!そんで命令とかされたか?」
遥斗の隣で、エレナが一歩前に出る。
金髪を風になびかせ、毅然とした態度で大輔を見据える。
「違う!」
エレナの声が凛と響く。
「遥斗くんは自分の意思でここにいます」
「エレナ……だったよね。あなたも……」
さくらが悲しそうに呟く。
遥斗が深く息を吸い、ゆっくりと話し始める。
「聞いて欲しい。この戦いは、誰かが仕組んだものなんだ」
「このまま戦い続ければ、世界はすぐにでも消滅してしまう」
「くそっ!そらみたことか!完全にクロノス教団の教義じゃねぇか!世界の終焉がどうとか、そんな戯言に騙されて!俺達の役目は闇の討伐、つまり魔物を消し去ることだろ!」
大輔の拳が震えていた。
遥斗は唖然とする。
話が通じない。
前提となる情報が違いすぎるのだ。
特に大輔は正義感が強く、一度思い込んだら融通がきかないところがある。
「涼介はどこにいるの?」
遥斗が突然、話題を変える。
「は?」
大輔が戸惑う。
「涼介と美咲さん。彼らはどこに?」
遥斗の表情が真剣になる。
「詳しく説明したい。話を聞いてもらいたいんだ」
「涼介は……」
さくらが口を開きかける。
「やめろ!その前に条件がある!」
大輔がランスを突きつける。
「そこにいるアマテラスってエルフを引き渡せ。一旦軍門に下って、取り調べを受けろ」
「それはできない」
遥斗が首を横に振る。
「なぜだ!」
「この世界を消滅させようとする勢力があるんだ」
遥斗の声に、緊迫感が宿る。
「今もギリギリのところで均衡を保っている。今アマテラスさんが居なくなれば、全部相手の思うつぼだ」
「……」
大輔が視線を隣のエレナに向ける。
(エレナ・ファーンウッド……)
王国の訓練所で何度か話したことがある。
公爵令嬢にして、ずば抜けた才能の持ち主。
彼女の様子から、真偽を判断するしかない。
「エレナさん!あんたはなぜここにいる?」
大輔が問いかける。
エレナが真っ直ぐに大輔を見つめる。
「遥斗くんは、この世界の救世主よ」
その言葉に、大輔とさくらが目を見開く。
「彼は世界に真理を解き明かし、アマテラスさんを倒し、今は軍の中核を担っています」
エレナが続ける。
「彼なしでは、誰もここまで戦えなかった。激しい戦闘をすれば世界が持たない。だから必要最低限の消費魔力で、人的被害も最小限にし……世界を救うために尽力しているんです」
「私は、彼をサポートするためだけにここにいます。どうか、遥斗くんの話を聞いてあげてください」
エレナの瞳に、強い決意が宿っている。
(ダメだ……)
大輔もさくらも、同じことを思った。
彼女も何かされて、現実が認識できていない。
最後に見た遥斗は、最弱の職業であるアイテム士で苦しんでいた。
ろくにレベルアップもできず、皆の足を引っ張っていた。
大輔は遥斗を守るための力を欲した。
その為には、遥斗を王都に置いて行くしかなかった。
しかし、自分達のいない間にスタンピードに巻き込まれ、ヴァルハラ帝国に連れて行かれ——
(辛かっただろう……)
(悲しかっただろう……)
(不安だっただろう……)
傍にいてやれば良かった。
守ってやれば良かった。
後悔がとめどもなく押し寄せて来た。
「遥斗……」
大輔の声が震える。
「すまなかった。俺たちが、お前を連れて行かなかったばかりに」
「大輔?」
遥斗が戸惑う。
「でも、もう大丈夫」
大輔がランスを構え直す。
「今すぐ、お前を解放してやる。エリアナ姫にはその力がある。待ってろよ!」
傷ついた遥斗に付け込んだアマテラスを、許すことはできない。
「スピアスラスト!」
大輔の体が、弾丸のように撃ち出される。
ランスの切っ先が、アマテラスに向かって一直線に突き進む。
キィィィン!
金属音が響き渡る。
アマテラスが、クサナギでランスを受け止めていた。
衝突の衝撃波だけで、周囲の兵士たちが吹き飛ばされる。
しかし——
「ほう……」
アマテラスは微動だにしない。
まるで、そよ風を受けているかのような余裕の表情。
「なかなかの威力だ、異世界人よ」
「チッ!」
大輔が瞬時に戦術を切り替える。
「シールドバッシュ!」
盾を叩きつけるような動作で、強烈な衝撃波を放つ。
至近距離からの不意打ち。
アマテラスが、わずかに後ずさる。
たった一歩だけ。
「インフィニットジャベリン!」
高速の突きが、まるで機関銃のように連打される。
一秒間に数十を超える刺突が、アマテラスを襲う。
しかし、アマテラスは優雅に回避していく。
まるで舞うように、最小限の動きで全てを躱す。
(なんだコイツ!速い……!)
大輔が内心で舌打ちする。
しかし、狙い通りアマテラスはエリアナから遠ざかった。
「ファイアストーム!」
アマテラスが無詠唱で魔法を放つ。
巨大な火炎が、大輔に迫る。
「ドラゴンズ・イージス!」
黄金の龍を象った光の障壁が、魔法を完全に防ぐ。
大輔の防御は、アマテラスの攻撃を寄せ付けない。
「さすがは竜騎士……といったところか」
アマテラスが感心したように呟く。
「だが!ふん!」
掌を地面に向かって放った。
その圧だけで砂埃が舞い上がる。
「くそっ見えねぇ!」
大輔の視界が一時的に奪われた。
神経を張り巡らせ、次の攻撃に備える。
その時、金色の何かが視界の端を横切った。
シュルルル……
円盤が、独特の回転音を立てながら飛来する。
速度があるわけでも、攻撃の意思があるわけでもない。
「なんだ!?」
大輔が反射的にシールドで防御する。
カンッ!
円盤がシールドに当たり——そのまま、その場で静止した。
「何だ……?」
円盤は大輔の目の前で、高速回転を始める。
そして——
ゾクッ。
大輔の全身に、悪寒が走った。
魂を直接触られたような、言いようのない不快感。
何か大切なものを、覗き込まれているような感覚。
光の帯が大輔の体から立ち上り、円盤に吸い込まれていった。
「くそっ!」
大輔がランスで円盤を弾き飛ばす。
しかし、円盤は細いワイヤーで繋がれていて、するすると元の場所へ戻っていく。
その先には——
「遥斗……?」
遥斗が立っていた。
右手に金色のチャクラムを装着して。
「おかえりフェイトイーター……」
遥斗が呟く。
ルシウスが作った、伝説のアーティファクト。
遥斗の表情に、わずかに悲しみが浮かぶ。
「ごめんね、大輔」
静かな声。
「でも、僕も譲れないものが出来たんだ」
「遥斗……お前……」
大輔が愕然とする。
まさか、遥斗が本当に自分に攻撃してくるとは。
遥斗がフェイトイーターに魔力を注ぐ。
すると黄金の「職魂」が、遥斗の掌の上に生成された。
大輔の魂の一部を写し取った、いわば職業の源。
エレナはマジックバックからポーションを取り出し、職魂に向かって呪文を発動した。
「アルケミック!」
職魂とポーションは眩い光となって漂い、まるで生き物のように融合していく。
それらは、さらに光を増していく。
その光が収まった時には、エレナは黄金に光るポーションを握っていた。
それは「竜騎士のポーション」。
使用したものに竜騎士の職業を付与する奇跡のポーション。
ついに遥斗が、その力の一端をみせる。




