431話 神子の声
静寂に包まれた戦場。
十万をはるかに超える兵士たちが、まるで死んだように地面に横たわっている。
その中に、一人の少女が立つ。
「皆の者よ……」
エリアナ姫が、静かに目を閉じる。
神子としての力が、体の奥底から湧き上がってくる。
「目覚めなさい!ゴッド・ヴォイス!」
ゴッド・ヴォイスが発動した。
金色の波動が天より降り注ぎ、エリアナを包み込む。
次第にそれが収束し、次の瞬間には拡散放射された光が広がっていく。
金色の魔力が眠りに落ちた兵士たちを、優しく包み込んでいった。
「うっ……」
「ここは……」
エリアナの周囲にいた連合軍の兵士たちが、次々と目を覚まし始める。
ゴッド・ヴォイスは、精神にのみ作用しバッドステータスを昇華させるのだ。
眠り、麻痺、毒、石化を始めあらゆる状態異常。
果ては、洗脳解除にまで効果が及ぶ。
「姫様!」
光翼騎士団が跳ね起きる。
「ご無事で何よりです!」
「皆さまもご無事でよかった」
エリアナが安堵の表情を浮かべる。
周囲にいた騎士の面々も、次々と立ち上がる。
わずか数分で、千人近い兵士が戦闘態勢を整えた。
「ここですね」
デミットが不気味な笑みを浮かべる。
「来るなら、このタイミングだと思っていました」
その言葉通り——
ドゴォォォン!
王城の扉が、内側から破壊された。
破片が飛び散り、土煙が舞い上がる。
「何だ!!」
煙の中から、複数の人影が飛び出してくる。
「ガイラス隊、突撃ィィィ!」
先頭を切るは、巨大なバスターソードを振りかざす重騎士たち。
ガイラス、ナッシュ、オルティガの三人。
「三位一体——」
三人が同時に跳躍する。
「デッドストリームアタック!」
三人が一つの楔となって人壁をこじ開ける。
その威力、まさに必殺。
隊列の一部が爆発した。
光翼騎士団の兵士たちが、衝撃波で吹き飛ばされたのだ。
「ぐあっーーー!」
「なんて威力だ!」
しかし、死者は出ていない。
攻撃は峰打ちで、殺傷を目的としていなかった。
そうでなければ、何人死んでいただろうか。
「おい!待て!あれは……ガイラス隊長じゃないか!?」
光翼騎士団の一人が叫ぶ。
「見ろ!イザベラ副団長もいるぞ!」
イザベラが剣を掲げて立っていた。
光翼騎士団の誇り高き副団長が、なぜ敵側に。
「光翼騎士団の諸君!剣を引け!これは命令だ!」
イザベラが大声で叫ぶ。
「しかし、副団長!」
「今は戦闘中です!」
「どうしてですか!」
騎士たちが困惑する。
味方のはずの上官が、敵として現れたのだから。
「アレクサンダー!話がある!聞いてくれー!」
イザベラがアレクサンダーに向かって叫ぶ。
そして、懐から一枚の書簡を取り出す。
王家の紋章が刻まれた、神聖な封蝋。
「エドガー王陛下の勅命である!」
その言葉に、光翼騎士団全員が息を呑む。
「『アストラリア王国軍は、直ちに戦闘を停止せよ』」
「『連合軍への協力を禁じ、王都への帰還を命ずる』」
光翼騎士団の動きが、完全に止まった。
王の勅命は絶対。
逆らうことは、反逆を意味する。
「そんな……まさか……」
「馬鹿な!」
「なぜエドガー王が……」
デミットが舌打ちする。
真偽のほどは定かでないが、光翼騎士団副団長と勅命の取り合わせはまずい。
頼みの光翼騎士団が使えない。
しかし、すぐに冷静さを取り戻す。
「ヴァルハラ帝国騎士団!」
デミットが叫ぶ。
「そやつらを取り押さえよ!謀反の疑いありだ!」
帝国の黒い鎧を纏った騎士たちが、動き出そうとする。
しかし——
「止めよ!」
凛とした声が響いた。
声の主は、小さな少女だった。
しかし、その存在感は誰よりも大きい。
「余の忠臣たちよ、世界の崩壊に加担してはならぬ!」
エーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラ。
ヴァルハラ帝国の神子にして、正統なる皇位継承者。
「こ、皇帝陛下!?」
帝国騎士たちが驚愕する。
「陛下の御前であるぞ!頭が高い!頭を垂れよ!」
ブリードが威厳を持って言い放つ。
その言葉に、帝国騎士団全員が片膝をつく。
エーデルガッシュは皇帝の座を追われたはず。
にも関わらず、この威厳はどうだ。
思わず絶対的な忠誠を捧げてしまった。
彼女は、今なお帝国騎士の誇りそのものだった。
混乱が戦場を支配する。
光翼騎士団も帝国騎士団も、動けなくなってしまった。
そして王城の中から、堂々と歩み出てくる者がいた。
「我はアマテラス……ソラリオンの王である」
金髪を風になびかせ、威風堂々と歩むエルフ。
その威光は、まるで太陽のよう。
彼から放たれる覇気に、兵士たちが震え上がる。
桁違いの強者。
その存在感だけで、場を支配してしまう。
「アストラリア王国、エリアナ・ファーンウッドよ」
アマテラスが真っ直ぐにエリアナを見据える。
「我は対話を望む。この愚かな侵攻に何の意味があるのか、教えてもらおうか!!」
堂々とした態度。
まるで、勝者のような振る舞い。
これが第二案。
全ての兵を沈黙させ、強引に対話に持ち込む。
会談が決裂した場合でも、アマテラスがエリアナ姫を人質に一時停戦へ。
連合軍は長期戦になれば、撤退せざるを得ないのだから。
「おいおいおい……随分と舐められたものだな」
しかし、その前に一人の男が立ちはだかった。
「対話は結構だが、まずは武装解除して来いよ!話はそれからだ」
中村大輔。
ファラウェイ・ブレイブの一人にして、勇者パーティのタンク役。
竜騎士の職業を持つ、最硬の男。
「そうだね」
隣には、伊藤さくらの姿。
「いきなり対話だなんて、虫が良すぎない?あれだけ無茶苦茶やっといて」
るなが、さくらを守るように唸り声を上げる。
そして驚くべきことに——
「にゃ〜」
バルーニャスたちが、さくらの周りに集まってきた。
いつの間にか、モンスターたちを支配下に置いていたのだ。
「同時に複数のモンスターと契約……」
アマテラスがさくらを睨む。
「ダクソの報告にあった異世界人のモンスターテイマーか。なるほど、非常識だ」
アマテラスが、さらに覇気を強める。
周りの屈強な兵士たちでさえ、膝が震えるほどの圧力。
「へぇ~、すごい気迫。でもその程度で俺らをどうにか出来るとでも?」
大輔が平然としている。
「そう。もっと怖い人、知ってるし」
さくらも涼しい顔。
二人の異世界人は、アマテラスの覇気を見ても怯む様子はない。
それどころか、逆に押し返すようなオーラを見せている。
「ふむ、やはり腐っても異世界人か」
アマテラスが興味深そうに呟く。
緊張が極限まで高まる。
一触即発の状況。
その時——
「やぁ久しぶり、大輔、さくらさん」
静かな声が響いた。
アマテラスの後ろから、一人の少年が歩いてくる。
黒髪に、幼い顔立ち。
特別な装備も、威圧感もない。
ただの普通の少年。
「お、お前!?」
大輔が目を見開く。
「うそ……遥斗?なの?」
さくらも驚愕の表情。
「クロノス教団にいるとは聞いてたけどよ……なんで……なんでこのタイミングで出てくんだよ!それじゃまるで完全に敵だろ!」
佐倉遥斗。
かつて共に召喚された、クラスメート。
友だったはずの少年が、敵として現れた。
この場所、このタイミングで出て来た意味は一つ。
勇者パーティにぶつけること。
情に訴えかけるのか、それとも不意打ちか。
何にしても、この平然とした態度。
とてもではないが、自分達の知っている遥斗ではない。
巻き込まれた訳ではない。
騙されている訳でもない。
『洗脳』
そうとしか考えられない。
大輔とさくらに、激しい怒りがこみ上げる。
気弱だったけど、あんなに優しく、戦いと無縁だった遥斗をこんな風に変えた奴が許せない。
大輔とさくら。
二人のオーラが立ち上る。
標的はアマテラスという男。
命を弄ぶ許されざる敵。




