43話 人族の葛藤
王立学園の図書館は、いつもの静寂とは打って変わって緊張感に包まれていた。天井から吊るされた魔法の灯りが、薄暗い空間を柔らかく照らしている。
遥斗、エレナ、トムの3人は、小さな木製のテーブルを囲んで座っていた。彼らの表情には、不安の色が伺える。
エステリアは、いつもの司書らしい落ち着いた雰囲気を保ちながらも、その眼差しには緊張の色が見えた。
彼女は3人に向かって静かに話し始めた。
「みなさん大丈夫ですか?ご存知の通り、学園の生徒たちは基本的に学舎内で待機することになっています。いざという時には、戦闘や補助、救助を担当することになるでしょう。不安であればおっしゃってください。出来るだけ協力させていただきます」
エレナが尋ねる。
「先生方や職員の方々はどうされるんですか?」
エステリアは優しく微笑んだ。
「彼らも同様です。生徒を守る義務があります。私も例外ではありませんよ」
トムが少し緊張した面持ちで言った。
「俺たち、本当に大丈夫なのかな...」
「大丈夫だよ。みんなで力を合わせれば、きっと乗り越えられるさ」
遥斗は自分の気持ちを出来るだけ押し殺しながら、トムに向かって精いっぱい微笑んだ。
エレナは一呼吸置いて話題を変えた。
「ねえ、エステリアさん。スタンピードのことをもっと詳しく教えてもらえませんか?」
「そうですね。スタンピードは数十年に1度、闇から魔物が溢れ出す現象です。そのたびに闇の領域は拡大し、人族は必死に抵抗してきました」
彼女の声は静かだが、重みがあった。
トムが首をかしげる。
「他の種族はどうしていたんですか?ドワーフやエルフとかは?」
「物資の援助などの協力はありますが、直接戦闘には参加していません。基本的には他人事なのです」
エステリアの声には、わずかな苦さが混じっていた。
遥斗が真剣な表情で尋ねる。
「人族は団結しているんですか?」
エステリアは軽くため息をついた。
「残念ながら、そうではありません。アストラリア王国以外にも、ヴァルハラ帝国、ソフィア共和国、ノヴァテラ連邦がありますが、互いに牽制し合っています」
エレナが驚いた声を上げる。
「え?でも、こんな危機なのに...」
「そうですね」エステリアは悲しそうに続けた。
「現在、人族のみが闇の侵攻にあっており、アストラリア王国が最も被害を受けています。帝国はスタンピードに乗じて勢力を拡大しようとしています」
トムが怒りを込めて言った。
「なんてことだ。人族の敵は闇だけじゃないってことか」
エステリアは頷いた。
「そうです。だからこそ、遥斗君たちが召喚されたんです、闇に対抗するための最後の手段として。アストラリア王国は異世界召喚を行っていますが、帝国はこれを威嚇行動として非難しているんです」
エレナが悲しそうに呟いた。
「そんな...人族の未来は...」
「でも、なぜ帝国はそんなに闇を軽視できるんでしょうか?」
遥斗は疑問を口にした。
エステリアは少し躊躇したが、答えた。
「ヴァルハラ帝国は...モンスターの兵器化に成功したんです。さらに種を掛け合わせ新種のモンスターを育成しています、そのモンスターを使役した非常に強力な軍を持っています。特にワイバーンを使った航空戦力は、帝国だけが持つ力です」
3人は驚きの表情を浮かべた。
「彼らは魔物に対しても絶対的な自信を持っています」
遥斗は眉をひそめた。
「本当に...そうなんでしょうか...」
彼の心の中で、先日のシャドウタロンとの戦いの記憶が生々しく蘇る。空を自在に飛び、麻痺の視線を放つあの恐ろしい魔物。最強の剣士と呼ばれるアリアでさえ、あと一歩で命を落とすところだった。
(あれが最大戦力なら、まだ希望はある。でも...)
遥斗は不安を押し殺しながら考えを巡らせた。冷や汗が背中を伝う。
(あれが単なる先遣隊だとしたら...闇の本当の力は想像を絶するものかもしれない)
「闇は拡大し続けている。この世界を全てのみこんだ後は、僕たちの世界にまで...」
その言葉に、エレナとトムも沈黙した。図書館の空気が一気に重くなる。
「そういえばルシウスおじさまから預かってきたのよ」
エレナがマジックバッグから魔力銃を取り出した。その銀色の表面が、薄暗い図書館の中で不気味に輝く。
「弾丸とMP回復ポーション、低級ポーションもあるわ。ありったけ持って行けって...」
エステリアが目を丸くして尋ねる。
「まあ!それは...銃ですか?どうしてそんな物騒なものを?」
「よくご存じですね!」遥斗が少し誇らしげに答える。
「ルシウスさんが特別に作ってくれたんです。僕たちの...秘密兵器みたいなものですかね」
エステリアの目が突如として輝いた。まるで星空を見るかのような輝きだ。
「まさか...ルシウス様が?!古い文献に載っていたものを再現させたなんて...さすがです!天才的!素晴らしい!」
彼女の反応に、遥斗たちは少し戸惑いを覚えた。
「えっと...エステリアさん、ルシウスさんのことを知っているんですか?」
エレナが恐る恐る尋ねる。
「もちろんです!」
エステリアは熱に浮かされたように答えた。
「ルシウス様は私の憧れ!尊敬する学者です。あの方の論文は全て読破しましたし、講演会にも3回も参加しました。もう、駄兄とは大違いです!」
トムが首をかしげる。「駄...兄?」
「ああ、兄のエルトロスのことです」
エステリアは一転して顔をしかめた。まるでレモンを噛んだかのような表情だ。
「能力は高いのですが、信用できないところがあるんです。それに、あのシスコンぶりといったら...気持ち悪いったらないです」
遥斗が思わず口を挟んだ。
「でも、エルトロスさんはいい人だったと思いますけど...親切にしてくれましたよ?」
「あら、騙されているんですよ。あの人、表面上は親切ですけど、裏では...」
エステリアは真顔で言った。
その時、突然扉が開き、見覚えのある声が響いた。
「まぁ、そういうな。あいつもそう悪い奴じゃないさ」
「アリアさん!」
驚いて振り向くと、そこにはアリアが立っていた。彼女の姿を見て、遥斗は思わず声を上げた。




