429話 安寧をもたらす事を約束します
シルバーミスト王城、謁見の間。
転移魔法陣の光が収まると、そこには連合軍の首脳陣が姿を現した。
「ここがルナークの首都……」
アレクサンダーが周囲を警戒しながら呟く。
エクスカリバーンの柄に手を置き、いつでも抜刀できる態勢を取っている。
「静か……ですね」
エリアナ姫が不安そうに呟く。
豪華絢爛な王城の内装は、戦闘の痕跡もなくそのまま残されていた。
まるで、つい先ほどまで人がいたかのような生活感すらある。
「ふむ、罠、という訳でもなさそうだ」
賢者マーリンが杖で床を叩く。
魔力探知を行うが、特に異常は感じられない。
「ふぅ、いきなり死体ゴロゴロかと思ったぜ」
大輔が腕を組む。
「そんなの見たら流石に飯が不味い」
「油断禁物」
さくらがるなを抱きしめながら忠告する。
るなも警戒するように鼻をひくつかせていた。
その時、連合軍の兵士が駆け込んできた。
「デミット様!ご報告があります!」
「何だ?」
「別の場所への転移魔法陣を発見しました!」
兵士が息を切らしながら報告する。
「恐らく、クロノス教団本部へ繋がる魔法陣かと」
「やはり、そうですか……」
デミットの目が細まる。
「攻め入りますか?」
アレクサンダーが前のめりになる。
「一気に本拠地を叩けば——」
「いいえ」
デミットが首を横に振る。
「行ったところで、もぬけの殻でしょう。戦力の分散は避けるべきです。相手の思う壺ですよ」
「ああ!その通りだ!」
突然、大きな声が響いた。
入口から、ゴルビンが姿を現す。
「父上!?その頭は!」
デミットが驚愕する。
ゴルビンの頭には、大きなコブができていた。
まるで、頭から角が生えているようだ。
「それに、なぜここに……前線で戦っていたのでは?」
「ちょっとな……」
ゴルビンが頭のコブを撫でながら苦笑する。
「ガキにやられちまってこの様よ。一時退散だ」
マーガスにやられたのだ。
武器ギルド長として腕っぷしには絶対の自信があったゴルビン。
しかし、最近は手痛い目に遭うことが続いていた。
「敵の戦力は想定よりだいぶ多い。それに……」
ゴルビンの表情が曇る。
「シルバーファングの連中が敵に回ったぜ?」
「シルバーファングの皆さまが?」
エリアナが首を傾げる。
「アストラリア王国でも名を馳せた冒険者です。その方々が敵になるなど……信じられません。見間違いではないのですか?」
「見間違いならどんなに幸運か」
ゴルビンが首を振る。
「あれは正真正銘の化物どもだ。あんなやつらが早々いてたまるか」
ゴルビンが戦況を説明する。
「奴ら、敵を殺さずに兵を無力化してやがる」
「殺さない?」
「ああ。致命傷を負わせることなく、急所を外して戦闘不能にしてやがる」
その戦い方の何が問題なのか。
エリアナには理解できなかった。
「殺さねーってことは、救護する奴、回復する奴の手が取られる」
「戦線が一気に崩れ始めてる。死体なら放置できるが、生きてる味方は見捨てられねぇからな」
「なるほどな……」
マーリンが顎に手を当てる。
「治療に人員を割かれ、実質的な戦力が削がれているわけか」
デミットの表情が、わずかに変化した。
(妙だ……)
当初、最初の敵は足止め部隊だと睨んでいた。
時間を稼ぎ、罠に誘い込む算段だと。
しかし、戦力配置から考えると、相手はほぼ全力を投入している。
(私の読みでは、睡眠か麻痺で一網打尽にする作戦のはず)
全戦力が行動不能に陥れば、その後の軍事行動は不可能になる。
全軍巻き込まれるわけにはいかないはずだ。
ならば、予想よりも敵戦力が多い?
それとも——
「父上、死傷者の数は?」
「今のところ驚くほど少ねぇな」
ゴルビンが答える。
「これだけの戦闘なのに、両軍合わせても死者は千に満たねぇだろう」
デミットの脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。
このままで行けば、両軍が疲弊するだけ。
それが狙いではないのか。
ナチュラスに撤退すれば、実質的な敗北。
なぜなら——
「食料問題がありますな」
マーリンが指摘する。
「これだけの大軍を長期間維持するのは不可能」
「ああ、この戦い長くは持たんぞ」
ゴルビンが頷く。
「数日間の足止めが響いてやがる。転移魔法陣の発掘に時間がかかりすぎた」
「エルフの食い物が口に合わねぇ」
ゴルビンが顔をしかめる。
「何とか食えるのが、果物と一部の野菜くらいだ。携帯食料が無くなった時点で終わりだな」
これだけの軍勢となると、弱い者も多数混じっている。
弱い者が死んでくれれば、口減らしになる。
しかし、全員が生き残られると——
「ついでに回復役のMPが削られてるぜ。ポーションの消費も激しい」
「かといって見捨てりゃ、全体の士気に関わる。早めに手を打った方がいい」
(ここまで読んでいたのか……)
デミットの表情が、初めて真剣なものになった。
自分と同等、いや、それ以上の策士の存在。
その可能性を、認めざるを得なかった。
「残念ながら時間を戻すことはできません。しかし、早めることはできます」
デミットが手を上げると、四つの人影が前に出た。
異世界から召喚された者たち。
デミットの切り札として、ずっと傍に控えていた。
「準備は出来ているか?」
「もちろんです。仰せのままに」
ルドルフが不敵に笑う。
黒いローブに身を包んだ、陰鬱な雰囲気の男。
「ふふっ……私の出番はあるかしら?」
ヴァイスが妖艶に微笑む。
赤い髪を持つ魔術師の女性。
「俺たちがいれば劣勢など簡単に覆るわな」
レゾが水晶を撫でる。
生命力そのものを操る、危険な能力者。
「モンスター……呼ぶ」
ガルモが地面を叩く。
その佇まいは異質、凶悪なモンスター使い。
彼らこそ、デミットが温存していた切り札。
異形の職業で構成されし、異世界の戦士たち。
「行動を早める。作戦通りに……」
デミットが命じる。
「相手の罠を逆手に取る」
そしてエリアナに向き直る。
「姫様もご準備をお願いいたします」
「はい」
エリアナが頷く。
指示があれば、いつでもゴッド・ヴォイスを発動できるよう集中力を高める。
「アレクサンダー殿」
デミットが光翼騎士団長に視線を向ける。
「騎士団はエリアナ姫の護衛を」
「承知した」
アレクサンダーが頷く。
彼らの役目は身を賭して、神子を守ること。
「大輔殿、さくら殿も姫の傍に」
「おう、任せとけ」
大輔が胸を叩く。
しかし、さくらの表情は曇っていた。
(なんか……嫌な感じ)
四人の異世界人から漂う、邪悪な気配。
彼らからは平和なインテリジェンスを感じない。
一言で言えば、まるで反社会勢力のような。
「予定を変更し、一気に総力戦を仕掛けます」
デミットが宣言する。
「相手の作戦を誘発させ、それを利用する」
エリアナが最後の確認を行う。
「敵の作戦を逆手に取るのですね」
「そうです。眠った敵も味方も、ルドルフが操る。操られた者は、命を惜しまず戦う最強の兵士となるでしょう。味方の兵は、姫様の力で覚醒を促してください」
「わかりました……でも……」
言いかけて、口を閉じる。
非人道的だ。
しかし、世界を救うためには乗り越えるしかない。
それが神子たる自分の役目。
「ご安心ください。アマテラスなる首魁を打ち取れれば、早期に決着が着きます」
デミットがエリアナの気持ちを察して、やさしい言葉をかけた。
「必ずや、この世界に安寧をもたらす事を約束します」
「ええ、信頼しております。デミット様」
エリアナ姫は、まるで天使の様に微笑んでいた。




