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425話 マーガス伝説

 ヒュンッ!

 鋭い破空音と共に、青白い光を纏った矢が飛来する。


「ぐあっ!」


 ミスリルの壁の兵士が膝をつく。

 矢は肩の装甲の継ぎ目を正確に貫通していた。


「オーラショットだ!かなりの魔力を纏わせてやがる!」

 隣の兵士が叫ぶ。


 エルフたちの放つ矢は、ただの矢ではなかった。

 魔力を凝縮させ、矢に纏わせることで貫通力を飛躍的に高めている。

 ミスリルのフルプレートですら、装甲の薄い関節部や継ぎ目を狙われれば防ぎきれない。


「チッ、厄介だな」

 ゴルビンが舌打ちする。

 胸部や頭部の装甲は厚いため致命傷には至らないが、手足を狙われては動きが鈍る。


 ドスッ!ドスッ!


 次々と矢が突き刺さる。

 スキルで防ごうとしても、エルフたちは素早く位置を変えて死角から狙ってくる。


「畜生!姿が見えねぇ!」

「速すぎるぜ!」


 エルフたちは建物の影から影へ、屋根から屋根へと風のように移動する。

 その俊敏性は人族の比ではなかった。


 しかし——


「第九魔法陣、設置完了!」

「第十も間もなく!」


 簡易転移魔法陣の設置は着実に進んでいた。

 ミスリルの壁が盾となり、工作部隊たちを守っている間に、作業は続行されている。


 その時、王城の門が大きく開かれた。


「援軍だ!援軍がきたぞ!」


 続々と連合軍の兵士が姿を現す。

 その先頭には、精鋭部隊。

 各国から選抜された、弓の名手たちだった。


「弓兵隊、展開ぃーー!」

 隊長の号令と共に、整然と隊列を組む。


「属性付与、始め!」

 兵士たちから魔力が立ち上る。

 スキルが発動した。

 弓兵たちの矢に、炎・雷・氷の魔力が宿っていく。


「ってええええ!」


 シュババババッ!


 無数の魔力矢が、まるで流星群のように飛んでいく。

 炎の矢は爆発し、雷の矢は連鎖し、氷の矢は周囲を凍結させる。


「うわあああ!」

「ぐっ!」


 今度はエルフたちが防戦に回る番だった。


 確かにエルフは身体能力は高い。

 レベルも、俊敏性も人族を凌駕している。


 しかし、職業による補正がない。

 装備による防御力の底上げもない。

 上級魔術も、上級スキルも使えない。


 言うなれば、器用貧乏。

 個々の能力は高いが、特化した部分がないのだ。


「フォーメーション・狼襲!」

 ゴルビンが吼える。


 ミスリルの壁が素早く陣形を変える。

 前衛が扇状に展開し、後衛の弓兵隊を完全に守る壁となった。


「これがノヴァテラ流の戦い方だ!」


 前衛が防御に徹し、後衛が攻撃に特化する。

 役割分担が明確な、洗練された戦術。


 シュッ!シュッ!シュッ!


 魔力矢の雨が、エルフたちの潜む建物を次々と破壊していく。

 木造の壁は炎に包まれ、石造りの塀は雷撃で砕け散る。


「まずいぞ……押され始めた……」


 エルフたちの間に焦りが走る。

 遠距離戦では、装備と魔術で強化された連合軍に分がある。


 その時、エルフの一団が動いた。


「突撃だーーー!」

「弓兵を潰せ!」


 数百名のエルフが、驚異的な速度で疾走し始める。

 彼らは前衛のミスリルの壁など眼中になかった。

 その巨体を、風のようにすり抜けていく。


「なにっ!?」


 重装備の兵士が振り向く頃には、既にエルフたちは敵陣の中。

 まるで陽炎を追いかけているようだ。


「弓兵隊、一時退避!」

 ゴルビンが警告を発する。


 しかし、エルフたちの速度は想像を超えていた。

 地面を蹴る音すら置き去りにして、瞬時に距離を詰める。


「ひっ!」

 弓兵の一人が、目前に現れたエルフに怯える。


 白銀の髪を風になびかせ、エメラルドの瞳が冷たく光る。

 その手には、オーラを纏った短剣が握られていた。


「遅い!」


 ザシュッ!


 弓兵の弓が真っ二つに切断される。

 武器だけではない。

 一刀のもとに、喉元もかき切られていた。


 長距離特化の兵士の弱点を的確に突く。

 接近戦になれば手も足も出ない。

 集団戦になればなおの事。


「陣形が崩れる!」

「応戦しろ!」


 混乱が広がり始める。

 混戦においては、エルフの俊敏性が圧倒的優位に立つ。


 しかし——


「へっ、そう来ると思ってたぜ」

 ゴルビンが不敵に笑う。

 全ては予定調和。


 簡易魔法陣が次々と光を放つ。

 現れたのは、統一された装備を持たない者たち。


「冒険者部隊、到着だ!」

「おう、派手にやろうぜ!」


 剣士、槍使い、暗殺者、格闘家——多種多様な職業を持つ冒険者たちが、戦場に躍り出た。


「隊列?んなもん知らねぇよ!」

 赤毛の剣士が叫びながら、エルフに斬りかかる。


 冒険者たちは命令など聞かない。

 しかし、それが彼らの強みだった。

 長年のモンスター討伐で培った経験が、瞬時の判断を可能にする。


「左から来るぞ!」

「おうさ!任せろ!」


 初めて組む相手とも、まるで長年の相棒のように連携を取る。

 これは、予測不能なモンスターとの集団戦で磨かれた技術だった。


 シュンッ!


 俊敏なエルフが、冒険者の背後を取る。


「甘いね」

 暗殺者系の冒険者が、既にそこにいた。

「シャドウバインド!」


 影から伸びた鎖が、エルフの動きを封じる。


「はぁ!」

 格闘家が拳を振るい、エルフを吹き飛ばす。


 エルフたちの俊敏性は確かに脅威だ。

 だが、冒険者たちは予測不能な動きをするモンスターと日々戦っている。

 速度だけでは、彼らを翻弄することはできなかった。


「ファイアナックル!」

「アイスニードル!」

「雷無双!」


 冒険者たちが、思い思いの技を放つ。

 統制は取れていないが、それが逆に敵の対処を困難にしていた。


 そしてついに。


「魔術師団、到着しました!」


 バレーンが、千人規模の魔術師を引き連れて現れる。

 彼らは弓矢部隊のさらに後方に、整然と隊列を組んだ。


「全員、詠唱開始!」


 呪文の詠唱が、戦場に響き始める。

 距離が離れていたのが幸いした。

 エルフたちの突撃も、ここまでは届かない。


「メテオレイン!」

「チェインライトニング!」

「ブリザードストーム!」


 ドゴォォォン!


 広範囲魔術が次々と炸裂する。

 空から隕石が降り注ぎ、連鎖の雷撃が奔り、吹雪が吹き荒れる。


「うわあああ!」

「退却だ!建物に——」


 エルフたちが慌てて遮蔽物に隠れようとする。

 しかし、魔術師団の攻撃は止まらない。


「第二波、詠唱開始!」

 バレーンの指揮の下、波状攻撃が続く。


 その隙に、ミスリルの壁が動き出した。


「戦線を押し上げるぞ!前進!」

 ゴルビンの号令で、重装備の兵士たちが怒涛の勢いで前進を始める。

 まるで金属の牛の群れ。


 彼らは広範囲魔術の直撃を受けても、平然としていた。

 ミスリルの装甲が、魔法のダメージを大幅に軽減するのだ。


「ヒーラー部隊、到着しました!」

 白い法衣を纏った治癒術師たちが現れる。


「負傷者の確認!」

「了解!」


 ミスリルの壁が戦線を押し上げたのは、このためだった。

 先ほどのオーラショットで動けなくなった兵士たちの周りに、安全地帯を作り出すのが目的。


「ヒーリング!」

「リジェネレーション!」


 治癒の光が次々と負傷者を包む。

 動けなかった兵士たちが、再び立ち上がり始めた。


 これが連合軍の戦線維持システム。

 負傷者を後方に運ぶのではなく、その場で治療することで戦線の崩壊を防ぐ。


「へへっ、これで憂いなく戦えるってもんよ!おらぁ!」


 ゴルビンが拳を鳴らしながら、敵陣深くに踏み込む。


 ドゴッ!


 エルフの一人が、ゴルビンの拳を受けて紙切れのように吹き飛ぶ。

 その威力は、まるで大砲。


 バキッ!ゴキッ!


 エルフたちの攻撃も、アダマンタイトの鎧には傷もつけられない。


「剛腕の一撃!」


 一撃、たった一撃で複数人のエルフをなぎ倒す。

 格闘戦において、この男に敵う者はいない。


「おいおいおっさん、あんまり調子に乗るなよ」


 突然、ゴルビンの前に人影が立ちはだかる。

 ミスリルの胸当てに銀の籠手。

 ヒイロガネの剣を持ち、背に大剣を背負う。


「てめぇは……」

「アストラリア王国辺境伯ダスクブリッジ家当主マーガス・ダスクブリッジだ。覚えておけ」


 マーガスがゆっくりと構えを取る。

 その瞬間、周囲の空気が変わった。


「おいおいネームドじゃねぇかよ!マジか!」

「ほう?このマーガス様の名前を知っているとは……ついに俺様もその域に達したのか……」

「ああ、かなり有名人だぜ!母国を裏切ったクソ野郎ってな!」

「何だと!もう一度言ってみろこの野郎!」


 マーガスとゴルビンの間に、紫電が走る。


「祖国を裏切ってなお祖国の威を借りるとは、洗脳の影響か、元から腐ってたのかは知らねぇ、興味もねぇ……だがな!」


 ゴルビンが身体を捻って力を溜める。

 隙だらけ。

 体を捻り過ぎて、敵に背中を向けているのだから。


 ただ、その背中が語る。

 間合いに入れば命はない、と。 


「悪いが、てめーはここで終わりだよ」

「ふんっ終わりだと?むしろ始まりだ」

「何が始まるってんだ?おい?」


 一呼吸間を開けて、騎士が戦場に吼えた。


「マーガス伝説だーーー!!」

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