405話 慧眼の戦術家
ヘスティアの連撃が炸裂する。
魔刃術による無数の斬撃が、アレクサンダーの動きを封じる。
右から、左から、上から、下から。
手足、はおろか肘、膝、肩に至るまで。
あらゆる関節から透明な刃を繰り出す。
まさに千の刃が舞い踊る光景。
ガキィン!ガキィン!ガキィン!
エクスカリバーンが攻撃を受け止める。
しかし、全てを封じる必要はない。
聖なるオーラが、完璧な防御壁を形成し攻撃を跳ね返すからだ。
受け止めるのは致命傷になり得る、急所への攻撃のみ。
「くっ……やはり一筋縄ではいかないようですね」
ヘスティアが歯噛みする。
その瞬間だった。
ヒュン!
マリエラが蝶のように宙を舞った。
ロングソードを構えて、アレクサンダーの完全な死角に回り込む。
「あら~隙だらけ~」
のんびりとした口調とは裏腹に、その動きは殺人的だった。
マリエラの体が一瞬、残像を残すほど加速する。
まさに妖精の舞。
美しくも致命的な一撃が、アレクサンダーの脇腹を捉える。
「竜薙ぎ!」
ズガァァァァン!
竜族を思わせる斬撃が、聖なる鎧を襲った。
ロードオブセイントは無傷だが、衝撃で肋骨に亀裂が入る。
「ぐうっ!何という威力だ……」
アレクサンダーが苦悶の表情を浮かべる。
口から血が滴り落ちる。
しかし、セイグリッド・エクステンションの効果で、傷は見る見るうちに塞がっていく。
「さすがね。マリ!でも、これからが本番よ」
ヘスティアが不敵に笑う。
「う~ん。やっぱりブランクあるわ~久しぶりにあの技、やってみましょうか」
マリエラが軽やかに着地しながら提案した。
「あの技って……まさか『双皇覇』?」
「そうそう~覚えてる?シュヴァリア様に教わった時、散々失敗したわよね~」
二人が懐かしそうに会話を交わす。
アレクサンダーは警戒を強めた。
(二人の連携……さらに上があるか……)
「やってみる価値はあるわね。ただし——」
ヘスティアの表情が真剣になる。
「一発勝負。失敗すればそこまで。いい?」
「もちろん分かってるわよ~。でも、勝負時でしょ?」
マリエラが微笑う。
その笑顔に、ヘスティアも頷いた。
「はぁ……そうね。行くわよ!」
二人が同時に構えを取る。
空気が一変した。
殺気ではない。
だが、何か巨大な力が凝縮されていくのを感じる。
「……」
アレクサンダーのシックスセンスが危険を察知した。
***
戦場の端で、グランディスとシエルが戦況を見守る。
あまりの超展開に、茫然と立ち尽くしていた。
「なんすかあれ?……わけわかんないっす。全然助けに来た意味ないっす!」
シエルが憮然と呟く。
建物が崩壊し、地面に巨大なクレーターが穿たれている。
もはや災害クラス。
人災と呼んでも差し支えない規模だった。
「母さん……大丈夫なのか」
グランディスが不安そうに呟く。
「どうすればいいっすか……自分らだけ逃げた方がいいんすかね」
と、その時だった。
「グランディス様、シエル様」
背後から、静かな声をかけられる。
振り返ると、アイラが立っていた。
いつの間に現れたのか、全く気配を感じない。
「アイラしゃん!」
グランディスが喜ぶ。
危機的状況にあっても、美人には目がない。
「ここで何してるんすか?ヘスティア様の護衛は?」
シエルが疑問を口にする。
「本気になったヘスティア様には、流石について行けそうにありません。足を引っ張る訳にはいかないので。それより、あなたたちは安全な場所に避難してください」
アイラの表情は厳しい。
「急いで。ここは危険すぎます」
「でも、母さんが……」
グランディスが躊躇する。
「ここは戦場の中でも特別です。高レベル者同士の激突に巻き込まれたら、あなたたちの装備と実力では耐えられません!」
アイラの視線が、激闘を繰り広げる三人に向けられる。
その時、爆音と共に近くの建物が倒壊した。
三人の余波だけで、これほどの破壊力。
「そんなところに母さんだけ置いていけない!父さんに誓ったんだ!」
グランディスが必死に抗議する。
「マリエラ様なら大丈夫です」
「へ?アイラさん、母さんのこと知ってるっち?」
「ヘスティア様から聞いただけですが……」
アイラが遠い目をする。
「あなたのお母様は、ただのエルフではありません」
「どういう意味っすか?」
シエルが身を乗り出す。
「かつては『女三傑』と崇められていたエルフ族の至宝です」
「女三傑……っすか?」
「妖精のように舞い、竜の如き技を放つ……『妖舞竜吼』の二つ名を持つ伝説の戦士……だそうです」
シエルが息を呑む。
「ヘスティア様は『千刃』の二つ名。そして、ツクヨミ様は『月の女神』」
「三人とも、この世界でも指折りの実力者です」
「全然知らなかったっち……」
グランディスが呆然とする。
「でも、なんで母さんは戦いを辞めたんだ?」
「それは……」
アイラが言いかけて、口を閉ざす。
その時——
戦場に変化が起きた。
***
アレクサンダーは、二人の気配の変化を感じ取っていた。
これまでとは次元の違う何かが始まろうとしている。
が、それを馬鹿正直に待つ必要は無い。
「仕方ない……一つ目の切り札を使うか。ツインアクセル!」
直後、アレクサンダーの全身から光の粒子が溢れ出す。
そして——
超高速移動を開始した。
肉眼で捉えられるのは、残像と化した光の粒子のみ。
アレクサンダー光の濁流となって、二人の周囲を取り囲んだ。
「!?」
ヘスティアとマリエラが驚愕する。
アレクサンダーの姿が、まるで光の残像を残し無数に分裂して見える。
どれが本体なのか、全く判別がつかない。
「これ、危険が危ないわ~」
マリエラが珍しく弱音?らしきものを吐いている。
「馬鹿言ってないで背中を合わせて!死角を作らない!」
ヘスティアが叫ぶ。
二人が完全に死角を消して防戦に回る。
キィン!キィン!キィン!
四方八方から聖剣が襲いかかる。
光速に近い速度での連続斬撃。
二人は必死に防御するが、完全に後手に回っていた。
「これ~押し切られるかも~」
「いえ、大丈夫。パターンがあるわ」
ヘスティアが冷静に分析する。
「右上、左下、正面、右下……」
「さすがヘス~。相手も速すぎて思考が追い付かないのね~」
ヘスティアが微笑んだ。
『次は——左上!』
二人が同時に左上に向かって攻撃を放つ。
ガキィン!
確かにそこにアレクサンダーがいた。
「読まれただと!」
アレクサンダーが吹き飛ばされるが、空中で瞬時に態勢を立て直した。
その直後だ。
ドッドッドッドッ!
近くに大軍の気配を感じた。
整然とした軍靴の音が響く。
援軍の到着。
もちろんヘスティア達のではない。
シエルたちを追いかけてきていた、ノヴァテラ連邦軍。
その数、約5000。
完全武装の精鋭部隊だった。
先頭に立つ男が、戦況を一瞬で把握し、的確な指示を飛ばす。
「第一弓兵隊、第二弓兵隊は援護射撃開始!回復部隊は光翼騎士団に合流せよ!重武装部隊、魔術部隊は包囲陣形!指示があるまで動くな!」
その指揮は完璧だった。
光翼騎士団の邪魔にならず、完全にサポートに徹することで戦況を優位に持ち込む。
指揮官の年齢は、20代前半という異例の若さ。
しかし、その頭脳には深い叡智が宿っていた。
ノヴァテラ連邦の戦神と崇められる戦術家——デミット・ラスコーリ。
彼自身に魔法や特別な戦闘能力があるわけではない。
しかし、戦術と戦略においては、この世界で右に出る者はいないと言われている。
彼の指揮した部隊は、過去一度も敗北したことがない。
『慧眼のデミット』と恐れられる所以だった。
「これで均衡は破られる。一気に戦況は優位に傾くだろう。包囲網も完成しつつある」
デミットが冷静に呟く。
ノヴァテラ連邦の強みは、何といってもその装備と資金力。
世界最大の商業国家として蓄えた富で、レア鉱石を大量購入。
それをドワーフの最高技術で加工し、世界有数レベルの装備を大量生産している。
また兵士の多くが冒険者上がりで、実戦経験が豊富。
正規軍でありながら、傭兵集団のような自由度と勇猛さを併せ持っていた。
「ルドルフ、ヴァイス、レゾ、ガルモ」
デミットが四人の兵士の名前を呼ぶ。
彼らは、エリアナ姫に洗脳から解放され、救われた異世界人たちだった。
今では対クロノス教団連合軍の特殊部隊として活動している。
「アレクサンダー殿を援護せよ。ただし——」
デミットの目が鋭く光る。
「殺すな。捕獲しろ。彼女らはこの国の中枢を知る者。利用価値が高い」
四人が恭しく頷く。
マリオネイター・ルドルフ——相手を操り人形のように操る異能者。
エンチャンター・ヴァイス——武器や防具に特殊効果を付与する魔術師。
魔力共鳴士・レゾ——他者の魔力と同調、増幅させる能力者。
モンスターテイマー・ガルモ——強力なモンスターを従える従魔師。
四人の目が、同時に怪しく光った。




