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400話 過去との対峙

 

「させない……そんな事させてたまるものですか……!」


 ヘスティアの美しい顔が、怒りに歪んでいた。

 目の前で繰り広げられる惨劇に、理性の糸がプツリと切れた。


 愛する住民が。

 親しい友が。

 無垢な子供たちが。


 無差別に蹂躙されている。


「魔力よ……我が手に……刃となれ!」


 ヘスティアが右手を前に突き出す。

 体内の魔力が、手の平に集中していく。


 凄まじい魔力が収束。

 そして、形を成した。


 透明な刃。

 魔力そのものが、鋭利な剣と化す。


 エルフ族の達人「シュヴァリア・エルゥドラ」が編み出した奥義。

 体内魔力を武器に変換する『魔刃術』。


 ヘスティアは、その技を完璧に習得した数少ない使い手だった。


「うぁああああ!」


 雄叫びと共に、冒険者たちへと突撃する。


 その速度、まさに風。

 レベル359の身体能力が、爆発的に解放された。


 最初の冒険者に接近。

 魔力で作られた刃が、まるで熱したナイフがバターを切るように鎧を切り裂いた。


 ズパッ!


「ぎゃあああ!」


 胴体を真っ二つにされ、冒険者が絶叫する。


 間髪入れずに、左手にも刃を生成。

 二刀流での連続攻撃。


 ズバズバズバ!


 次々と冒険者が細切れにされていく。

 武器も鎧も関係ない。

 身体ごと紙のように裂けていった。


「な、なんだこいつ!」

「化け物だ!逃げろ!」


 冒険者たちがパニックを起こす。


 しかし、ヘスティアは容赦しない。

 足にも刃を纏わせ、蹴りと共に敵を両断する。


 ドシャッ!ドシャッ!


 彼女が通り過ぎた後には、バラバラになった冒険者たちの死体が散らばっていた。

 これでは回復させるなど不可能だろう。


 血の海の中を、復讐の女神が舞い踊る。


「ヘスティア様の『魔刃術』か……恐ろしいまでの威力だ。」


 クロノス教団の兵士が呟く。

 今のヘスティアについて行ける者がどれだけいるのだろうか。


 だが、彼女の影にピタリと張り付いている者がいた。

 アイラである。

 彼女は暗殺者のスキルを使い、ヘスティアの死角をカバーする。


 時折ヘスティアを狙う遠距離攻撃から、完璧に彼女をガード。

 この二人のコンビネーションの前では、どんな装備を用いようとも蟷螂の斧でしかない。


 暴風のように突き進むヘスティアを諦めた者たちは、後ろに続く黒いローブの集団に襲い掛かる。


「炎帝覇!」

「サンダーテンペスト!」

「スラッシュ・ワイドゲイザー!」

 しかし、彼らの繰り出す多彩なスキルの数々になす術もない。


 彼らはエルフであってエルフでない者だった。

 職業を取得せし、クロノス教団員。

 神の理に逆らい無理をした結果、精神に変調を来していた。

 それでも、執念で戦い続ける戦士。


 彼らも破竹の勢いで冒険者を押し返していく。

 烏合の衆とは格が違った。


 一方、シルバーミスト軍は住民の保護を最優先に動く。


「さぁこちらです!急いで!」

「怪我人を優先に!」


 避難者と怪我人を、次々とヘスティアの屋敷へと運び込む。

 地下の転移魔法陣が、彼らの生命線だった。


 その様子を、影に紛れ見つめる者がいた。


 黒装束に身を包み、顔を仮面で隠した忍者のような姿。

 屋根の上から、状況を静かに観察している。


 転移魔法陣がヘスティアの屋敷にあることを確認すると——


 シュッ!


 煙と共に、一瞬で姿を消した。



 ヘスティアの屋敷前。

 そこは負傷者で溢れかえっていた。


「サラ!こっちにも重傷者が!」

 ケヴィンが血まみれの子供を抱えて駆け込んでくる。


「はい!すぐに!」

 アイアンシールドの回復役、サラが魔法を放つ。


「ヒール!」


 次々と回復魔法が飛び交う。

 彼女の顔には、疲労の色が濃く浮かんでいた。


「俺……手伝う」


 巨体のアレクスが、怪我人を軽々と持ち上げる。

 力自慢の彼にとって、人一人など羽毛のように軽い。


「ありがとう、アレクス!地下室まで運んでください!」


 屋敷の入り口では、ケヴィンとゲイブが防衛ラインを張っていた。

 ケヴィンの槍が、バロック流槍術の妙技で敵を翻弄する。


「双蛇!」


 槍先が蛇のようにうねる。

 まるで一度の突きが、連撃のように錯覚させる。

 槍術の妙技が冒険者を感電させていた。


 ゲイブも一流武道家の技で、冒険者を蹴散らしていく。


「虎咬!はぁっ!」


 肘と膝が同時に冒険者の頭を捉える。

 ゴキッという音と共に、相手が宙に舞った。


 厳密には肘で後頭部を強打。

 下に吹き飛ぶ勢いを利用して、膝で顎をかち上げる。

 命に別状はないだろうが、意識は数日は戻らない。


 エルフたちとは違い、躊躇なく人を殺す、という訳にもいかない。

 結局、戦闘不能にさえすれば良いのだ。


 しかし二人の前に、巨大な戦斧を持った男が立ちはだかる。


 筋骨隆々の体躯。

 顔には無数の傷跡。

 その目には、狂気にも似た憎悪が宿っていた。


「ゲイブ。こんなとこで会うとは。お前も……クロノス教団だったのか」

 男が呟く。

 その声には、深い侮蔑が込められていた。


「あら?お知り合い?」

 ケヴィンが尋ねる。


「ああ……」

 ゲイブが重い口を開く。

「『ロックブレイク』のマルス。イーストヘイブン出身の冒険者だ」


 マルス。

 かつてゲイブが指導したこともある男。


 パーティー「ロックブレイク」のリーダーで、実力も人格も申し分のない冒険者だった。


「なぜこんな惨いことをするんだい?」

 ケヴィンが問いかける。


「なぜ?」

 マルスが不思議そうに首を傾げる。

「当然だ。世界を守るため。悲劇を繰り返さないためだ」


 その答えに、ケヴィンが眉をひそめる。


「悲劇は今、お前が起こしているだろう!この惨劇を見ろ!」


 しかし、マルスは首を振った。


「惨劇?惨劇だと……俺たちと一緒にするな!友の死を愚弄するな!」

 血の涙を流しながら、マルスが吠える。

「帝都のテロを忘れたか!俺の仲間を!友を!『ロックブレイク』のメンバーを殺したのは誰だ!」


 ゲイブが息を呑む。


 ゲオルグの反乱。

 帝都でモンスターを使ったテロが起きた時、多くの冒険者が犠牲になった。

 マルスのパーティーも、その中にいたのだ。


「リック……エミリア……ダン……トーマス……」


 マルスが仲間の名前を呟く。


「みんな、みんなクロノス教団に殺された!俺だけが生き残った!俺だけが!なぜ!お前らに復讐しろと、あいつらが言ってる!」


 絶叫。

 生存者特有の罪悪感が、彼を狂気に追いやっていた。


 ケヴィンとゲイブは、その気持ちを痛いほど理解できた。

 彼らも、クロノス教団に家族を奪われている。


 しかし——


 二人は、遥斗に救われた。


 そして、彼の母が命を賭して世界を守っていることを知った。


 クロノス教団を許す気にはなれない。

 それでも、今こんなことをするのは違うと分かっている。


「マルス……」

 ゲイブが静かに語りかける。

「話し合う気には……なれんか?」


「話し合う?」

 マルスが嘲笑を浮かべる。

「教団を皆殺しにするまでは止まらねぇ!止められねぇ!分かるだろ?分かれよ!」


 戦斧を構え、殺気を放つ。


 ゲイブは、その姿に自分たちの過去を重ね合わせた。


 怒りに我を忘れて。

 数多の罪なき命を奪っていた。

 かつての自分たちと、全く同じ。


 ゲイブは分かっていた。

 こういう日が来ることを。

 ここで、それがあると予感していた。


 過去の自分を清算するために。


 ゲイブが拳を構えた。


「そうか……なら」


 深い悲しみを込めて呟く。


「俺が止める」

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