399話 一刻も早く
ダンジョン最下層にある大集会所。
アマテラスが集まったメンバーを見渡す。
主力部隊は現在、遥斗と共にアストラリア王国へ旅立っている。
ツクヨミはハルカを連れて竜の国へ向かった。
残ったのは、ガイラス隊、アイアンシールド、ゲイブ、そしてシエルとグランディス。
戦力としては決して多くない。
「緊急事態が起こった」
アマテラスが口火を切った。
その隣には、息を切らせたヘスティアが立つ。
普段の優雅な姿とは違い、顔には焦燥感が漂っている。
「先ほどヘスティアに連絡が入ったのだが……」
アマテラスの目に殺気が籠る。
「ナチュラスが冒険者の大群に襲われているらしい。数は千を超え……いや、そんなものではないだろう。目的は住民の殺害。繰り返す、住民の殺害だ」
その言葉に、全員が息を呑む。
「なっ!何だよそれ!なんでナチュラスが冒険者に襲われんだよ!!」
グランディスの顔が真っ青になった。
体が小刻みに震え始める。
「住民の殺害だと……?っざけんな!」
彼の家はナチュラスにある。
そして、そこには——
「母さん……母さんがいるんだぞ……」
マリエラ・クァスディア。
グランディスの母親が、今もナチュラスでグランディスの帰りを待っているはずだ。
「アマテラス様。どうか……どうかご助力を!」
ヘスティアが深々と頭を下げる。
本来であればナチュラスはツクヨミの管轄だ。
しかしツクヨミ不在の今、頼れるのはソラリオンの王アマテラスのみ。
「このままでは、ナチュラスが……市民が……」
「了解した。至急援軍を向かわせる。まずはこの本部ですぐに出られる者、そしてルナークからも援軍を」
アマテラスが即断する。
「準備を整えさせる。ここからシルバーミストへ、シルバーミストからナチュラスへ、転送魔法陣の使用を許可する」
「今は夜中のため、正規軍を集めるには時間がかかるだろう。明日になれば第二陣、第三陣も用意が整う。今はクロノス教団の精鋭部隊で対応するのだ」
アマテラスが苦渋の表情を浮かべる。
「俺も行く!!」
グランディスが机を叩いて立ちあがる。
その顔は青白く、悲壮感に満ちていた。
「母さんを……母さんを助けなきゃ!父さんの代わりに!俺が!」
「……あんた」
シエルが心配そうに見つめる。
「ツクヨミもいない今、我はここを離れるわけにはいかん。指揮はヘスティアに任せる。護衛はアイラに任せた」
アイラが静かに頷く。
完全回復した彼女の実力はピカ一。
並みの冒険者が10人束になったとしても傷一つ負わせられないだろう。
「俺たちも協力させてもらおうかな?冒険者の非道は見逃せないね、そうでしょ、ゲイブさん?」
アイアンシールドのリーダー、ケヴィンが名乗り出る。
彼の笑顔は、こんな時でも爽やかだった。
「う、うむ。ま、まぁな」
ゲイブも曖昧に頷く。
何かを考えているのか、目を瞑ったまま腕を組んでいる。
ガイラス隊の面々は、複雑な表情を浮かべていた。
「申し訳ないが、イザベラ副団長の指示がねーと動けん」
軍規に縛られた彼らには、独断行動は許されない。
「はー全く……」
シエルがため息をつく。
しかし——
「仕方無いから自分もついて行ってやるっす!」
横目でグランディスを見る。
なんだかんだ言いつつも、グランディスのことが心配なのだ。
「シエルちゃん……」
グランディスが感動のあまり涙を浮かべる。
まさかシエルが手伝ってくれるとは思ってもなかった。
「師匠が帰ってきたら褒めてもらうっす!」
「だはっ!」
シエルが意地悪そうな笑顔をみせると、グランディスがひっくり返った。
***
「準備は整った。クロノス教団精鋭500人。全員、高レベルの者たちだ」
アマテラスが告げる。
転移魔法陣の入り口から、黒いローブに身を包んだ者たちが整然と入ってくる。
その動きには一切の無駄がない。
「気をつけろ、これで終わりとは思えん。何か裏があるはずだ」
アマテラスがヘスティアに警告する。
「はい」
ヘスティアが頷く。
「では、行って参ります!」
転移魔法陣が起動する。
青白い光が、空間を満たしていく。
「頼んだぞ」
アマテラスの言葉を最後に、次々に兵士たちが光に包まれた。
転送先は、シルバーミストの王城。
巨大な城の一室に、突如として大勢の戦士が現れる。
「ヘスティア様!」
待ち構えていたエルフの将兵が駆け寄る。
「準備は整っております。我がシルバーミスト軍500名、すぐに出撃可能です」
合計1000名の援軍。
敵の数に比べれば心もとない。
それでも。
それでも今は有難い。
「急ぎましょう」
ヘスティアが先導する。
城内の別の転移魔法陣へと移動。
そこは、より大型の魔法陣が設置された特別な部屋だった。
「これより、ナチュラスへ向かいます。敵の数は多い。住民の避難を最優先に!」
ヘスティアが激を飛ばし、魔法陣を起動する。
光が全員を包み込む。
---
次に目を開けた時、そこは石造りの地下室だった。
ヘスティアの屋敷の地下。
ここがシルバーミストと繋がっていたのだ。
「急ぎましょう!」
ヘスティアが階段を駆け上がる。
屋敷の扉を開けると——
そこは地獄だった。
街全体が紅蓮の炎に包まれている。
黒煙が立ち上り、夜空を覆い尽くしていた。
地面は血で赤く染まり、至る所に倒れた人々の姿が見える。
子供の泣き声。
女性の悲鳴。
男たちの怒号。
全てが混ざり合い、地獄の交響曲を奏でていた。
「うわあああああああ!」
グランディスが絶叫した。
「こんな……これが……ナチュラス?」
汗が噴き出す。
平和だった故郷が、炎と血に染まっている。
幼い頃から見慣れた景色が、全て破壊され尽くしていた。
「母さん……母さーーん!」
グランディスが駆け出した。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃだが、その顔は死に物狂いだ。
もはや彼にあるのは、一刻も早く母の元に駆けつける。
ただそれだけ。
「ちょっと!待つっすーー!」
シエルも必死にグランディスの後を追う。
「全軍、出撃!」
それに呼応するかのように、ヘスティアが命じる。
「市民を守れ!」
千人の援軍が、燃え盛る街へと突入していく。
決戦の時が来た。




