394話 真相
エドガー王はついに観念した。
その瞬間、謁見の間の空気が変わった。
戦いの緊張から、誰しもが解放されたのだ。
「騎士団、貴族の者たちを一か所に集めよ」
ブリードの指示で、黒刻騎士団の兵士たちと貴族たちが謁見の間の隅に集められる。
武器は全て没収され、膝をついて座らされた。
エレナが白虎を纏ったまま、集められた者たちを見張る。
マーガスとイザベラ、そしてブリードも周囲を固めていた。
ガルバンは悔しそうに歯を噛みしめていた。
内臓を損傷し、立つこともままならない。
それでも怒りの炎は消えていない。
「くそっ……逆賊風情に……」
血の混じった呟きが漏れる。
エドガー王の傍には、サポートとしてレオナルドだけが残った。
マーガスの父、グレイファスも他の騎士たちと一緒に捕えられる。
「アルケミック!」
マーガスの呪文で、兵士それぞれが持っていた武器が変形。
金属のロープとなり、自分自身を縛っていく。
「マーガス……」
グレイファスが息子に訴えかける。
必死の形相で、縋るような視線を向けた。
「さっきの発言は冗談だよな?家督を継ぐなど……その場のノリで言ってしまっただけだよな?」
マーガスがにかっと笑う。
人懐っこい、いつもの笑顔だ。
「勿論!」
グレイファスの目が輝く。
息子がまだ正気だと安堵の表情を浮かべた。
しかし——
「冗談などではありません!」
マーガスがあっけらかんと言い放つ。
「本気も本気、超本気です!」
「お前えぇぇぇ!」
グレイファスが激昂する。
縛られた手を振り回し、息子に鉄拳制裁を加えようと立ち上がる。
しかし、マーガスは簡単に足を払い、殴りかかる勢いを利用して転倒させてしまった。
既に暴れる父親に興味を失ったようだ。
エレナに向かって振り返り、軽い調子で話しかけた。
「そういえば、お前もファーンウッド家を継ぐのか?」
「あー興味ないなー」
エレナがあっさりと答える。
「爵位なんて、遥斗くんを守るのに必要ないもの。じゃま、じゃま」
「爵位を何だと思っている!下賤の者が!いいか、爵位とは先祖代々受け継がれた名誉ある——」
捕えられた貴族の一人が、大声で叫び講釈を垂れ流す。
「で?世界が無くなったら、どこを治める気なのだ、お前らは?」
ブリードが冷たく言い放つ。
その一言で、貴族たちは黙り込んだ。
確かに、世界が滅べば爵位も領地も意味がない。
「遥斗、すまぬがこっちに来てくれ」
エーデルガッシュが振り返り、遥斗を呼ぶ。
「
遥斗が頷き、エーデルガッシュの隣に立つ。
彼女は遥斗には傍にいてもらいたかった。
この少年の存在は、いつでも少女皇帝に正しい道を指し示す。
しかしエドガー王は遥斗を見て、首を傾げる。
(なぜ……この少年がここに?何も出来ぬであろう?)
最初に見た時の、気弱な少年のままにしか見えない。
ただのアイテム士が、なぜこの場に呼ばれるのか全く理解できなかった。
「さて、エド」
ルシウスも玉座に近づく。
相変わらず気楽な調子だが、その瞳は鋭い。
「さっきの質問だけど……」
指を立てて、一つずつ数える。
「街に人がいないこと」
「アレクサンダーがいないこと」
「エリアナがいないこと」
三本の指を示す。
「これ、全部繋がっているんじゃない?」
エドガー王は沈黙している。
虚ろな目。
どこか遠くを見つめだす。
レオナルドも答えない。
しかし、その表情は複雑だ。
答えたくないのではなく、何から話そうか迷っているような——
その時、遥斗が口を開いた。
「答えにくいみたいですね……じゃあクロノス教団のことは、どうやって知ったのですか?」
単純な質問。
しかし——
エドガー王の目の焦点が、急に合った。
まるで電撃を受けたかのように、体が震える。
(この少年……核心を突いてきた!)
どうやらクリティカルな質問だったようだ。
短い沈黙の後、エドガーはぽつりぽつりと話し始めた。
「……およそ2ヶ月ほど前のことだ」
疲れた声が、謁見の間に響く。
「ドワーフ国の軍勢が、突如ノヴァテラ連邦に攻め入ってきた」
クロノス教団の事を尋ねたはず。
全く違う話を始めたエドガー王だが、なぜか迫真味があった。
思わず全員が息を呑む。
「ドワーフの国はノヴァテラと友好関係を保っていたはずだ。しかし、戦前交渉もなく侵攻。ノヴァテラも軍隊を出して応戦せざるを得なかった。しかし……」
エドガーの声が震える。
「ドワーフ国の戦力は10万を超える。おそらく全てのドワーフ族が協力したのだろう。それはノヴァテラ一国で防げるものではない」
「ド、ドワーフ族が10万!?」
イザベラが驚愕の声を上げる。
ドワーフの国の総人口から考えても、異常な数だ。
「しかも、ドワーフの者たちは……まるで人形のように一糸乱れぬ正確な動きをしていた。彼らは自由と酒を愛する民。一人一人の力は強くても、集団行動は苦手なはずなのに」
エドガーの目に、恐怖が浮かぶ。
「恐れもない。感情も感じない。ただ命令通りに動く、生きた兵器だったそうだ」
あまりの異質さに、軍も、動員された冒険者も戦う前から気圧されていた。
このままでは戦いにすらならない、と誰もが思った。
「そこに現れたのが……」
エドガーが玉座の肘掛けを握りしめる。
「光翼騎士団を連れたエリアナだったのだ」
イザベラが前のめりになる。
「そんな!エリアナ様が!?」
「エリアナはスタンピード襲来に備え、各国に軍事援助を求めにノヴァテラを来訪していたのだ」
なるほど、と遥斗が頷く。
時系列的には辻褄が合う。
「アレクサンダー率いる光翼騎士団は、ドワーフ軍を見事に翻弄した」
「武力衝突ではなく、幻覚アイテム、睡眠アイテム用いた奇策にて足止めをした。流石は我が国最強の騎士団だ」
表情が曇る。
「だが、所詮は足止めに過ぎぬ。次第に押され始める。数の差は如何ともし難い」
「それで?」
ルシウスが促す。
「なぜ時間を稼いだのか?エリアナには秘策があった。そこに現れたのが……」
「ファラウェイ・ブレイブとソフィア共和国軍だった」
遥斗の体が震えた。
まさか、そこで彼らの名前が出るとは。
(そうか……涼介たちが……)
「エリアナが先に救援を求めていたのだ。これでドワーフ軍と戦力は互角」
「だが、エリアナは言った。『ドワーフたちは誰かに操られている』と」
「操られている?10万の軍勢が?」
エーデルガッシュが眉をひそめる。
にわかには信じがたい。
それに対応策も有るとは思えない。
エーデルガッシュの考えを察したのか、すぐにエドガーは答えを言ってくれた。
「エリアナは『ゴッド・ヴォイス』を発動した」
「ゴッド・ヴォイス?」
「相手の精神状態を変化させたり、致命的な状態異常を回復する、神子のスキルだ」
次々に正気を取り戻すドワーフたち。
混乱し、なぜ自分たちがここにいるのか分からない様子だった。
「傍に控えていた賢者マーリンが、ある方向を指差した。『あそこだ!』と」
そこには——
「一人の人族がいた。彼は自分の能力が通用しなくなり、かなり焦っていた」
「勇者は飛翔し、誰よりも速くその男に迫った」
遥斗が思わず拳を握りしめる。
「だが、そこに立ちふさがったのは……」
一呼吸置いて、信じられない名前を口にした。
誰もが知るが、ここで絶対に聞くはずがない名前。
「アマテラスというエルフ族の男だった」




