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392話 エレナの覚悟

 未来的なスーツに身を包んだエレナの姿に、黒刻騎士団の兵士たちがたじろぐ。

 白く輝く装甲は、まるで天から降りてきた戦女神。

 装甲の継ぎ目から青白い光が漏れ、スラスターが微かな熱気を放っている。


「ふっざけるなぁぁぁ!」


 ガルバンが怒号を上げる。

 顔を真っ赤に怒れる獣が叫ぶ。

 額の血管が今にも破裂しそうなほど膨れ上がっていた。


 明確な反逆行為。

 そして何より、女性が自分より優位に立つことを徹底的に嫌う彼にとって、これは屈辱以外の何物でもない。


「貴様ら全員、今ここでぇぇぇその首を叩き落してやる!」


 騎士団を押しのけ、真っ先に前に出る。

 戦斧を高く振り上げ、全身の魔力を込めた。

 黒い稲妻が斧の刃を走り、空気がビリビリと震える。


「黒鉄砕斬!」


 ガルバンの必殺技が放たれる。

 黒い魔力を纏った斧が、空気を裂きながらエレナに襲いかかる。

 その軌跡に黒い残像が尾を引き、石畳が圧力で砕けていく。


 エレナは戦闘態勢に入っていない。

 圧倒的に不利な状況。

 誰もがぐちゃぐやに潰れた彼女を想像した。


 だが——


 ガキィィィィン!


 金属がぶつかる強烈な音が謁見の間に響き渡った。



 騎士団の誰もが我が目を疑った。

 エレナが片手で戦斧を受け止めていたのだ。


 白虎の装甲に覆われた掌が、巨大な刃をがっちりと掴んでいる。


 衝撃波が床に達し、石畳に放射状のヒビが入る。

 砕けた石片が舞い上がり、埃が立ち込める。


 それでも、エレナはビクともしない。

 足元の床は陥没しているが、微動だにしていなかった。


「なっ……!」


 ガルバンの目が見開かれる。

 渾身の一撃が、片手で止められた。

 しかもこんな少女に。


「黒刻騎士団!他の者を人質に取れ!」


 屈辱に歯を食いしばりながら、すぐに戦術を切り替える。


「手足はいらん!生きていればいい!抵抗できぬよう切り刻んでも構わん!」


 兵士たちが一斉に動き出す。

 槍を、剣を、斧を抜き放ち、四方八方から襲いかかる。


 最初に狙われたのはマーガスだった。

 三人の兵士が武器を繰り出す。


「ふっ……」


 マーガスは僅かに身を引くだけで最初の剣をかわし、そのまま回転しながら相手の間合いに入る。

 遠心力を乗せた裏拳が、兵士の顎に炸裂した。


 ゴキッという鈍い音と共に、鎧を着た騎士がその場に崩れ落ちる。

 宙を舞う兜。

 白目を剥いた顔が露わになる。


「武器がないくらいで……俺を舐めるなよ!」


 二人目の兵士の槍を掴み、そのまま引き寄せる。

 バランスを崩した兵士の鳩尾に膝蹴りを叩き込む。

 鎧が凹み、兵士が泡を吹いて倒れた。


 三人目が背後から斬りかかるが、マーガスは振り返りもせずに後ろ回し蹴りを放つ。

 兵士の横っ腹に直撃し、壁まで吹き飛ばした。


 一方、イザベラも華麗な体術で兵士たちを翻弄していた。


 槍の穂先をすれすれで避け、そのまま槍の柄を掴む。

 てこの原理で兵士を投げ飛ばし、次の兵士の剣を素手で弾く。


 手刀が兵士の首筋に突き刺さり、意識を刈り取る。

 倒れる相手から剣を奪い取った。


「武器を持ったぞ!王に近づけるな!」


 別の兵士が襲い掛かる。


 閃光が走ったように見えた。

 しかし、何も起こらない。


「はっ!これが噂に名高い光翼騎士だ……」


 バタッ……


 兵士は自分が切られていたことにすら気付かなかったようだ。

 言い終わる前に倒れてしまった。


「安心しろ、加減はしてある。王の許可なく殺生は出来んからな」


 イザベラの剣の冴えを見た兵士たちは思わず後ずさる。


 地に堕ちたはずの光翼騎士団副団長の実力は健在だった。


 流れるような動きで、次々と兵士を無力化していく。


「ならば、あの女だ!」


 ガルバンが指示したのはエーデルガッシュ。

 特に戦闘態勢を取るでもなく、立ち尽くしている。


 好機に見えたのか、五人の兵士がエーデルガッシュに殺到する。

 槍が四方から突き出され、逃げ場がない。


 だが次の瞬間——


 ドガッ!


 最前列の兵士が、見えない力で吹き飛ばされた。

 血を吐きながら宙を舞う。


 ドスッ!ドスッ!


 続けて二人、三人と吹き飛んでいく。

 まるで巨人に殴り飛ばされたかのように。


「貴様ら如きが陛下に近づくなど……畏れ多い!己が分を知り出直してこい」


 ブリードが静かに構えていた。

 剣はない。素手でだ。

 しかし、その構えには全く隙がない。


 体を半身に構え、右手を前に、左手を腰に引いている。

 まるで東洋の武術家のような立ち姿。


「ふん、素手で何ができる!」


 兵士が剣を振り下ろす。


 ブリードは最小限の動きで剣をかわし、掌を兵士の胸部に当てた。

 一見、軽く触れただけのように見える。


 しかし——


「トキの掌」


 低い呟きと共に、ブリードの掌から衝撃波が放たれた。

 鎧を貫通し、内臓を直撃する。


「がはっ!」


 兵士が血を吐いて崩れ落ちる。

 外傷はないが、内部は完全に破壊されていた。


 体内魔力を掌に一点集中させ、それを全身の回転力を利用して相手に叩きつける。

 さながら中国拳法。

 クロスフォード流無刀術の真髄だった。


「化け物どもめ!」


 ガルバンが歯噛みする。


 その時、エドガー王が苛立たしげに舌打ちをした。

 玉座から身を乗り出し、ある一点を指差す。


「皆の者!そこの少年を狙うのだ!」


 その指が示すのは遥斗。


「何の能力もない、ただのアイテム士だ!赤子同然のはず!」


 エドガーは転移直後の遥斗のことを覚えていた。

 あの時の無力な少年の姿が、今も記憶に残っている。


「そうか!あいつが一番の弱点か!」


 ガルバンが邪悪な笑みを浮かべた。


 数人の兵士たちが一斉に遥斗に群がる。

 槍の穂先が四方八方から迫る。


 確かに今の遥斗は、マジックバッグもフェイトイーターも何も持っていない。

 素手の状態だ。

 アイテム士としての能力は、道具なしでは発揮できない。


「遥斗!」


 マーガスが助けに向かおうとするが、別の兵士に阻まれる。


「くそっ!」



 《フォトンシールド展開》



 機械音声と共に、半透明な光の盾が遥斗の前方に展開される。

 六角形のハニカム構造をした光の壁が、幾重にも重なって現れた。


 ガキン!ガキン!ガキン!


 槍の穂先が次々と弾かれる。

 光の盾は衝撃を受けるたびに波紋を広げるが、決して破れない。


「おい!なんだこれは!?魔法障壁か!」


 兵士たちが困惑する。


 振り返ると、戦斧を握ったままのエレナが鋭い視線を向けていた。

 白虎のバイザー越しに、怒りの炎が見える。

 遥斗に手を出そうとした者への、無言の圧力。


「邪魔をするな、小娘!」


 ガルバンが戦斧を引き抜こうとする。

 懸命に力を込めるが——


 ギギギ……


 不気味な金属音と共に、戦斧にヒビが入り始める。


「まさか……」


 エレナの指に力が入る。

 白虎の人工筋肉が収縮し、握力が限界まで上昇する。


 バキンッ!


 戦斧の刃が砕け散った。

 ガルバンの自慢の武器が、まるで飴細工のように粉々になった。

 金属片が光を反射しながら落ちていく。


「は?」


 ガルバンが呆然とする。

 手に残ったのは、ただの棒切れ。


 ドゴッ!


 エレナの蹴りが腹部に突き刺さった。

 白虎のパワーアシストを最大にした蹴撃。


「がはっ!」


 ガルバンの体が弾丸のように壁に激突した。


 ズドォォォン!


 石壁に凹みができる。

 蜘蛛の巣状にヒビが走り、石片が崩れ落ちた。

 ガルバンは壁にめり込んだまま、ピクリとも動かない。


 エレナは振り返ることなく、スラスターを点火した。

 青白い炎が噴射され、一瞬で遥斗の元へ移動する。


「遥斗くんに……」


 周囲の兵士たちの襟首を掴む。

 五人、六人とまとめて持ち上げる。


「触るな!」


 そのまま床に叩きつける。


 ドゴォォォン!


 石畳が爆発したように砕け散る。

 兵士たちが床にめり込み、クレーターのような穴ができた。

 悲鳴を上げる暇もなく、兵士たちは気絶する。


「遥斗くんを害する者は……絶対に許さないんだから!!」


 白虎を纏ったエレナが、遥斗を背に庇うように立つ。

 その姿は、まさに守護天使のようだった。

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