391話 起動!
ガルバンの顔が見る見るうちに紅潮していく。
額に太い血管が浮き上がり、ピクピクと脈打っている。
わなわなと唇を震わせながら、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
獲物を前にした肉食獣のような、危険な表情だ。
「そうか……よーしよしよし……今すぐ殺してやろうなぁ」
低い唸り声のような呟きと共に、腰の大剣を抜き放つ。
キンと金属音が響いた次の瞬間、剣は瞬く間に巨大な戦斧へと変形した。
刃は黒光りし、今にも獲物の血を啜ろうとしている。
王を逆賊に侮辱されたのだ。
今すぐに手打ちだ。
処刑だ。
報復だ。
ガルバンはその場にいる兵士たちの代弁者だった。
「王の御前であるぞ!控えよ、ガルバン卿!」
レオナルドの叱責が飛ぶ。
その声が、ガルバンの殺気を一瞬だけ削いだ。
レオナルドはゆっくりとルシウスに向き直る。
その表情は、旧友を見るものではなかった。
「困りますな、ルシウス殿……」
まるで他人を見るような冷めた視線。
「あなたにも嫌疑がかかっているのです。いくら王の従弟とはいえ、今はそれを盾にすることはできませんぞ」
ルシウスはファーンウッド家に食客として招かれた身だった。
数十年来の友人のはずだが、それすらも無かったかのような扱い。
ルシウスは頭をポリポリと掻きながら、困ったように首を傾げる。
「うーん……そこをどうにか……ねぇ?」
一方、ガルバンは腰が抜けそうになっていた。
戦斧を持つ手が微かに震えている。
(エドガー様の従弟だと……!?)
知らなかったとはいえ、王族に刃を向けようとしたのだ。
額に冷や汗が浮かぶ。
しかし、ルシウスはそんなガルバンを全く気にせず、エドガー王に優しく語りかける。
「エド、今日の君は変だよ。何か悩み事があるんじゃない?私で良ければ話を聞くよ」
まるで昔からの友人に接するような、温かい声。
一瞬、エドガー王の表情が崩れた。
泣きそうな、助けを求めるような表情が浮かぶ。
しかし——
すぐに感情を押し殺した。
虚ろな目が、再び冷たくなる。
「あなたはいつまでも若い。あの時のままだな」
エドガー王の声は、どこか寂しげだった。
「あははは、まあ、ちょっと実験の影響で……」
ルシウスが軽く笑う。
その態度は、この緊張した場面に全くそぐわない。
「あなたから譲り受け、王として永い時を過ごした。あの頃の私ではないのだ」
エドガー王が玉座に深く腰を沈める。
「私こそがこの国の王なのだ。あなたは追放された身……神子の力を失って。自身の不徳が招いた事態。恨むなら過去の自分を恨むのだな」
冷めた目でルシウスを見つめる。
「ところでさ、光翼騎士団は?」
ルシウスがエドガーの話を適当に聞き流し、辺りを見渡す。
白銀の鎧はどこにも見当たらない。
「ぐっ……」
エドガー王が息を詰まらせる。
その反応に、ルシウスの目が鋭くなった。
「無礼ぞ!今それが何か関係あるのか!」
突然、一人の騎士が前に出た。
赤銅色の鎧に、立派な金髪を後ろで束ねた壮年の男。
「貴様ら『クロノス教団』の目的を話せばよいのだ!アストラリア国王辺境伯、グレゴリー・ダスクブリッジの名に懸けて、この国を逆賊の思い通りにはさせん!」
マーガスの父、グレイファス・ダスクブリッジ辺境伯だった。
マーガスが天を仰ぐ。
(やっぱり出て来た……父上……今じゃないんですよ……)
心の中で呟く。
残念ながら口を挟むにはあまりにも身分が違う。
ここにいることさえ場違いな存在。
しかもこの緊迫した場面で。
空気の読めなさはマーガス譲り——いえ、譲られたのはマーガスの方だろうか。
しかし、マーガスの父が王の側近として控えていて、アレクサンダーがいないのは確かに変だ。
「街の様子見たよ……貴族……兵士……市民……みんなどこにいったのかな?もしかして今の状況に関係あったりして」
ルシウスがにこやかに追求する。
しかしその表情には、確信めいたものが含まれていた。
「関係ないだろうが!そもそもお前は誰なんだ!王はそこの童と話しておるのだぞ!」
グレイファスが食って掛かる。
腰の剣に手をかけ、今にも抜きそうな勢いだ。
その気迫と魔力。
意外にも本物だった。
「レオナルド殿……」
ルシウスが振り返る。
「先ほどのエレナの話は本当だよ?戦争を起こせば世界が滅ぶ。誰かが戦争を起こそうとしているんじゃない?」
確信に迫る問いかけ。
レオナルドが僅かに眉を動かす。
「ねぇ、エド……」
ルシウスが再びエドガー王に向き直る。
「この国は亡ぶよ?いいの?」
諭すような、悲しげな声。
その瞬間、ガルバンの我慢が限界突破した。
「王の従弟とはいえ、万死に値する!死ねぇぇぇ!」
戦斧を振りかぶり、ルシウスの頭上から襲いかかる。
巨大な刃が空を切り裂く。
その後ろからは、グレゴリーがレイピアを構えて突撃してくる。
二人の騎士による同時攻撃。
しかし——
ルシウスの姿が消えた。
次の瞬間、彼はエドガー王の前に立っていた。
まるで瞬間移動。
レオナルドが反射的に剣を抜こうとするが、すでに手を押さえられている。
ルシウスの細い指が、レオナルドの手首を優しく、しかし確実に封じていた。
「聞きたいんだけど……いいかな?」
ルシウスが優しく問いかける。
まるで子供に話しかけるような口調で。
「エリアナはどこ?」
その名前が出た瞬間だった。
「この者達を直ちに処刑せよーーー!!」
エドガー王の絶叫が謁見の間に轟いた。
今までの虚ろな様子が嘘のような、狂気じみた叫び。
黒刻騎士団員が一斉に動き出す。
槍を構え、剣を抜き、遥斗たちに殺到してくる。
手枷にはスキル封じの封印が施されている。
ご丁寧にステータスダウンのおまけつきで。
遥斗達のレベルならば、ある程度は戦えるだろう。
だが長期戦は圧倒的に不利。
どうする事も出来なかった。
一人を除いて。
「白虎!起動ーーー!」
エレナが叫んだ。
その瞬間、遥か彼方——先ほどの小屋にぶら下げられたエレナのマジックバッグから、白い光が飛び出した。
光は流星のように王城へ向かう。
ガシャーーーン!
窓ガラスが砕け散る。
光が謁見の間に飛び込んできた。
襲いかかる兵士たちを次々となぎ倒しながら、エレナの元へと向かう。
それはアーマードスーツ「白虎」のパーツだった。
白く輝く装甲が、エレナの体に次々と装着されていく。
まず手枷を引きちぎり、腕部、胸部、脚部と瞬く間に全身を覆っていく。
「マルチビット展開!」
白虎から無数の小型ビットが放出される。
それらは高速で飛び回り、遥斗たちの手枷を次々と破壊していく。
パキン、パキンと金属が砕ける音が響く。
これが遥斗の切り札だった。
装備をどこか厳重に保管される前に、「白虎」の入ったエレナのバッグだけを退避させていたのだ。
しかし——
百名以上の黒刻騎士団兵士は健在。
謁見の間は完全に包囲されている。
それでも。
それでもなお、遥斗たちには明らかに余裕があった。




