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388話 黒刻騎士団

 夜明け前、東の空がうっすらと紫色に染まり始めた頃、遥斗たちは翠緑の丘陵を後にした。

 冷たい朝の空気が頬を撫で、吐く息は白く霧となって消えていく。


 ステータスにものを言わせた高速移動で、地面を蹴る音だけが静寂を破る。

 風景は流れるように後ろへと過ぎ去り、午前中の間には王都ルミナスの城門に到着していた。


 巨大な石造りの城門は、日を受けて灰色から薄い金色へと色を変えている。

 スタンピードの傷跡はすっかり癒え、堅牢な壁の役目を全うしていた。


 門の両脇には見張り塔がそびえ立ち、城門では、銀の鎧に身を包んだ番兵たちが厳重な入城チェックを行っている。


 槍を構えた兵士が整然と並び、通行人一人一人の顔を確認している。

 遥斗達の手配書が出回っている可能性が高い。


 商人の荷車が止められ、中身を改められている光景も見える。


 これでは虫一匹這い入る隙間もない。


 しかしイザベラを先頭に、一行は堂々と近づく。


「おい!見ろ!あれは……イザベラ様じゃないか!?光翼騎士団の!」


 番兵の一人が目を見開き、慌てて兜を脱いで駆け寄ってくる。

 その顔には驚愕と困惑が入り混じっていた。


 イザベラはガイラス隊と共にヴァルハラ帝国に使者として赴いていていたはず。

 それがなぜこんな所にひとりで?


 いやひとりではない。

 光翼騎士団副団長イザベラが引き連れていたのは、全身包帯を巻いた重傷者を複数人。

 白い包帯のあちこちに赤黒い血が滲み、傷の深さを物語っている。


 足を引きずる者、片腕を吊っている者、そして担架に乗せられ毛布を被っている者すらいる。


 皆、顔を包帯で隠し、僅かに覗く目だけが疲労の色を滲ませていた。


 実は、この包帯と血は本物だった。

 リアリティを出すために、わざと切り傷を作って血を付けたのだ。

 鉄の匂いが風に乗って漂い、包帯に染み込んだ血の生々しさは演技では決して出せない。


 その後はポーションでフル回復しているが、見た目は瀕死の重傷者そのものだった。


「そ、その方たちは?」


 番兵が心配そうに尋ねる。


「冒険者パーティ『エメラルド・バイト』の方々だ。緊急帰国途中にモンスターの大群に襲われていたところを、命がけで助けてもらった。今すぐ治療のため城内に入れるように!」

「冒険者の方々でしたか!し、しかし規則でギルド証の提示を……」

「そんな事を言っている場合か!この怪我を見ろ!一刻を争うのだ!」

「は、はい!し、しかしですね……」


 番兵の声が上ずる。

 規則と上官の命令の間で板挟みになっているのが見て取れた。


「申し訳ありません……ギルド証は……戦闘中に紛失してしまったのです」


 ブリードが苦しそうな声で答える。

 包帯の隙間から覗く目は充血し、いかにも疲弊している様子だ。

 肩で息をしながら、今にも倒れそうな演技は見事だった。


「私が身元を保証する。すぐに治療を!」


 イザベラが命じる。

 その声には有無を言わせぬ迫力があった。


 番兵たちは顔を見合わせる。

 一人は若く、もう一人は髭を生やした中年。

 二人の間で無言の会話が交わされた後、髭の番兵が提案した。


「別室にご案内します。上の者を呼んでまいりますので、暫しこちらでお待ちください」


 案内されたのは、城門脇にある石造りの小屋だった。

 苔むした石壁は長い年月を感じさせ、小さな窓には鉄格子がはめられている。


 重い木製の扉が軋みながら開くと、カビ臭い空気が漂ってきた。


 中は意外と広く、壁沿いに古びた長椅子がいくつか置かれている。

 床は石畳で、歩くたびにコツコツと音が響く。


 天井からは埃まみれのランタンが吊るされ、オレンジ色の光が薄暗い室内を照らしていた。


 番兵が深々と頭を下げて小屋を出ていく。

 バタンと扉が閉まる音が重く響いた。


「上手くいったんじゃないか?」

 担架の毛布から顔を出し、マーガスが小声で呟く。


「黙っていなさい!油断は禁物!」

 エレナが窘める。


「へいへい。怪我人はすっこんでますよ」

 マーガスは肩をすくめて毛布の中に戻っていった。


 遥斗が眉を寄せて考え込んでいる。

 何か違和感を感じているようで、視線が部屋の隅々を彷徨っていた。


「どうかしたのかい?何か問題でも?確かに清潔とは言い難いけど、ここで暮らす訳じゃ無し。警戒しなくても大丈夫だよ?」

 ルシウスが気楽に話しかけてきた。

 すでにくつろぎモードに入っている。

 元王族のはずだが、部屋の汚れを全く気にしていない。

 豪胆だ。


「いえ……何かこの部屋の感じ、どこかで……」


 遥斗は手を伸ばす。

 指先に微かな痺れを感じる。

 肌にピリピリと静電気が流れるような、不快な感覚。


 空気自体が帯電しているかのような。


 突然、遥斗の顔色が青ざめた。

 瞳孔が開き、額に冷や汗が浮かぶ。


 思い出した。


「駄目だ!逃げよう!今すぐ!」


 皆がキョトンとしている中、遥斗は扉に駆け寄った。

 古いドアノブを必死に回すが——


「開かない!外からロックされてる!」


 ドアノブはびくともしない。

 まるで石のように固まっている。


「なんだと!?」

 エーデルガッシュが勢いよく立ち上がる。


「ブリードさん!」

 遥斗が叫ぶ。


「承知!」

 緊急事態を察し、ブリードが腰から剣を抜く。

 流石に見た目でバレるので、持ってきたのは唯のアイアンソードだった。


 刃は鈍く光り、装飾も何もない実用一点張りの剣。


「オーラブレード!」


 ブリードが剣スキルを発動した。

 普段なら剣身が青白い光に包まれるはずだが——


 何も起きない。


 剣はただの鉄の塊のまま。


 ブリードが困惑の表情を浮かべながら、それでも剣で扉を斬りつける。


 ガンッ!


 鈍い音と共に剣が弾かれてしまう。扉には傷一つ付いていない。


「ぬぅぅ!結界か!」


 そう、その通り。

 この部屋にはスキル封じ、攻撃封じの結界が張られていた。

 目には見えないが、透明な壁が部屋全体を覆っているのだ。

 力が全く出せない。


 遥斗が慌てて魔力銃を取り出す。


「ファイア!」


 引き金を引くが、カチッという空しい音だけが響く。

 エーテルライトが反応しない。


 恐らく魔力封じ、アイテム封じの結界も重ねられている。

 幾重にも張り巡らされた見えない鎖が、彼らを縛り付けていた。


 この小さな小屋は牢獄。

 鉄壁の牢獄なのだ。


「げははははは!」


 突然、小窓から下品な笑い声が響いた。

 格子の向こうに、人相の悪い男の顔が見える。


 ゲラゲラと笑いながら、黄ばんだ歯を剥き出しにして。


 黒い鎧に身を包み、胸には鉄槌を模した紋章が刻まれている。

 顔には幾つもの傷跡があり、左目は白く濁っていた。


 歴戦の猛者には違いないだろうが、品性と知性を感じない。


 それは黒刻騎士団の団長、ガルバン・ブレイスカーだった。


「ついに尻尾を出したな、裏切り者めが!」


 ガルバンは大喜びで手を叩いている。

 その音が石壁に反響し、不快な残響を残す。


「ガルバン!貴様!何をするか!」


 イザベラが窓に駆け寄って叫ぶ。

 怒りに燃えた瞳がガルバンを射抜く。

「このような無法許されるとでも思っているのか!」


「無法者は貴様だ、馬鹿め!裏切り者を確保したのだ!貴様が一番わかっているだろうが!」

 ガルバンが鼻息荒く、唾を飛ばしながらイザベラを罵る。

「これだから女を騎士団に入れるのは反対だったのだ。感情的で、判断力に欠け、信用も出来ん!」


「なんだとっ!」

 イザベラの顔が怒りで真っ赤になる。

 握りしめた拳が震え、爪が掌に食い込んでいる。


「光翼騎士団の副団長?笑わせる。女が剣を振るうなど、所詮は子供の遊び。浅慮な考えなど……全てお見通しよ!」

 ガルバンの濁った目が、嘲笑に歪む。


「貴様!黒刻騎士団こそ、野蛮な力押ししかできない三流集団ではないか!」

「ほう?早速王国批判か……我ら国王に使えし騎士団を愚弄するとは……まさに裏切り者の所業よ!」


 ガルバートがニヤニヤと笑う。

 顎髭を撫でながら、勝ち誇った表情を浮かべている。


 イザベラが口論を続けようとするが、ガルバンは全く取り合わない。


「エドガー王に面会を求める!取り次げ!」

 埒が明かないと踏んだイザベラは最後の手段に出た。

 王の勅命なくば、騎士団副団長の解任は出来ないのだ。

 王に面会を求める権限が、イザベラには残っていた。


「ああ、すぐに会わせてやる」


 ガルバンの目が危険に光る。

 舌なめずりをしながら、その視線は獲物を見る肉食獣のようだ。


「処刑は情報を吐き出させた後だ。楽しみにしていろ」


 そう言い残して、ガルバンは高笑いしながら去っていった。

 足音が遠ざかり、やがて静寂が戻ってくる。


「くそっ!」


 マーガスが担架から飛び起きる。

 毛布を投げ捨て、苛立たしげに髪をかき上げた。

「全部筒抜けだったのか!」


「どうやらそのようね……」

 エレナが苦い表情で呟く。

 唇を噛みしめ、悔しさを滲ませている。


 ここまで厳重な設備は通常ありえない。


 今日、この時の為に事前に準備されていたのだ。


 なぜ、どうやって。

 理由は分からない。


 分かっているのは、絶体絶命のピンチがいきなりやってきた事だけだった。

 

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