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387話 潜入前夜

 

 ぎやぁああああ!!!


 機内は悲鳴で充満していた。

 まさに阿鼻叫喚。


「うわああああ!!なんじゃこりゃあああ!!」

 マーガスが座席にしがみつきながら絶叫する。


「ひゃああぁ!ちょっと速いよーーー!もっとゆっくりーーー!」

 エレナが目を固く閉じて叫ぶ。


 現在速度は時速500キロメートル程度。

 MAXの速度には程遠い。

 しかし加速のGと浮遊感、キャノピーから見える景色の流れる速さは、飛行魔法の比ではなかった。


「お、落ち着くのだ……この程度で狼狽するなど……うぅっ!」

 エーデルガッシュも必死に威厳を保とうとするが、顔面蒼白だ。


「陛下!しっかり!ブリードがお傍についておりますぞーーー!」

 ブリードがエーデルガッシュを気遣うが、彼自身も歯を食いしばって耐えている。


「万物の母たる神よ……アストラリア国王の英霊よ……我が身をお守りくださ……きゃああ!」

 イザベラも祈りを捧げて平静を保とうとするが、徒労に終わる。


 唯一、ルシウスだけは必死に構造を理解しようと喰らい付く。

「これは……翼で揚力を得て……いや、推進力は魔力変換……ひいいい!」

 しかし、その顔は引きつっている。

 まさに知的探究心と恐怖心の葛藤。


 遥斗も驚いていた。

 この機体の性能に――。


(すごい……ほとんど何もしなくても制御は自動でしてくれるんだ)


 まるで本当にゲームのようだ。

 いや、元がゲームだから当然なのか。


 R2ボタンを押すと、メニューが表示された。

 主要都市の位置がコンソールに映し出される。


「王都ルミナス……目的地はここ」


 選択するだけで、機体は自動で方向を変える。


「うおおお!!横だ!横に傾いてるううう!!」

 マーガスが涙目で叫ぶ。

「もう無理!降ろしてえええ!」


「マーガス!男でしょ!しっかりして!」

 エレナが叱咤するが、声が震えている。


 遥斗はエンジンの調子を確かめる。

 まだまだ余裕があるのを感じられる。


 そして、アナログスティックを前に押し倒した。


「全速で行きます!舌噛まないでくださいね!」


「え?」

 全員が凍りついた。


 次の瞬間、機体は倍の速度に加速した。


「ぎゃああああああ!!」

「死ぬ!死んでしまう!!」

「遥斗殿!もう少し加減して——きゃあああ!」

「おええええ……」


 機内は更なる混乱に包まれた。


 しかし、しばらくすると定速飛行になり、加速によるGが収まってくる。


「あれ?意外と……楽しいかも?」

 エレナが恐る恐る目を開けた。

 窓から見える雲海が美しい。


「すごい……こんなに高いところを飛んでるなんて」


 一路、アストラリア王都を目指す戦闘機。

 その銀色の機体は、青空を切り裂くように飛行していった。



 ---



 5時間後。


 遥斗たちは王都ルミナス近くの「翠緑の丘陵」に降り立った。


 直接戦闘機で乗り付けるわけにもいかないからだ。


「おえええ……」

 マーガスは機体から降りるなり、地面に手をついて吐いている。

「地面……ああ、愛しい大地よ……俺は生きて帰ってき……おえええ」


「マーガス、大丈夫?」

 エレナが心配そうに背中をさする。

 彼女は途中から飛行を楽しんでいたくらい余裕がある。


「遥斗くん、帰りも楽しみだね!」

 その瞳はキラキラと輝いている。


 一方、ルシウスは興味深そうに機体を舐め回すように調べていた。

「この材質は……継ぎ目がない……どうやって作ったんだろう……」

 完全に研究者モードに入っている。



 エーデルガッシュが作戦会議を開く。

 もう日が傾き始めていた。

  遠くの森は金色の夕日に染まり始めている。


「さて、どうやって潜入する?意見の有る者はおるか?」


「正面からで大丈夫だと思います」

 イザベラが提案する。

「まだ私たちまで指名手配はされていないはず。光翼騎士団の副団長が身元を保証すれば、中に入るのは問題ないでしょう」


「なるほど、イザベラならも無下にはできないからね。その後は誰かの伝手を使って国王に会う、と」

 ルシウスが頷く。


「今から行っても夜になる。ここで朝を待って、王都に行くとしよう」

 エーデルガッシュの決定に、全員が同意した。


 翠緑の丘陵に野営の準備が始まる。



 ---



 夜が更けていく。

 焚火のパチパチという音だけが、静かな丘陵に響いていた。


 遥斗とエレナが並んで火の番をしている。

 オレンジ色の炎が、二人の顔を優しく照らしていた。


「ねぇ、ここ覚えてる?」

 エレナが突然話しかけてきた。


「うん」

 遥斗は静かに頷く。

「トムと三人で初めて戦ったよね……」


 エレナの瞳に当時の事が蘇る。

「あの時、初めて魔力銃を触って……それから強いモンスターもいたね……」


「そうだ、トムはどうしてるかな」

 遥斗も急に懐かしくなった。

 帝都で別れて以来、音信不通だ。

「元気でやってるといいけど」


「大丈夫じゃない?王都も復興が進んでいるみたいだし。訓練所は再開したかな?」

 エレナが首を傾げる。


 マーガスやエレナ、トムたちと学んだ「魔道具科」。

 あの頃は必死だったが、今思えば楽しい日々だった。


 そして図書館。

 エステリアさんは元気にしているだろうか。

 ふと気になる。


「僕たち、これが落ち着いたら訓練所に戻った方がいいのかな?」

 遥斗が真剣な顔で呟いた。


 その表情を見て、エレナが笑い転げる。


「ぷっ……あははは!今さら戻って何を勉強するの?あははは」

 お腹を抱えて笑っている。

「だ、だって……もう教わることなんてないよ!アルフレッド先生が今の遥斗くん見たら、腰抜かすわ」

 ケラケラと楽しそうだ。


 遥斗は真面目な顔のまま、話題を変える。

「エレナはさ、お父さんと会うの怖くないの?指名手配されて……怒ってるかもしれないよ?」


 エレナは少し考えて、素直に答えた。

「全く怖くないと言えば嘘になるけど……」

 そして、ぺろっと舌を出す。

「あの人、私に甘いから」


「誤解……解けるといいね」

 遥斗の言葉に、エレナは優しく微笑む。


「そうだね」


 しばらくの沈黙の後、エレナが口を開いた。


「遥斗くんのお父様は、どんな人だった?」


 遥斗は考える。

 そして空を見上げながら、一言答えた。


「石」


「いしって……石?」

 エレナが聞き返す。


「硬くて、重くて、冷たくて、反応がなくて」


 遥斗は今になって思う。

 父は何を考えて生きていたのだろうか。


 子供の頃は、ひたすら父としての役目を求めていた。

 しかし父とて一人の人間だ。

 様々な苦しみがあったのだろう。


(今なら、父さんの話を聞いてみたいな)


 そう思った。



「交代するぜ。お前らも休め」

 マーガスとイザベラが歩いてきた。


「あっもうそんな時間?」

 遥斗が立ち上がる。


「明日は大変だからな。しっかり休んどけよ」

 マーガスが遥斗の肩を叩く。


「うん、ありがとう」


 エレナも立ち上がり、二人は野営地の端に用意した簡易テントへと向かった。


 明日はいよいよ、王都ルミナスへの潜入。

 全てが上手くいくかは分からない。

 それでも、進むしかない。


 満天の星空の下、翠緑の丘陵に静寂が訪れた。

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