384話 決断の時
遥斗が片膝をついた。
エリクサーを手にしたまま、荒い息を吐いている。
「遥斗君大丈夫か!」
ルシウスが駆け寄ろうとするが、彼自身もふらついて壁に手をつく。
見回せば、アマテラスでさえ額に汗を浮かべ、ツクヨミも白い肌がなお白くなっている。
アリアは剣を杖代わりにして、かろうじて立っていた。
「こいつは……結構きついな……」
苦笑いを浮かべながら床に座り込む。
どうやら一定数値ではなく、一定割合でステータスを素材にされたようだ。
強者であればあるほど、失うものも大きい。
遥斗は震える手で大事そうにエリクサーを抱える。
「さあ……アイラさん。……これを飲んで……」
力を振り絞って立ち上がり、ベッドに横たわるアイラの元へ。
優しくその頭を支え、エリクサーを口元に運ぶ。
虹色の液体がアイラの喉を通った瞬間、彼女の全身が白い光に包まれた。
光が部屋全体に広がり、まるで聖域が展開されたような神聖な雰囲気が漂う。
毒、傷はおろか全てのバッドステータスが浄化されていく。
失われた右腕も完全に元に戻り、血色も戻ってきた。
「アイラ!」
ヘスティアが足をもつらせながらも必死に駆け寄る。
震える手でアイラの頬に触れた。
あたたかい。
一時は死人の様に冷たかったアイラが。
「よかった……本当によかった……」
彼女にとってアイラは唯のメイドではない。
娘のような存在だった。
ナチュラスで共に過ごした日々、教え導いてきた時間。
それを失うかもしれない恐怖から、ようやく解放された。
遥斗はマジックバッグから最上級HP回復ポーションを取り出し、全員に配る。
「皆さん、これを……飲んでください」
一同がポーションを飲み干すと、ようやくほっと一息。
余裕が戻ってきた。
「遥斗様……」
アイラが潤んだ瞳で遥斗を見上げる。
「このような私の命を救っていただき……ありがとうございます!」
「心配しましたけど……本当によかった」
遥斗も安堵のため息をつく。
しかし、ツクヨミの表情は複雑だった。
呆れたような、感心したような。
「まさか……エリクサーを生成してしまうとはね」
エリクサーは、ツクヨミにとって最後の切り札だった。
全てのバッドステータス——つまり呪い(オカート)に侵されても回復できる唯一の方法。
アマテラスかツクヨミが何らかの理由でオカートを受けた時、回復させるための最終手段だったのだ。
しかし今、遥斗はその切り札を自力で生成できるようになってしまった。
ツクヨミが呟く。
「オカートを防ぐフェイトイーター……そして今度はオカートをも回復させるエリクサー……」
完全に「理外の刃」を克服している。
母である加奈が作った究極の武器が、息子である遥斗に完全に破られた。
(皮肉なものね……あなたは喜んでいるのかしら、加奈?)
アマテラスがゆっくりと立ち上がった。
その表情は、諦観と決意が入り混じっている。
「遥斗よ」
太陽神の声が、室内に静かに響く。
「もし、お前が敵に回れば、確実に我々は敗北するだろう。人族に恭順して敵対するというなら、クロノス教団は無条件降伏しよう」
空気が凍りついた。
そして驚愕の声が上がる。
まさか、アマテラスがそこまで言うとは。
「我らはお前の決定に従おう。どうする?」
全員の視線が遥斗に集中した。
世界の命運が、一人の少年の決断に委ねられた。
しかし遥斗は俯いたまま、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「僕は……」
「僕はユーディを助けたい。マテリアルシーカーの皆を助けたい。ルシウスさんやアリアさん、僕の知り合えた人達を助けたい」
遥斗は真っ直ぐにエーデルガッシュを見つめる。
「世界の命運とか国の存亡とか、実感がないんだ……僕には関係ない……」
正直な言葉だった。
自分の知らない人に対してそこまで興味はない。
関心もない。
彼の存在を侮蔑し続けてきたのだから。
「でも、僕の大切な人たちが悲しむのは見たくないんです!」
シンプルで、純粋な想い。
それが遥斗の全てだった。
エーデルガッシュの瞳に、うっすらと涙が浮かぶ。
彼女は全てを失った。
父に託された臣民すら失い、裏切られ、もはや大義はない。
皇帝としての使命、居場所、何もかも奪われた。
しかし——
「余は……このまま誰かの思い通りにされるのは耐え難い」
エーデルガッシュの声が震える。
「不幸を撒き散らす誰かに、せめて一矢報いたい!このままで済ませられぬ!済ませてはならぬ!」
復讐。
いや神に与えられた使命だろうか。
それは高潔な皇帝には似合わない感情。
しかし今の彼女には、それしか残っていなかった。
「ふん、結局みんな同じってことじゃねーか!気にくわねー奴はぶっ飛ばす!簡単だぜ!」
アリアが鼻で笑う。
「理由はバラバラでも、やることは一つのようだね」
ルシウスがニヤリと笑う。
「この世界の破滅を望む者は……光翼騎士団とアストラリア国王の名に懸けて滅します!」
力強く語るイザベラの眼は真剣そのもの。
「おそらく目標はエリアナ姫……か、もしくは彼女を操っている者」
アマテラスが腕を組む。
「怪しいのは山ほどいるな」
「そうね……エドガー王、賢者マーリン、光翼騎士団長アレクサンダー、堅牢要塞ゴルビン、紅蓮の魔導士エレノア……」
ツクヨミが集めた情報を思い出しながら語る。
そして最後に苦い表情で付け加える。
「異世界の勇者パーティ、ファラウェイ・ブレイブ」
「これらが結託している可能性も十分ある。操られているのではない……すでに同士。そうであってもおかしくはない」
アマテラスが最悪を告げた。
全員の視線が、再びエーデルガッシュに向けられた。
神の啓示を受けた少女。
彼女の決断が、これからの方針を決める。
エーデルガッシュは深く息を吸い、そして——




