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380話 啓示

「ここはどこなんだ?」

 エーデルガッシュは真っ暗な空間で彷徨っていた。


 足音は響かず、呼吸音すら聞こえない。

 ただただ無限に続く闇があるだけ。

 

 不安はなかった。

 ヴァルハラ帝国の皇帝として、恐れる事は許されない。


 ただ後悔はあった。

 遥斗に巻き込んでしまった。

 彼をあんなに頼らなければ——

 悲しませる事はなかった。

 

 苦痛はなかった。

 感情に流されるほど弱くはない。

 その様な生き方を許されなかった。


 だが虚無があった。

 深い、底知れぬ空虚感。


 まるで自分という存在そのものが、この空間に溶けて消えてしまいそうな。


(私は何のために生きている?帝国のため?父のため?世界のため?それとも——遥斗のため?)

 答えは見つからない。

 ただ歩き続けるだけの、終わりなき旅路。


 何も出来ない自分、無力な自分。

 大事なものさえ見えない、見つからない。



 その時、突然眩い光が現れた。

 それは聖母のような慈愛に満ちた、あまりにも神々しい存在だった。


 しかしエーデルガッシュは安心するどころか、身構える。

 愛剣「サンクチュアリ」は……ない。

 

 しかしクロスフォード流には無刀の技もある。

 決して遅れは取らない。


「何者だ!名を名乗れ!」

 ヴァルハラ帝国を背負う者として、決して見知らぬ存在に縋るような真似はしない。

 それは皇帝エーデルガッシュの矜持だった。


 光の存在は優しく語りかける。


『愛しき我が子……』


 その声を聞いた瞬間、エーデルガッシュは一瞬、幼き頃に亡くした母かと思った。

 しかし明らかに違う。

 眼前の存在は人ではない。

 その神々しさは、その領域にはありえない。


 数多の皇族、貴族を見慣れたエーデルガッシュだからこそわかる感覚。


「ゴッド・アイ!」


 正体を見極めようとスキルを発動するが、神子の力が発動しない。


『残念ですが、私にあなたの力は使えません。その力、私が与えたものですから』


 エーデルガッシュは一瞬怪訝に思ったが理解した。


 これは夢なのだと。

 おそらく潜在意識が具現化したのだろう。


 それにしては神々しい存在だ。

 自意識が具現化したのなら、なんたる悪趣味か。

 自分の分身は聖母であると考えているなど、誰かに話すなど恥ずかしくて出来る訳がない。


 特に遥斗には。


 しかし自意識であるはずの聖母は、思いもよらないことを語り出した。


『お気をつけなさい。終焉の時は迫っています』


「終焉の時とは?帝国の異変と関係があるのか?」


『このままでは全てが手遅れになってしまいます。悪意がこの地に集いつつあります。悪意は全てを飲み込むでしょう。貴方の存在意義、貴方の未来、なにより貴方の大切な人』


 会話にならない。

 会話をしているようで、完全に一方通行だ。


『エルフの大地は血で塗れ、全てが苦しみで覆われる。水が高きより流れる如く、全てが終わりへ向かって進んでいます。最初は月が壊れ、最後は太陽が沈みます』


「違う!これが夢ではない!」

 エーデルガッシュの顔が歪む。

 彼女が全く知らない情報が、次々に溢れている。


 もう一度叫ぶ。


「貴様ぁ何者だ!」


『名はありません。しかし人は私のことを神と呼びます』


 神——確かにこの世界では神の存在は当たり前のように信じられている。

 しかしそれは概念的な事象。

 形としてあるわけでもない。


 運命やどうしようもないものの例えであり、魔法を使う際にイメージ固めに使うもの。


 決して意識があり、語りかけてくるような存在ではない。

 しかし目の前にいる。

 不思議と強烈な実感がある。


『何者かがこの世界の消滅を企てています。全てが操られているのです。全てが踏みにじられようとしているのです』


「何者かとは誰だ!なぜそのような事を!」


 問いただすが、神は黙って目を閉じるばかり。

 どうやら分からないようだ。


「では、どうすれば良いのだ!」


『世界を守りなさい。神の力を受け継ぎし者。選ばれし者。信頼に足る者を率いて邪なる心を退けなさい。それはあなたにしか出来ません』


「戦争をしろとでも言うのか!そんな事をすればこの世界が先に消し飛ぶぞ!」


 エーデルガッシュが食って掛かる。


『破滅と救済は同じところにあります。破滅への道が唯一生き延びる道。どちらに行くのかはあなたの選択にかかっています。どうか正しき道を』


 しかしエーデルガッシュは目を逸らした。

 帝国がどうなっているか分からない。

 自分の力など、遥かに及ばない者たちもいる。


 何も出来ない、何の力もない人族の少女。

 それが今のエーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラ。


 自信を無くしていた。


『力があれば、邪悪に立ち向かってもらえますか?』


「もちろんだ!」


 力強く答える。

 遥斗の母の話を聞いた。

 全てを賭してでも守りたいものがあった。


『あなたの答え、確かに聞き届けました。ならば、授けましょう。貴方が世界を救うために』


 神の姿が薄れ始める。


「待て!まだ聞きたい事が……」


 光は急速に失われていく。


『貴方に力を貸す者たちにも祝福を』


 そう言って、神は消えた。



---



エーデルガッシュは目を覚ました。


「夢……だったのか」


 そう思ったが、違う。

 エーデルガッシュの眼が灼けるように熱い。

 しかし苦痛ではない。

 

 逆。

 むしろ力が目に宿っている。


 頭の中に呪文が浮かぶ。

 スキルを持つ者なら、誰しも体感したことのある現象。

 新たなスキルの目覚め。


「ゴッドアイ・オーバーロード!」


 エーデルガッシュの深い緑の瞳が金白に輝く。

 いや、それ以上の輝きを増し、金から白へ。

 黄金の魔力がエーデルガッシュを包む。


「陛下---!ご無事ですかーーー!!!」

 あまりの膨大な魔力に、慌てて隣の部屋からブリードが転がり込んできた。


 しかし、その光景に絶句する。


 エーデルガッシュが、黄金のオーラを纏って宙に浮かんでいるのだ。


 現人神。

 皇帝を越え神へ。


 あまりにも神々しい。


 ブリードは直視するのも憚られ、地面に頭をこすりつけて平伏した。


「皇帝陛下……皇帝陛下……」


 勇猛果敢な軍務尚書の声が震えている。


 エーデルガッシュは静かに目を開ける。

 新たな力を、その身に宿しながら。

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