372話 腕
(信じられない、何これ……)
涼介に捕まったアイラが、その腕から絶望的な力の差を感じ取った。
それはアダマンタイトの手錠を連想させる。
きっと何をしても、外すことはできない。
(この力……人じゃない……化物)
千夏がるんるんとスキップで近づいてくる。
「わーい!つっかまえたー!これで色々聞けるねー♪ごっうもん、ごっうもん」
千夏と合流されたら終わる。
(今だ!今しかない!)
アイラが覚悟を決めた。
左手に魔力を集中させ始める。
オーラが立ち上り、左手が鋭利な刃物のように変化していく。
その異変を見ても、涼介は眉ひとつ動かさない。
「何をする気だ?それでどうにかなるのか?……そう思うならやってみろ」
余裕の表情を浮かべている。
アイラが手刀で一閃——
ザシュッ!
「なっ……」
さすがの涼介も驚愕する。
アイラが掴まれた自分の右腕を切断したのだ。
自分の腕を切り落とすという行為に、千夏も驚く。
「ちょ!腕切っちゃった!痛くないの?!」
その瞬間、切り離された右腕が爆発を起こした。
右手に仕掛けてあった魔力式爆弾が炸裂したのだ。
ドオオオオォォォン!
「いやーーー!涼介ーーー!」
千夏が絶叫する。
ものすごい砂煙が立ち上り、視界が完全に遮られた。
周囲の市民たちが阿鼻叫喚の状態になる。
「きゃー!爆発よー!」
「助けてーーー!」
「何が起きてるんだ!」
千夏が慌てて爆心地に駆け寄り、涼介の無事を確かめる。
即死でなければ回復させる自信がある。
如何なる犠牲を払おうとも。
「涼介!涼介!涼介!涼介!涼介!涼介!涼介!涼介!……」
そこには——
無傷の涼介が立っていた。
全身を幾重に覆う魔力の層が、爆発から完璧に身を守っていたのだ。
傷一つ負っていない。
「この程度問題ない」
涼介が淡々と答える。
しかし、千夏の表情は一変した。
まるで鬼。
先ほどまでの人懐っこい少女とは思えないほどの変化だった。
「殺してやる……」
低く呟く千夏。
その瞳には明確に殺意が宿っている。
アイラを探すが、既に姿は見当たらない。
混乱に乗じて逃走を成功させた様子。
「どこにぃぃいきやがったぁぁーーー!殺す!殺す!絶対にぃぃ殺す!涼介を傷つける奴は絶対に!どこまでも追いかけてやる!!!」
「無駄だ。帰るぞ」
千夏が息巻くが、涼介が制止した。
冷静に対応する涼介。
「でも!でも!涼介を殺そうとしたんだよ!」
「構わん……行くぞ」
「そだね。涼介は勇者様だもんね。あんな小物相手にする必要ないか」
涼介の言葉に、千夏の態度が一瞬で変わる。
凶暴なドーベルマンが飼主にだけは忠実なように。
千夏にとって涼介の言葉は絶対だった。
冒険者ギルドへと歩き出す涼介。
後について歩く千夏。
涼介がちらりと、アイラが逃げた方向を見た。
(あの女……遥斗の似顔絵に反応した……)
似顔絵を見たアイラの顔が、涼介の心に引っかかっている。
(遥斗のことを知っているのか?)
エリアナ姫が集めた情報によると、遥斗はマテリアルシーカーという冒険者パーティの一員になっているという。
そしてマテリアルシーカーは、クロノス教団と繋がっているらしい。
(巻き込まれたのか……それとも利用されているのか……)
自分たちが良かれと思って、王都へ置いてきたことが裏目に出た。
無理にでも一緒にいるべきだった。
その時はベストだと信じた決断を、今になって後悔する。
(遥斗……会って話がしたい……)
複雑な心境を抱えながら、涼介は千夏と共にその場を去った。
***
一方、事情を知らないクロノス教団本部では、いつもの日常が続いている。
そんな中——
「だーかーらー俺様の方が強いって言ってんだろ!リーダーだぞ!」
マーガスが声を荒げていた。
彼の前には、ムスッとした表情のシエルが立っている。
「もはやレベルでは自分の方が上っす。実力差は明らかっす。あんたでは自分には勝てないっす」
「何だとコラ!アストラリア王国貴族舐めんなよ!」
「あーやだやだ。今だに貴族が平民より上だと信じてるっすか?時代に取り残された骨董品っす。博物館に展示されるっす!」
シエルの態度に、マーガスの怒りが頂点に達した。
「上等!どっちが上かはっきりさせてやる!」
「それは良い提案っす。勝負といくっす!」
「シエルちゃん素敵!頑張って!絶対勝てるっち。マーガスなんてちょちょいのちょい!」
グランディスが大喜びでシエルを応援している。
彼は何があっても女子の味方だ。
エレナは心配そうに二人の様子を見守っていた。
「ねえユーディ、止めなくていいの?」
「退屈しのぎのレクリエーションだ。構わん。本気で殺し合う程の馬鹿でもなかろう」
「そうかなー」
「この状況で本気で殺し合う程の馬鹿なら、死んだ方が良かろう?」
エーデルガッシュに止めてもらおうとするが、全く取り合う気はないらしい。
今度はちらりと遥斗を見る。
相変わらず生気がない状態が続いている。
ただ座っているだけで、何も考えていないような虚ろな表情。
(遥斗くん……まだ引きずってるのかな……)
エレナが心配する。
母親の真実を聞かされてから2週間。
遥斗は一度も笑わない。
ずっと、ぼんやりと遠くを眺めていた。
このまま消えてしまうのではないか、とエレナの胸中に不安がよぎる。
そんな中、マーガスとシエルの模擬戦が始まろうとしていた。
果たして勝負の行方は?