360話 進化の実
戦場に静寂が戻り、土煙が晴れ始めた。
焦土と化した大地に、わずかな生存者の姿が見える。
ルナーク軍の生存者。
数えると、僅かに500名程度。
生き残った兵士たちが、ドラゴンたちを畏敬の念で見上げている。
シューデュディが前に出て、王国を代表して深々と頭を下げた。
「バハムス様、助力に心から感謝いたします」
その声は、安堵に満ちていた。
最悪は回避出来た。
父を失った悲しみの中、少しでも民を救えたのだ。
「本当にありがとうございました」
セレシュルムも礼を述べる。
兵士たちも一斉に膝をつき、竜王に敬意を表した。
その時、岩陰に隠れていたハルカが、恐る恐る姿を見せる。
「ドラゴンさん、どうもありがとう」
小さな声で感謝を述べる少女。
バハムスの瞳が一瞬柔和になった。
「息災だったか、小さき者よ」
答える竜王の声には、まるで祖父オルミレイアスのような温かさがあった。
「すごかったのぉー!ドラゴンさんたちぃ強いー!」
ハルカが目を輝かせて喜ぶ。
その純粋な感情に、ドラゴンたちも笑みを浮かべた。
しかし、バハムスの表情は次第に曇っていく。
「だが、手遅れだったようだな」
呟きながら、遠くを見やる。
竜王には感じ取れているのだ——拡大し続ける闇の脅威を。
「オルミレイアスとの約束を果たせなかった」
「友の最期の頼みすら……」
悔やむような表情を見せる。。
絶対的な存在であっても、友の死という現実は重い。
「世界はもうじき終わる。我らの力をもってしても止められん」
闇の拡大速度が加速し、もはや取り返しがつかなくなっている。
空の向こうでは、星々の輝きが小さくなる。
大気さえも一部消え去り、光が拡散しなくなったせいだろう。
「もはや我々の消滅も時間の問題だ。数か月後か、数年後か……」
バハムスが告げる。
ドラゴンたちも、諦めにも似た表情を見せていた。
そしてシューデュディが静かに呟く。
「仕方ありません、これが運命だったのでしょう」
諦観。
覚悟は決まっているのだろう。
「父上も、ソラリオンも失った。しかし家族は守れた。十分すぎる。世界が終わるまでは、親子3人で穏やかに暮らしたい」
王として重責から解放され、父としての生を優先する。
その言葉に、ハルカが嬉しそうに尋ねた。
「ねぇお父様、お父様と一緒にいられるの?」
喜びに満ちた瞳。
これまで孤独な思いをしてきた少女にとって、家族と過ごす時間は何よりも貴重だった。
それが最後だとしても。
「ずっと寂しい思いをさせてしまったからな。これからはずっと一緒だ」
シューデュディが娘を抱きしめる。
温かい父の腕の中で、ハルカは安らぎを見つけた。
ずっと欲しかった一瞬。
ずっと願う永遠。
「そうね、それが一番よね!きっと!」
セレシュルムも同意し、家族の絆に涙を拭う。
しかし、それをよしとしない人物がいる。
加奈である。
加奈は「違う」と静かに、はっきりと強い意志を込めて呟いた。
「元の世界には遥斗がいる。このまま投げ出すことなんてできない!」
「私が神子の力で何とかする!世界を救ってみせる!」
息子への愛が、加奈を突き動かしている。
あまりの形相にに、シューデュディが心配そうに声をかけた。
「加奈、無茶だ。もう手の施しようがない。私たちはやれるだけの事をした。もう充分じゃないか」
冷静な判断だった。
普通に考えれば、それが正しいのだろう。
「人ひとりで何とか出来る範囲ではないわ。悔しいけど諦めましょう?」
セレシュルムも説得に加わる。
このままでは、ハルカに残された時間すらも消え去ってしまう。
バハムスも「異世界の娘よ。神子といえど限界はあるのだ」と諫める。
しかし、加奈は頑として譲らない。
「聞けません!どうしても!」
母性本能、いや母性衝動か。
自分達の責任で、何も知らない息子が死ぬ。
それだけは許せない。
死よりも辛い運命だった。
加奈の強い瞳を見たバハムスが深いため息をつく。
そして、体の中から何かを吐き出した。
それは美しく光る実。
「これはドラゴン族の秘宝『進化の実』だ」
加奈の前に差しだす。
神々しい光を放つ実に、一同が息を呑む。
「太古の昔、我らがモンスターから知的生命体に進化できたのはこの実のおかげ。王のみが体内で育て、所持することが許される」
実から立ち上るオーラが、見る者を魅了する。
進化の実は生命の根源に関わる、神秘的な力を秘めていた。
「何に使えるかは分からないが、お前に託そう。それが我の天命だったのだ……もしかすると奴はそれを見越していたやもしれんな。」
竜王からの贈り物。
この出会いが無ければ、得られるはずのない究極のアイテム。
「あ、ありがとうございます……きっとご厚意に報います!」
加奈が実を受け取ると、それは彼女の手の中で輝きを増した。
まるで新たな主を認めたかのように。
そして加奈が決断を下す。
「闇の中心部に向かいます」
もはや誰にも止められない。
「ならば我が背に乗れ」
バハムスが申し出る。
竜王の背中——それはこの世界で最も名誉ある場所だった。
「最後まで付き合ってやろう、異世界の勇士よ!皆讃えよ!この者に世界の命運を託す!」
竜王が宣言する。
グオオオオォォォォォォン!!!
ドラゴンたちが呼応する中、加奈、シューデュディ、セレシュルム、ハルカがバハムスの背中に乗る。
全てのドラゴンたちが続々と羽ばたく準備を始めた。
「行くぞ、世界の果てへ!」
バハムスが雄叫びを上げる。
その声は、絶望に立ち向かう勇気の叫び。
ドラゴンの大群が闇に向かって飛翔していく。
竜王の背で、加奈が進化の実を握りしめる。
諦めの文字はない。
加奈の愛は世界を救うの鍵となるのか——




