342話 終わりの始まり
加奈、シューテュディ、セレシュルムの三人がアストラリア王国の国境付近に来ていた。
オルミレイアスの未来視で「ここに世界の終わりの始まりがある」との予言を受け、急遽調査に向かうことになったのだ。
加奈の創った飛行機でここまでやってきた三人。
エルフの国から、わずか半日という驚異的な速さだった。
通常であればルナークに渡り、帝国領を抜け、アストラリア王国を横断する必要がある。
馬車を使いながらでも2か月はかかる遠距離を、瞬く間に移動してきた。
加奈の能力に二人とも心底驚愕している。
「この距離を半日でなんて……とても信じられない」
シューデュディが呟く。
地図で見れば、大陸を横断するほどの距離なのだから当然だ。
「こんなに速く空を飛ぶなんて!竜族でもきっと無理よ!」
セレシュルムが興奮しながら言う。
雲の上を飛ぶ体験に「まるで神様になったみたい」と感動する二人。
地上の景色が小さく見える高度になると「こんな高いところヤメテー!落ちたらどうするのー!」と最初は嫌がっていた。
エンジンの轟音にも最初は怯えていたが、今では慣れた様子だ。
「カガクの力とは……ここまでなのか……」
シューデュディが感嘆する。
魔法では到底実現できない速度と安定性。
風の魔法で空を飛ぶことはできるが、これほどの速度は不可能だ。
「お兄様!私たちエルフもこの力があれば怖いものなしですわ!」
セレシュルムが目を輝かせる。
加奈も満足そうに微笑む。
「皆さんにこんなに喜んでもらえるなんて。創った甲斐がありました」
苦労してイメージした飛行機が、こうして役に立っているのを見るのは嬉しかった。
現場に上空到着する。
加奈はコックピットから、すぐに異常を発見した。
それは地面にある黒い点。
「あそこに何かありますね」
二人に指差して説明する。
遠目に見ても、明らかに周囲とは異なる地形が確認できる。
不自然に黒く見える一帯が広がっていた。
飛行機を安全な場所に着陸させる加奈。
念のためパワードスーツ「白狼」を装着し、調査の準備を始める。
「『白狼』って名前、良いですわ。加奈にぴったり!」
セレシュルムが褒める。
銀色のスーツに赤いライン。
白い光を纏って狼の雄姿を感じさせるデザインだった。
現地調査するため、三人で慎重に近づく。
「気をつけるんだ、サクラ殿。何があるか分からん」
シューデュディが心配そうに声をかける。
近くで見ると、それは想像以上に巨大な穴だった。
直径は1キロ程度あるだろうか。
端は完全に抉れており、まるで巨大な隕石が落ちたような形状をしている。
しかしそれ以上に変わったところは特に見当たらない。
「これが世界の終わりなの?」
セレシュルムが不安そうに呟く。
穴の深さはかなりのものだ。
底がどうなっているかは見えない、まるで別世界まで続いているようだった。
周囲にモンスターの気配や異常な魔力は感じられない。
「一体何がここで起きたのでしょうか……」
加奈は考えられる可能性をいくつか頭に浮かべた。
巨大な隕石の衝突、強力な魔法の暴発、異世界との次元の歪み、古代兵器の跡……。
しかし、どれも証拠がない。
現時点では、ただ巨大な穴があるというだけ。
結局、加奈が「降りてみます」と調査を提案する。
「それは危険すぎる!」
シューテュディとセレシュルムが強く反対した。
しかし飛行能力があるのは加奈だけ。
ふたりは飛行できる魔法は習得していない。
加奈が誰かを抱えて、これほど深い穴を降下することは不可能だった。
「二人は周囲を見張っていて。行きます!」
加奈が決意する。
白狼のジェット推進で慎重に穴の中へ降下開始。
二人が心配そうに上から見守っている。
通信機能で「今のところ異常なし」と報告する加奈。
ゆっくりと高度を下げながら、周囲の状況を確認していく。
壁面は滑らかで、まるで何かが綺麗に削り取ったような形状だった。
ついに穴の底へと着地成功。
地面に着地しても、特に異常は見当たらない。
より詳しい調査のため、ゴッド・クリエイトで観測ロボットを複数体創造した。
2メートルほどの巨大自走型ロボットが完成する。
カメラとセンサー、パワーアームを内蔵した高性能仕様で、白狼のディスプレイとデータを共有するシステムだった。
「これで安全に調査ができるね」
加奈が満足する。
ロボットが自動的に周囲の探査を開始。
データが次々と白狼のディスプレイに表示される。
温度、湿度、大気成分、放射線レベル……すべて正常値を示していた。
本当に普通の大穴に過ぎないように見える。
「きゃーーーー!」
その時、上空でセレシュルムの悲鳴が響いた。
観測ロボットを置いて、急いでジェット噴射で地上へ上昇する。
地上ではセレシュルムが腰を抜かして震えている。
辺りを見回しても敵らしき物は一切いない。
「大丈夫?何かあったの?」
加奈が急いで尋ねる。
セレシュルムが震える手で穴を指差している。
シューデュディも青ざめた表情で同じ方向を見つめていた。
「あの穴が……あの穴が……」
言葉にならない恐怖に支配されている。
「落ち着いて……何が見えたのか教えて?」
加奈が優しく声をかける。
それでも口をパクパクさせるだけで、言葉にすることは出来ない。
指差されている箇所をアップ画像にして確認する。
白狼のディスプレイに映し出された映像に、加奈も息を呑んだ。
穴が僅かずつだが確実に広がっているのが見える。
いや、正確には広がっているのではない。
さらに拡大すると、物質が粒子となって消滅しているのが確認出来た。
これは穴が開いているのではなく、地面が無くなっていった結果だった。
土も、石も、植物も。
すべてが分子レベルで分解され、消失している。
まるで存在そのものが否定されているかのような現象。
「これは……世界そのものが消えている!」
加奈が戦慄する。
三人とも言葉を失い、恐るべき現象の前に立ち尽くした。
この現象が続けば、いずれ世界全体が消滅してしまうかもしれない。
オルミレイアスの予言「世界の終わりの始まり」の意味が理解できた。
しかし、なぜこのような現象が起きているのか。
そして、これを止める方法はあるのか。
新たな謎と脅威が、加奈たちの前に立ちはだかっていた。




