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32話 値上がり

挿絵(By みてみん)

 シャドウタロンとの激闘から2日が経過した。放課後の図書館は静寂に包まれ、遥斗、エレナ、トムの3人が机を囲んで真剣な表情で本を開いていた。


「ふぅ...」遥斗は大きなため息をつく。


「ルシウスさんの研究所に行けないのは寂しいけど、ここで勉強するのも悪くないね」

「そうね。ルシウスおじさまの研究が忙しくて立ち入り禁止になっちゃったけど、ここなら静かに勉強できるわ」

 エレナが微笑みながら答える。

 トムも頷きながら、「それに、エステリアさんもいるしね」と付け加えた。


 その時、エステリアが優雅な足取りで近づいてきた。彼女の銀髪が図書館の薄明かりに輝いている。

「遥斗さん、今日もいらっしゃいましたね」

 エステリアは柔らかな微笑みを浮かべる。


「はい。毎日来てるせいで、すっかり顔なじみになっちゃいましたね」

 遥斗は少し照れくさそうに答えた。


「ええ、もう常連さんですよ。今日はどんな本をお探しですか?」

 エステリアは楽しそうに笑う。


「今日はアストラリア王国で流通しているアイテムについて調べたいんです」

「わかりました」

 エステリアは杖を取り出し、空中に複雑な文様を描いた。すると、数冊の本が空中に現れ、静かに机の上に降り立った。


 遥斗は感謝の言葉を述べながら、ふと、エステリアの姿が美咲と重なって見えた。その瞬間、胸に鋭い痛みが走る。自分を置いて旅立ってしまった5人の仲間たちの顔が脳裏に浮かび、切ない気持ちが込み上げてきた。


「大丈夫ですか?顔色が悪いようですが?」

 エステリアは遥斗の表情の変化に気づき、心配そうに尋ねた。


「え?あ、はい...大丈夫です」遥斗は慌てて答えたが、顔が真っ赤になっているのを隠せなかった。

 エステリアの心配する表情が美咲とそっくりだったからだ。


「本当に大丈夫ですか?」エステリアが遥斗の様子を伺おうとさらに顔を近づける。

「は、はい!本当です!」遥斗は慌てて答えた。

「そうですか」


 エステリアの優しい笑顔に、遥斗はますます顔を赤くする。その様子を見たエレナは、なぜか不機嫌そうな表情を浮かべた。


「ね、遥斗くん。そろそろ本を見てみましょう?」

 エレナの声には、わずかに苛立ちが混じっていた。

 遥斗は慌てて本に目を向ける。


「まあまあ、せっかくエステリアさんが本を出してくれたんだから」

 トムはそんな2人の様子を見て、苦笑しながら宥めるように言った。


 3人は早速、アストラリア王国で流通しているアイテムについて調べ始めた。多くのポーションは遥斗がすでに登録済みだったが、いくつか目新しいものも見つかった。


「ここ見て」トムが本を指さす。

「上級ポーション、MP増加ポーション、硬化ポーション、EXPポーション、速度強化ポーション...」


 エレナが興味深そうに付け加える。

「大きく分けて、ポーションには一時的効果と永続的効果の2種類があるみたいね」

「永続的効果があるのは、EXPポーションとMP増加ポーションか。これ面白いね」

 遥斗は目を輝かせながら言った。


 エステリアが近づいてきて、静かに説明を加えた。

「その2つは特に貴重なポーションです。一般には流通しておらず、おそらく王国の保管庫にしかない思われます」


 遥斗は少し考え込んだ後、「そういえば...」と呟いた。

 エレナが首を傾げる。

「前にみんなで行った『幸運の魔道具屋』っていう店があっただろう?。そこなら、もしかしたらこういった珍しいポーションがあるかもと思って」

「そうか!あの店なら、ありそうだな」

「行ってみる価値はありそうね」

 エレナも同意し頷いた。


 3人は顔を見合わる。

「よし、じゃあ早速行ってみよう!」


「お気をつけて。何か分からないことがあったら、また来てくださいね」

 エステリアは少し寂しそうな表情を見せたが、すぐに優しい笑顔に戻った。


 遥斗たちは感謝の言葉を述べ、図書館を後にした。


 夕暮れ時の街は、オレンジ色に染まった空の下で独特の活気を帯びていた。石畳の道には、仕事帰りの人々や夜の準備に励む店主たちの姿が目立つ。遥斗、エレナ、トムの3人は、そんな街の喧騒の中を歩きながら、「幸運の魔法道具屋」へと向かっていた。


 店の前に立つと、看板に描かれた四つ葉のクローバーが夕日に輝いて見えた。ドアを開けると、小さな鈴の音が静かに響く。しかし、彼らが目にしたのは、予想外の光景だった。


 店内は薄暗く、埃っぽい空気が漂っている。棚はほとんど空っぽで、商品らしきものはほとんど見当たらない。

 遥斗が首を傾げながらトムに尋ねた。

「ねえ、アイテム屋っていつもはこんな感じなの?」

「いや、こんなの見たことないぞ。まるで...」

 トムは眉をひそめ、首を振った。彼の表情には明らかな困惑が浮かんでいる。

「まるで略奪された後みたいね」エレナが言葉を続けた。


 その瞬間、奥の部屋から慌ただしい足音が聞こえ、店主が飛び出してきた。彼の額には汗が浮かび、息を切らしている。

「いらっしゃい!お待ちしておりました!」


 遥斗たちは驚いて後ずさる。店主は以前のことを覚えていたらしく、遥斗を見るなり目を輝かせた。


「おお!君たち!また何か売りに来てくれたのかい?」店主の声には、希望と期待が溢れていた。


 遥斗は困惑した表情で答える。

「え、あの...今日は見に来ただけで...」


 店主の顔から笑顔が消え、肩を落とした。その落胆ぶりは、まるで空気から色が抜けていくかのようだった。

 その様子を見た遥斗は、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


「あ、でも...そうだ」

 彼はマジックバッグから、レベルアップの修行で生成した「中級ポーション」数本と「低級ポーション」の山を取り出した。瓶から漏れる微かな光が、薄暗い店内を幻想的に照らす。


 店主の目が再び輝き出す。その表情は、まるで砂漠で水を見つけた旅人のようだった。

「おおっ!これは...!」


 トムが驚いて叫んだ。彼の声は店内に響き渡る。

「遥斗!そんなにたくさん持ってたの?」

 遥斗は照れくさそうに頭を掻く。

「ちょっとアリアさんがはりきっちゃって...」


 店主は興奮気味に値段を提示した。

「最低級ポーションは1本銅貨20枚、低級ポーションは銅貨80枚、中級ポーションは銀貨2枚で買い取らせていただきます!」


「えっ!?それ、相場の倍じゃないか!」トムの顎が外れそうになった。


 計算が終わると、合計は銀貨48枚ほどになった。店主は大切そうに銀貨を数え、遥斗に渡す。その手つきは、まるで聖なる儀式を行うかのように丁寧だ。


 遥斗は首を傾げた。彼の表情には、まだ状況を完全には理解していない様子が見て取れる。

「えっと...これって多いのかな?」

 エレナは平然とした様子で「まあまあじゃない?」と答えた。彼女の態度からは、この金額に特別な感慨を覚えていない様子が伺える。


 トムは2人の反応に激怒した。彼の顔は怒りで真っ赤になっている。

「君たち!なんでそんなに動じないんだよ!?」

 遥斗は困惑した表情で「え?だって日本円に換算できないし...」と答える。

 まだこの世界の通貨感覚が身についていない様子が見て取れる。


 エレナは肩をすくめて「私のお小遣いの方が多いから...」と言った。彼女の態度からは、裕福な家庭で育った背景が垣間見える。


「くっ...金銭感覚おかしすぎるだろ...」

 トムは頭を抱えた。彼の表情には、2人の金銭感覚の違いに対する呆れと諦めが混ざっている。


 エレナは話題を変え、店主に尋ねた。

「それにしても、なぜこんなにポーションがないんですか?」


 店主は周りを見回してから、小声で答えた。彼の態度からは、この話題に対する緊張感が伝わってくる。

「実はね、最近王国軍が買い占めているんだ。噂じゃ...戦争の準備かもしれないって」


 エレナは眉をひそめた。彼女の表情には、この情報に対する疑念が浮かんでいる。

「でも、叔父さまは各国とは良好な関係を築いていると言っていたわ」

 彼女の叔父は公爵でこの国の重鎮のひとりでもある。


「戦争...?それって大変なことじゃ...」

 トムが遥斗の心配そうな言葉を遮った。

「まあまあ、あくまで噂話だしね。それより、目的のアイテムは見つからなかったな」


「そうね。明日また図書館で、王国の他のアイテム屋を調べてみましょう」

 エレナが提案した。


 3人は頷き合い、店を後にした。外に出ると、夕暮れはすっかり夜に変わっていた。街灯の明かりが、石畳の道を柔らかく照らしている。

 帰り道、3人は今日の出来事について話し合いながら歩いていた。


「でも、本当に戦争の準備なのかな...」遥斗が不安そうに呟いた。

「うーん、お父様に聞いてみようかしら。でも、あまり詮索しすぎるのも...」エレナが答える。

「おいおい、2人とも深刻な顔しないでよ。今日はいい取引が出来たんだし、それを喜ぼう!」


 遥斗とエレナの表情が和らぐ。3人は笑いながら夜の街を歩いていった。

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