313話 英雄帰還
遥斗の視力が回復した事実を告げると、皆が驚愕に包まれた。
まるで天地がひっくり返ったかのような、信じがたい光景に帝国陣営は大騒ぎ。
呪いの絶対性を信じて疑わなかった者たちにとって、それは奇跡以外の何物でもなかった。
「理外の刃の呪いが解けるなんて……聞いた事ねぇよ」
グランディスが呟く。
彼の顔は蒼白になっており、自身の常識が覆されたことへの混乱が見て取れた。
「こんなことあり得んのかぁ?もうオカートなんて意味ねーじゃん!」
「遥斗くんのバカ!」
突然、エレナが声を上げた。
怒ったような声だったが、その瞳には涙が浮かんでいる。
「心配したんだからぁ!でも……良かったー!」
そう言って、彼女は遥斗に強く抱きつく。
その温かさに、遥斗の胸が締め付けられる。
エレナの遥斗への想いが、痛いほど伝わってきた。
「師匠……治せるなら先に言っといて欲しかったっす。酷いっす……寿命が縮んだっすよ」
シエルが魔導士の帽子で隠しながら、複雑な表情を見せる。
その声は少し拗ねたようでもあり、安堵したようでもあった。
「ご、ごめん。でも確実だった訳じゃ……」
遥斗は弟子に責められ、しどろもどろになっていた。
「それにしても前代未聞だよ……理外の刃の呪いを自力で解除するとは」
ルシウスが驚嘆する。
「ちょっと信じられないね。私が何十年もかけて研究しても、全くどうにもならなかったというのに……」
「何が起きてんだよー?さっぱり分からねぇ」
アリアが首をかしげる。
数多の戦闘の経験者である彼女にとっても、この状況は理解の範疇を超えていた。
そして、エーデルガッシュが厳しい口調で問い詰める。
「佐倉遥斗、説明してほしい。お主は最初からこの結果を求めていたのではないのか?何故そのような危険な行為に及んだのだ」
「オカートを解除する方法が必要だったんだ」
遥斗は答える。
極めて冷静で、まるで当然のことを述べているかのようだ。
「確かにオカートの解呪法が分かれば、それに越したことはない。だが何故今なのだ?」
エーデルガッシュがさらに追及する。
理由が分からなければ、遥斗の行動を許すことはできなかった。
「この戦いに……勝つため」
遥斗の回答は明快だった。
その一言に込められた意志の強さに、一同が息を呑んだ。
「勝つため?意味が分かりません」
イザベラが困惑しながら口を挟む。
「どういうことだ?俺達にも分かるように説明してくれないか?」
ケヴィンが促す。
皆、純粋な好奇心と、回答への期待が込められていた。
遥斗が一呼吸間をおいて、詳しい説明を始める。
「まず最初に、呪いを除去するために生成素材にすることは、早期に思いついていました」
「でも実態がないので、素材としてイメージできなかったんです」
彼は続ける。
「だから自分で呪いを受けて、オカートの感覚をつかむ必要があった」
「そっか!それで2回戦でわざと……」
グランディスの表情に、遥斗の計画の深さへの驚愕が浮かんでいた。
「もちろん勝てれば最良だった。けど勝算は限りなく低かった」
「運良く理外の刃を使ってくれたのは幸運だったよ。これは本当に賭けだった。普通に戦っていれば、僕たちの敗北は確定していた」
「いくら何でも無茶がすぎるだろ……」
ガルスが呆れ声を上げる。
「で、なんでそこまでしたんだ?」
ゲイブが核心を問う。
「呪いの解除方法が分かったところで、俺達に勝ち目はあるのか?」
その問いに、一同の視線が遥斗に集中した。
遥斗が立ち上がる。
「ここまでした理由は……」
その瞳に、強い決意が宿った。
「アマテラスとツクヨミに勝てる人は、今現在、ここにはいないからです」
「確かに……それが厳しい現実だ」
ブリードが認める。
雷神と呼ばれる剣聖でさえ、その事実を否定できなかった。
しかし遥斗が宣言する。
「……でも、勝てる可能性のある人は……もうすぐ現れます」
全く意味が分からない。
その言葉に、皆が遥斗の意図を測りかねていた。
「エレナ、もう一つのシャドウサイズを出してもらえる?」
エレナが困惑しながらも、黒いチャクラムを遥斗に差し出した。
皆が注目する中、遥斗がルシウスに近づく。
そして彼の前で立ち止まり、シャドウサイズを掲げる。
その瞳には、確信に満ちた力強さがあった。
「ポップ!」
遥斗が生成の呪文を唱える。
シャドウサイズを素材に、新たなデスペアが完成した。
その瞬間——
突然、ルシウスの体から膨大な魔力が立ち昇り始める。
空気が振動し、周囲の者たちが息を呑んだ。
それは今まで感じたことのない、圧倒的な魔力の奔流。
「こ、これは……私の魔力が……」
ルシウスが震える。
長年失われていた力が、体の奥から湧き上がってくる感覚。
ルシウスにかかっていたオカートの呪いが、今、完全に解除されたのだ。
「3人目の代表はあなたです、英雄ルシウス」
遥斗が告げる。
「アマテラスが不意打ちで呪いをかけたということは、正面からやり合えば不利と感じていたからでは?」
「元シルバーファングのリーダー、アリアさんの師とも呼べる人。僕達が勝利する可能性があるのは、過去のルシウスさんだけです」
アリアが小さくガッツポーズを取る。
ルシウスが呪いを受けた時、一緒にいたのは彼女だった。
誰よりもルシウスを尊敬していたのも、彼女。
ルシウスの呪いが解けて、元の強さを感じられた喜びは誰より強い。
「やったぜ、くそっ!……ルシウス……戻ってきやがった……」
遥斗の命を懸けた戦略がここに結実した。
最後の希望、アストラリア国王の神子、銀髪の英雄ルシウスが帰ってきたのだ。




