31話 グランド・ビヘモス
10階層の床が大きく割れ、そこから巨大な影が姿を現した。象とサイを掛け合わせたような姿の巨獣、グランド・ビヘモスだ。その体長は優に20メートルを超え、厚い皮膚と強靭な筋肉が洞窟内の光る苔に照らされて不気味に輝いていた。
「あれが...本当のラスボスか」涼介が息を呑む。
グランド・ビヘモスは、美咲たちを見つけると、その巨体からは想像もつかない俊敏さで動き出した。
「来るぞ!みんな、気をつけろ!」大輔が叫ぶ。
美咲が即座に詠唱を始める。
「焔よ、我が敵を焼き尽くせ!ファイアブリッド!」
炎の弾がグランド・ビヘモスに直撃する。巨獣は苦しげな唸り声を上げたが、その厚い皮膚のおかげで大きなダメージは受けていないように見える。
「ダメ、あまり効いていない!」美咲が叫ぶ。
千夏が飛び出す。
「私の番ね!百烈掌!」
彼女の拳が閃光のようにビヘモスの脚を打ち付ける。巨獣は微動だにせず、すぐに攻撃の態勢をとった。
グランド・ビヘモスが前足を上げ地面を踏みつける。
衝撃波が美咲たちを襲うが、ギリギリのところで大輔が皆の盾になった。
「くっ!シールドバッシュ!」
盾と衝撃波がぶつかり威力は完全に相殺された。ビヘモスは思わぬ反撃にあい一瞬気を取られたように見えた。
「今だ!フォトンエッジ!」涼介が叫ぶ。
光の刃がビヘモスの胴を切り裂く。かすり傷程度だが、確実にダメージを与えている。
さくらがるなに指示を出す。
「フロストブレス!」
銀色の狐が吐き出した冷気が、ビヘモスの足元を凍らせると巨獣の動きが鈍った。
「みんな、このまま攻めよう!」涼介が叫ぶ。
パーティーは息つく暇もなく攻撃を繰り出す。美咲の魔法、千夏の格闘術、大輔の槍、涼介の剣技、さくらとルナの連携。それぞれが持てる力を最大限に発揮し、ビヘモスに襲いかかる。
「なんだ?思ったより強くないのか?」大輔が不思議そうに呟く。
「様子見してるんだと思う。こちらの実力を測ってる」
さくらが答える。
「モンスターもスキルを使うとMPを消費する。それが0になるとスキルが使えなくなる。だから...」
「温存してるってことか」涼介が理解を示す。
しかし、パーティーにそんなことを構っている余裕はない。彼らは全力で攻撃を繰り出し続ける。
「雷よ、天より降り注げ!サンダーボルト!」美咲の詠唱が響く。
雷撃がビヘモスを直撃。巨獣が唸る。
千夏が跳躍し、ビヘモスの頭上に迫る。
懇親の回し蹴りが炸裂。ビヘモスが首を振り、千夏を払いのけようとするが巧みにそれをかわす。
「ライトプロテクション!」
涼介の声と共に光のバリアが展開される。
そのバリアに守られながら、大輔が前進する。
「スピアスラスト!」
槍の一撃がビヘモスの足を直撃。巨獣が一歩後退する。
さくらとルナも黙っていない。
「ルナ、月光の矢!」
光の矢が次々とビヘモスに命中。その度に、巨獣の体が光に包まれる。
一見すると、パーティーが優勢のように見える。しかし、メンバーたちの息は上がり、汗が滝のように流れている。それに比べ、ビヘモスはまだ本気を出していない。
「このまま...いける」涼介が息を切らしながら言う。
しかし、その時だった。
ビヘモスの目に、今までとは違う光が宿る。まるで「そろそろ本気を出すか」と言わんばかりに。
「みんな、気をつけて!」美咲が叫ぶ。
グランド・ビヘモスが大きく息を吸い込む。そして―
「グオオオオオォォォォォ」
巨獣の咆哮と共に、10階層全体が激しく揺れ動いた。パーティーメンバーは、まるで木の葉のように宙に舞い上がり美咲たちは壁や地面に叩きつけられてしまう。
「こ、これが...やつの本気か」大輔が呻く。
グランド・ビヘモスの目が、獲物を捕らえた捕食者のように怪しく輝いていた。本当の戦いは、ここからだった。
巨獣は低く唸り、その巨体を震わせる。
「固まるな!」涼介が叫ぶ。
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ビヘモスが動き出した。その速度は、先ほどまでとは比べものにならない。
巨体が宙を舞い、地面に激突する。衝撃波が洞窟全体を揺るがし、パーティーメンバーは皆、バランスを崩す。
「くっ!」大輔が盾を構える。
しかし、ビヘモスの攻撃の前では、大輔の盾はまるで紙のようだった。彼は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「大輔!」千夏が駆け寄る。
「ヒール!」
回復魔法が大輔を包み込むが、その間もベヒモスの攻撃の手は留まるところをしらない。
再び地面が大きく揺れ、岩塊が降り注ぐ。
「ライトプロテクション!」涼介が叫ぶ。
光のバリアが展開され岩塊の直撃は回避できたものの、激しい攻撃の前ではすぐにバリアは砕け散ってしまう。
「くそっ...」涼介が呟く。
千夏が前に出る。
「諦めちゃだめ!百烈掌!」
彼女の拳がビヘモスの脚に炸裂するが、巨獣はびくともしない。それどころか、大きな鼻で千夏を払いのけた。
「きゃっ!」直撃を受けた千夏が宙を舞う。
「千夏!」さくらが叫ぶ。
銀色の狐が吐き出した冷気が、千夏の落下地点を凍らせクッション替わりに受け止める。それでも、衝撃は大きく、千夏は呻き声を上げる。
美咲が再び詠唱を始める。
「焔よ、我が敵を焼き尽くせ!ファイアブリッド!」
炎の弾丸が再びビヘモスを直撃するが、その厚い皮膚の前ではまるで線香花火のようだ。
「だめ...効かない...」美咲の声が震える。
ビヘモスが再びの咆哮。
「グオオオオオォォォォォ」
その皮膚が金属的な光沢を帯び始める。
大輔が叫ぶ。「まずい!防御力が上がった!」
涼介が剣を構える。
「フォトンエッジ!」
光の刃がビヘモスの体に直撃するが、もはやかすり傷程も傷を付けられない。
ビヘモスは、パーティーの攻撃など蚊に刺されたような感覚さえ無いかのように、巨体を揺らしながら暴れ回る。その一撃一撃が、洞窟を揺るがすほどの威力を持っていた。
「みんな、態勢を立て直すぞ!」大輔が歯を食いしばる。
しかし、その言葉も虚しく、ビヘモスの攻撃は止まらない。
次々と繰り出される強力な攻撃の前に、パーティーは為す術もなく、ただ耐え忍ぶことしかできない。
「千夏、回復を!」涼介が叫ぶ。
「わかってる...でも...」千夏の声は弱々しい。
「MPが...」
彼女の魔力も限界に近づいていた。
さくらとルナも必死に戦っている。「るな、月光の矢!」
光の矢がビヘモスに命中するが、もはや痛がる様子さえ見せない。
「だめだ...」大輔が呻く。
「こんな相手...勝てるわけが...」
「諦めるな!まだ終わってない!」
涼介は必死に仲間たちを鼓舞する。
しかし、その言葉とは裏腹に、パーティーの状況は刻一刻と悪化していく。傷は癒えきらず、MPは枯渇寸前。そして何より、疲労が彼らの動きを鈍らせていた。
一方、グランド・ビヘモスは相変わらず元気いっぱいだ。その目には、獲物を追い詰めた満足感さえ宿っている。
パーティーは、洞窟の隅に追い詰められていた。背後は壁。前方には、巨大な敵。逃げ場はない。
洞窟の空気が重く、湿っていた。美咲は息を整えながら、仲間たちの姿を一人一人確認した。みな疲労の色が濃く、傷だらけだ。特に大輔の盾に入った深い亀裂が、彼女の目に焼き付いた。
そんな中、涼介の声が響いた。
「ライトプロテクション!大輔頼む、時間を稼いでくれ!」
その声には、いつもの力強さがあった。美咲は胸が締め付けられる思いがした。
大輔は黙って頷くと、盾を構えた。涼介の放った光のバリアが彼を包み込む。その輝きは美しく、まるで希望の象徴のようだった。
「任せろ!」大輔の声に力強さが宿る。
涼介が仲間たちを集める。
「みんな、聞いてくれ。作戦がある」
彼の瞳に宿る決意の光を見て、美咲は胸が高鳴るのを感じた。それは恐怖か、期待か。自分でも分からない。
涼介が作戦を説明する間、グランド・ビヘモスの咆哮が洞窟を揺るがした。その轟音に、美咲は思わず体を縮こませる。岩壁から砂埃が降り注ぎ、それが彼女の長い黒髪に絡みついた。
大輔の孤軍奮闘が始まった。
「プロヴォーク!」
彼の挑発に、ビヘモスの注意が集中する。
美咲は息を呑んだ。大輔の姿が、ビヘモスの巨体と比べあまりにも小さく見えた。
「さくら、頼む、俺の気配を消してくれ」
その一言で、さくらは涼介の言葉を疑う事もなく静かに「ステルスオーラ」と呟いた。
涼介の姿が霞み、消えていく。美咲は目を凝らしたが、もはや彼の姿は見えない。そこにいるはずなのに。
見えなくなった涼介の気配から、美咲は彼が「ブレイブオーラ」を発動したことを感じ取った。空気が僅かに震えたような気がした。
「みんな、やつの注意を出来るだけ逸らしてくれ。美咲はサンダーボルトの用意を」
「でも、通じるとは思えないわ」
「サンダーボルトは俺に撃つんだ」
美咲はその言葉の意図は分からなかったが、涼介の言葉は不思議と信用出来た。
「みんな、頼んだぞ!俺が何とかする!」
皆の瞳に闘志が戻った。
「るな、月光の矢!最大出力!」さくらの声に、ルナフォックスが反応する。
眩い光が放たれ、美咲は思わず目を細めた。
るなの放つ限界を超えた月光の矢は、ベヒモスの眼前で破裂し激しい光を発する。
その光の中で、ビヘモスが苦しげに唸る様子が見えた。
千夏が飛び出す。「全部持ってけ!全開!百烈掌!」
彼女の命をかけた拳が連続で放たれ、ビヘモスの脚を揺らす。美咲は千夏の勇敢さに胸を打たれると同時に、彼女の安全を祈らずにはいられなかった。
ビヘモスの巨大な鼻が空気を嗅ぎ、千夏の位置を察知する。
「千夏、危ない!」大輔の叫び声が響く。
ビヘモスの巨大な前足が、千夏めがけて振り下ろされる。
大輔が駆け寄り、盾で攻撃を受け止める。
「ぐっ...!」
盾が砕け散る音と共に、大輔と千夏の体が宙を舞った。
美咲の喉から悲鳴が漏れる。
「いやぁぁぁぁぁ」
「今だああぁぁぁ」
その瞬間、突如涼介がベヒモスの眼前に現れた。
彼の声に、美咲は我に返る。これが作戦の核心だと悟った。
躊躇なく、美咲は杖を掲げた。
「雷よ、天より降り注げ!サンダーボルト!」
彼女の全身に魔力が漲るのを感じる。轟音と共に、雷撃が涼介を直撃した。
美咲は息を呑んだ。この一撃で涼介が傷つくのではないかという恐れと、作戦を成功させなければという使命感が交錯する。しかし、涼介は微動だにせず、むしろ体を電光が包み込んでいった。
「くらえ!サンダーブレード!」涼介の声が響き渡る。
彼の剣から放たれた光の刃が、雷の力を纏って疾走する。ビヘモスの胴体を貫く閃光に、美咲は目を見開いた。これほどまでの力を、涼介が秘めていたとは。
巨獣が痛みに悶える中、仲間たちの連携攻撃が繰り出される。千夏の百烈掌、大輔のスピアスラスト、るなの月光の矢。
「トドメだ!」涼介の力強い言葉に美咲は反応した。
自然に体が動いたことに我ながら驚いが、迷いはなかった。
「雷よ、天より降り注げ!サンダーボルト!」
再び雷撃を受けた涼介が叫ぶ。「サンダアアァァァァブレエェェェェェェド!!!」
眩い閃光が洞窟を包み込む。美咲は目を細めながらも、必死にその光景を目に焼き付けようとした。
これが、彼らの勝利の瞬間なのだから。
光が消えると、そこにビヘモスの姿はなかった。静寂が訪れ、美咲は自分の鼓動の音だけを聞いていた。
突如として赤い光が全員を包み込む。美咲は体内に新たな力が流れ込むのを感じた。レベルアップ。
涼介が両手を挙げ、勝利の雄叫びを上げる。「うおぉぉぉぉぉ!やったぞ!みんな!」
その声に呼応するように、仲間たちも歓声を上げた。