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29話 新緑の試練洞窟(中)

挿絵(By みてみん)

 夜も更けた頃、美咲はテントの中で目を覚ました。周りの寝息を聞きながら、なぜか眠れない自分に気づく。静かにテントを出ると、結界の外で涼介が警戒に当たっているのが見えた。

 美咲は少し躊躇したが、涼介に近づいていった。


「涼介くん、まだ起きてたの?」

 涼介は少し驚いた様子で振り返った。

「あ、美咲か。どうしたんだ? 眠れないのか?」

「うん、なんとなく...」


 美咲は涼介の隣に腰を下ろした。

「涼介くんこそ、もう休んだ方がいいんじゃない?」

 涼介は首を振った。

「いや、もう少しだけ見張りをしようと思ってな。それにしても、久しぶりだな。こうやって二人で話すの」


 美咲は懐かしさを感じながら微笑んだ。

「そうだね。小学校の頃を思い出すな」

「ああ」涼介も笑顔を見せた。

「覚えてるか? 運動会の時の二人三脚で」

 美咲は思わず吹き出した。

「あれね! 私たち、息が全然合わなくて、転んじゃったんだよね」

「ああ」涼介も笑い出す。

「俺たち、泥だらけになって、みんなに笑われたよな」


 二人は静かに笑い合った。しばらくの沈黙の後、美咲が静かに口を開いた。

「ねえ、涼介くん。どうしてそんなに強くなりたいの?」

 涼介は少し難しい表情をしたが、すぐに元に戻った。


「正直...自分でもよく分からないんだ」

 涼介は宙を見つめながら言った。

「でも、この世界に来てからさ、なんだか心に空いた穴が埋まっていくのを感じるんだ」


 美咲は涼介の横顔を見つめた。

 彼の目には、懐かしさと痛みが混ざっているように見えた。


「それって...お母さんのこと?」

 美咲は小さな声で言った。

 涼介は少し体を強張らせたが、すぐにため息をついた。

「さすが美咲だな。俺のこと、よく分かってる」


 美咲は涼介の右手に優しく手を置いた。

「無理しなくていいんだよ。みんな、涼介くんのことを信頼してる」

 涼介は微笑んだ。

「ありがとう、美咲。でも、強くならなきゃいけないんだ。みんなを守るために...そして...」


「遥斗くんのため?」美咲が言葉を継いだ。

 涼介は少し驚いた様子で美咲を見た。

「ああ...そうだな。遥斗のおかげで、俺は今の自分でいられるんだ。あいつには、絶対に死んでほしくない」


 美咲は複雑な思いを胸に抱きながら聞いていた。涼介の強さ、弱さ、そして優しさ。全てが彼の言葉に詰まっていた。

「涼介くん...」美咲が言いかけたとき、涼介が急に立ち上がった。

「悪い、美咲。そろそろ交代の時間だ。大輔を起こしてくる」

 美咲も立ち上がり、テントに向かった。

「うん、分かった。私も戻るね」

 テントに戻る前、美咲は一度振り返った。涼介の背中が、月明かりに照らされて見えた。


(涼介くん...私も、あなたのために強くなりたい)


 そう思いながら、美咲はテントに入っていった。しかし、彼女の心の中では、涼介への想いと、遥斗への気がかりが交錯していた。

 テントの中で横になりながら、美咲は遥斗のことを考えていた。

(遥斗くん、大丈夫かな...私たちがいない間、何もなければ良いのだけれど)

 彼女は目を閉じ、遥斗の笑顔を思い浮かべた。優しくて、時々おっちょこちょいな彼の姿。でも、時々見せる真剣な表情を。




 ダンジョン内に立ち込めていた朝靄が晴れゆく頃、5階層に設営された簡易キャンプに活気が戻ってきた。涼介たちの一行は、昨夜の休息で体力を回復し、新たな冒険への準備を整えていた。


「よし、みんな準備はいいか?」涼介の声が、湿った洞窟内に響く。

 美咲は慎重に荷物を確認しながら頷いた。

「ええ、大丈夫よ。でも、このまま進むの?」

 その言葉に、千夏が元気よく答える。

「もちろんよ! せっかく勢いに乗ってるんだもん。どんどん先に進まなきゃ」


 さくらは無言でルナフォックスの「るな」を撫でながら、遠くを見つめていた。大輔は装備を整えながら、仲間たちの様子を見守っている。

「じゃあ、出発前に傷の確認をしよう!」千夏が提案した。

「MPも回復したから、みんなの傷を治せるよ!」


 一人ずつ、千夏のヒールを受ける。傷が癒えていく感覚に、全員が安堵の表情を浮かべた。

「ありがとう、千夏。これで安心して進めるわね」美咲が微笑む。


 準備を終えた一行は、現在の状況を確認し始めた。

「みんなのレベルはどうなった?」涼介が尋ねる。

「私は39よ」美咲が答える。

「私も39ね」千夏が続く。

「俺は40だ」大輔が報告。

「...39」さくらが小さな声で言った。

「そうか」涼介が頷く。


「俺は42になった」

 その言葉に、千夏以外の全員が驚いた表情を見せる。

「さすがね、涼介くん!」千夏が目を輝かせる。


 さくらは少し心配そうな表情を浮かべた。

「でも、思ったより上がってないかも...ダンジョンに入った時はレベル38だったよね?」


 涼介は真剣な表情で言った。

「だからこそ、これからの戦いは俺に任せてほしい。攻撃は極力俺が引き受ける」

「いいわよ、涼介くん!」千夏が即座に賛同する。

「私たちは後ろからサポートするわ」


 しかし、美咲は眉をひそめた。

「でも、それじゃあ涼介君が危険すぎるわ。みんなで協力して戦うべきじゃないかな」

 さくらは無関心な様子で肩をすくめた。

「好きにすればいいんじゃない」


 緊張が走る中、大輔が一歩前に出た。

「みんな、落ち着こう。確かに涼介の提案は危険かもしれない。でも、俺がしっかりカバーする。任せてくれ」

 その言葉に、全員が少し安心した様子を見せた。

「よし、じゃあ行こう」涼介が先頭に立つ。


 一行は慎重に周囲を探索し始めた。しばらくすると、岩壁に隠された細い通路を発見する。

「ここだ」涼介が指さす。

「6階層への道だ」


 狭い通路に足を踏み入れると、周囲の空気が一変した。壁面に生える苔が放つ微かな光だけが、彼らの道を照らす。一列になって進む一行の足音が、静寂を破る。

「気をつけろ」大輔が後ろから声をかける。

「足場が滑りやすくなってる」

 徐々に下っていくにつれ、空気が湿り、温度が下がっていく。遠くから水の滴る音が聞こえ、時折不気味な生物の気配を感じる。


 美咲が小さな声で言った。

「ねえ、みんな...なんだか前よりも雰囲気が変わったと思わない?」

 千夏が頷く。「うん、なんだか...圧迫感があるわ」

 さくらはルナを抱きしめながら、無言で前を見つめている。


「警戒を怠るな。演習が5階層を目標にしていた以上、ここから本当の試練が始まるはずだ」涼介が厳しい声で言う。

 その言葉が的中するかのように、突如として前方に大きな影が現れた。プラントウォーカーの群れだ。しかし、以前と比べものにならないほど大きく、そして強そうだ。

「くっ...!」涼介が剣を構える。

「みんな、気をつけろ! これは今までとは違う!」


 プラントウォーカーの動きは、上層階で見たものとは比べものにならないほど素早く、その蔓の一撃は岩さえも砕くほどの威力を持っている。

「なんて...速さだ」大輔が驚きの声を上げる。

「涼介くん、気をつけて!」美咲が叫ぶ。


 しかし、涼介の表情には恐れの色はなく、むしろ挑戦的な笑みさえ浮かんでいた。

「来い!これこそ俺が求めていたものだ!」涼介が叫ぶ。

 激しい戦いの幕が切って落とされた。

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