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28話 新緑の試練洞窟(前)

挿絵(By みてみん)

 新緑の試練洞窟――アストラリア王国北東部の深い森に佇む、若き冒険者たちの試練の場。その名の通り、洞窟の入り口周辺は鮮やかな新緑に覆われ、一見すると平和な景色が広がっている。しかし、その地下には10の階層からなる過酷な試練が待ち受けていた。


 各階層には独自の環境が広がるものの、生態系は共通している。洞窟の最深部に眠るとされる古代の魔力の結晶が、ダンジョン全体に神秘的なエネルギーを供給し、モンスターたちを強化している。その影響で、ここに生息するモンスターは通常よりも高いレベルを誇る。

 ここでの戦いは危険だが、その分だけレベルアップの速度も格段に速い。下層に進むほど強力なモンスターが現れ、最下層には上位モンスターが待ち受けているという。


 そんな新緑の試練洞窟の5階層に、今、涼介たち若き勇者のグループが挑んでいた。彼らの姿を美咲は緊張した面持ちで見つめている。これまでの階層で様々な試練を乗り越えてきた彼らだが、これからさらなる困難が待ち受けているのは間違いない。

 湿った空気と、壁面に生える燐光を放つ苔。そして、どこからともなく聞こえてくる不気味な音。美咲は深呼吸をし、仲間たちと共に次なる挑戦に立ち向かう決意を固めた。


 美咲は、仲間たちの背中を見つめながら、これまでの道のりを振り返っていた。

 最初の階層で遭遇したプラントウォーカーは、長い蔓を鞭のように振るい、壁や天井を這い回る厄介な相手だった。その植物質の体は炎に弱く、美咲の火炎魔法が効果的だった。2階層と3階層では、ギガントマンディブルの大群に悩まされた。巨大なアリに似たそれらは、強靭な顎で岩さえも砕く力を持っていた。千夏の格闘術と大輔の盾での防御が、ここでは光った。


 そして4階層で彼らを待ち受けていたのは、粘土でできた人型のモンスター、クレイゴーレム。物理攻撃がほとんど効かず、一度は窮地に陥ったが、美咲の魔法とさくらの使役するルナフォックスの連携で何とか撃破。しかし、その戦いで全員がかなりの消耗を強いられた。


 今、5階層に辿り着いた彼らは、次なる強敵の出現に備えつつ、慎重に歩を進めていた。涼介が先頭に立ち、周囲を警戒している。その背中は以前よりも頼もしく、勇者としての風格さえ漂わせていた。


 千夏は涼介の右側を歩き、常に戦闘態勢を取っている。彼女の動きは洗練され、まるで猫のように軽やかだ。さくらは左側を歩き、時折ルナフォックスと意思疎通を図っている。銀色の狐は、その可愛らしい外見とは裏腹に、鋭い感覚で周囲の変化を察知していた。

 大輔は後方で盾を構え、グループの守りを固めている。彼の盾さばきは見事で、これまでに何度も仲間たちの危機を救っていた。


 そして美咲自身は、中央でグループを支える位置にいた。彼女の役割は、状況を見極めながら適切な魔法で援護すること。これまでの戦いで、彼女の魔法の威力と精度は格段に上がっていた。


 しかし、全員の疲労は隠せない。服は埃と汗で汚れ、顔には疲れの色が浮かんでいる。特に千夏の右腕には、ギガントマンディブルに噛まれた傷が残っていた。さくらも魔力の消耗が激しく、額に汗を滲ませている。

 そんな中、涼介が突然立ち止まった。「待て」彼の声は低く、緊張が滲んでいる。


 全員が息を潜める。暗闇の中から、何かが這うような音が聞こえてきた。新たな脅威の気配に、美咲は杖を強く握り締めた。


 大輔が一歩前に踏み出し、リーダーとしての威厳を漂わせながら言った。「みんな、準備はいいか?」


 そこに現れたのは巨大な植物の姿をしたモンスター、プラントウォーカーだった。長い蔓を鞭のように振り回し、グループに襲いかかってくる。


「散開しろ!」涼介の声が響き渡る。


 全員が素早く動き、攻撃を避ける。涼介は剣を抜き放ち、まるで風のように素早く動きながら、プラントウォーカーの蔓を次々と切り裂いていく。その動きは以前よりも洗練され、無駄がない。


 美咲は杖を掲げ、詠唱を始める。

「焔よ、我が敵を焼き尽くせ!ファイアブリッド!」


 彼女の周りに火の玉が現れ、プラントウォーカーめがけて飛んでいく。モンスターの一部が炎に包まれ、苦しげな悲鳴を上げる。


 その隙を突いて、千夏が飛びかかった。彼女の拳と蹴りは風を切り、プラントウォーカーの急所を的確に捉える。「はっ!」という気合いと共に繰り出された回し蹴りが、モンスターの幹を直撃。大きな音を立てて、プラントウォーカーが吹き飛ぶ。


 戦いが一段落したかに見えた瞬間、地面から無数の巨大なアリが湧き出てきた。ギガントマンディブルだ。

「くっ、数が多すぎる!」大輔が叫ぶ。

 彼は盾を構え、仲間たちを守るように前に出る。ギガントマンディブルの攻撃を次々と受け止めながら、隙を見て槍を突き出す。鎧のように硬い外皮に、槍先がめり込む。


 さくらが前に出て叫ぶ。

「ルナフォックス、来て!」

 その姿は可愛らしいが、成長すれば、その魔力は美咲をも凌ぐほどの伝説級モンスターだ。


「月光の矢を!」さくらの指示に従い、ルナフォックスが口から光の矢を放つ。それはギガントマンディブルの群れを貫き、次々と倒していく。


 美咲は状況を見極めながら、複雑な魔法陣を描き始める。「天よ、地よ、我が言葉を聞け。敵を包み込み、砕け散らせ!グランドクエイク!」

 彼女の足元から魔力の波動が広がり、ギガントマンディブルたちの足元を揺るがす。そして地面から突き出た岩が相手を貫いていく。生き残ったモンスターもバランスを崩し、涼介と千夏が息の合った連携で仕留められていく。


 戦いが終わりに近づいたかに見えたその時、洞窟の奥から重い足音が聞こえてきた。現れたのは、巨大な人型の粘土の塊、クレイゴーレムだった。


 刹那、涼介の剣がクレイゴーレムの体を貫く。しかし、傷口はすぐに塞がってしまう。

「今だ!」涼介が叫ぶ。


 さくらが即座に反応する。

「ルナフォックス、フロストブレス!」

 ルナフォックスが吐き出した冷気が、クレイゴーレムの体を覆う。その直後、美咲の炎の魔法が襲いかかる。急激な温度変化に、クレイゴーレムの体にひびが入る。

 クレイゴーレムは大きな音を立てて崩れ落ち、粘土の山と化した。


 激しい戦いの後、全員が息を荒げながら床に座り込んだ。美咲は仲間たちの顔を見渡した。皆、疲労の色が濃いが、達成感に満ち溢れていた。

 涼介が立ち上がり、周囲を見回しながら言った。

「よし、ここまでは予定通りだ。だが、俺はもっと先に進みたい。最下層まで行こう」


 その言葉に、皆が驚いた表情を見せる。美咲は涼介の横顔を見つめた。彼の瞳には、いつもより強い光が宿っていた。


 さくらが真っ先に反対の声を上げた。「ちょっと、無理よ。みんな疲れてるし、このまま進んだら危険すぎる」

 彼女の言葉には理があった。美咲も内心では同意だったが、口には出さなかった。


 だが千夏は涼介の方を向き、熱っぽい口調で賛成した。

「私は涼介くんについていくわ。まだまだ行けるはず!」

 その様子を見て、美咲は複雑な思いを抱いた。


 大輔が咳払いをして、皆の注目を集めた。

「まぁまぁ、みんな落ち着けよ。確かに先に進むのは魅力的だが、リスクも高い。どうだ、折衷案は?」

「折衷案?」涼介が興味を示す。


 大輔は腕を組んで説明を始めた。

「ああ。今日はここで休養を取る。明日、状況を見ながら進む。ただし、誰かが限界を感じたら、すぐに引き返す。これなら、チャンスも逃さずリスクも抑えられる」


 美咲は大輔の提案に感心した。

 涼介は少し考え込んだ後、頷いた。

「分かった。その案で行こう」

 さくらは少し不満そうだったが、「まあ、それなら」と言った。

 千夏も「涼介くんがそう言うならいいと思う!」と同意した。


 美咲は安堵のため息をついた。


「じゃあ、休憩の準備をしよう。二手に分かれて作業だ。大輔と俺で結界を張る。さくら、千夏、美咲はテントの設営を頼む」

 涼介が指示を出す。


 皆が動き出す中、美咲は涼介に近づいた。

「ねえ、涼介くん。本当に大丈夫? 無理しすぎてない?」

 涼介は少し驚いたような顔をしたが、すぐに優しい笑顔を見せた。

「心配するな、美咲。俺たちならできる。それに...」

 彼は一瞬言葉を詰まらせた後、続けた。


「もっと強くならなきゃいけない気がするんだ」


 その言葉に、美咲は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。

「分かった。でも、無理だけはしないでね」美咲はそう言って、テント設営の作業に戻った。

 夜が更けていく。結界の中で、二つのテントが立ち、小さな魔法の灯りが闇を照らしていた。

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