261話 炎の来訪者
遠くの空に立ち上った炎の柱を、一行は固唾を呑んで見つめていた。
「あれって、さっきグランティスの言ってた亡霊っすか……?」
シエルの小さな声が、張り詰めた空気の中で震えている。
彼女は思わず遥斗の腕を掴み、その背後に隠れるように立つ。
炎の柱はまるで意思を持つかのようにうねり、空中を滑るように彼らの野営地へと迫ってきた。
「ひぃぃい。どう見ても、自然現象じゃないっすーーー!」
シエルの言葉が終わると同時に、炎の塊が一行から10メートルほどの地点に降下する。
オレンジ色の灼熱が木々を照らし、長い影を地面に落とす。
炎は徐々にその形を変え、人へと変形していく。
炎を纏う赤い人影が、そこに出現した。
「こいつぁ一体なんだぁ……?」
グランディスがディスチャージャーを構えたその時、炎の男の傍らに別の人物も姿を現した。
全身をフルプレートの鎧で覆い、巨大な斧を手にしている男。
漆黒の甲冑は、炎に照らされて不気味な輝きを放っている。
「……お前たちがマテリアルシーカーか」
鎧の男の声は鎧に籠っているが、森全体に響き渡るような不気味な響きがあった。
異様な気配に一行が身構える中、マーガスが一歩前に出る。
普段、情けない一面もあるが、こういう時には頼れる男だ。
「然り!俺達は名高きマテリアルシーカー!そして、この俺様がパーティリーダー、マーガス・ダスクブリッジだ!貴様は何だ!」
鎧の男の態度が一瞬で変わった。
「マーガス・ダスクブリッジ?」
炎の男が鎧の男に目配せをする。
「あの男の事じゃねーの?」
「ああ、恐らくな……アタリだ」
鎧の男が低い声で答えた。
マーガスを値踏みするように上から下へと眺める。
二人の奇妙なやり取りに、遥斗は違和感を覚える。
彼らは明らかに目的を持って現れた。
しかもマーガスを狙っている。
遥斗は僅かな情報も漏らすまいと、二人を懸命に観察していた。
マーガスは自分に対する視線に一瞬怯んだものの、すぐに胸を張り直し詰問する。
「俺がマーガスなら何だってんだ!お前らこそ何者かさっさと答えろ!でないとどうなっても知らんぞ!」
「くくくっ……噂通りの大口だな」
鎧の男が笑った。
その声には明らかな侮蔑が込められている。
遥斗は状況を分析しながら、マジックバックに手を伸ばす。
魔力銃を取り出すつもりだ。
しかし、その動きは全て看破されていた。
ガンッ!
鎧の男は、威嚇するかのように斧を地面に突き立て答える。
「我々はお前たち追う者だ。聞きたいことがある」
隣の男も炎を収め、フードの姿になる。
その姿は想像していたよりも、はるかに小さい。
少年と言っても過言ではないだろう。
しかし、その出で立ちは、確かにどこかで見た記憶がある。
「お前たち……ゲオルグという男を知っているな?」
その名前を聞いた瞬間、遥斗の警戒心が頂点に達した。
(この姿!フロストウルフを操っていたモンスターテイマーと同じだ!なぜゲオルグのことを?彼らはクロノス教団か?)
その言葉を聞き、エレナとユーディも戦闘態勢を取った。
そして、ユーディが居合の構えで間合いを詰める。
小柄な彼女だが、その剣からは殺気が漏れ始めていた。
「ゲオルグの仲間か?説明してもらおうか……」
ユーディの冷ややかな声が、二人の男を明らかに動揺させた。
「この小娘……ヴァルハラ帝国皇帝か!?」
鎧の男の態度が一変する。
その鎧の隙間から覗く目が、狂気に満ちて輝いている。
「なんという好機!こんな所にエーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラが……」
フードの男も、ふたたび身体から炎を強く立ち上らせる。
「皇帝を見つけるなんて……これは運命だな」
鎧の男が狂気じみた声で続ける。
「神子暗殺……帝都では果たせなかった任務……今ここで……」
その言葉に確信を得た遥斗は断言した。
「お前たち、クロノス教団だな!」
鎧の男は大きく頷く。
「くくっ……見抜いたか……。だが遅すぎだ!」
炎の男は翼を展開させ、上空へと舞い上がる。
「もう隠す必要もないよね。ゲオルグのおっちゃんの仇取らせてもらうよ!」
「あの時逃げた刺客か!お前たちは……モンスターテイマーだったはず」
遥斗が疑問を呈する。
彼の記憶では、帝都を襲ったゲオルグの部下たちはモンスターを使役していた。
だが目の前の二人は、明らかに違う能力の持ち主だった。
鎧の男はそれを聞いて高笑いを上げた。
「モンスターテイマー……そうだったな……だが我々は生まれ変わった!」
「もはや以前の俺ではないぞ!新たな力を見せてくれるわ!グハハハハ!」
彼は斧を高く掲げ、その刃が炎を受けて不気味に光る。
「余計なことを喋んな!」
炎の男が鎧の男を窘める。
しかし聞く耳を持たない。
「全員始末すれば良かろう?どこにも漏れることはないぞ!」
エレナが遥斗に囁いた。
「こんな連中あの時いたかしら……もっと慎重で狡猾なイメージだったけど……」
グランティスもデスペアを腰から取り出し、クルクルと回しながら構える。
「まっ、俺は誰だか知らないけど敵ってことでいいよね?」
彼の表情は普段の軽薄さは消えていないが、目つきは真剣そのものだった。
シエルが不安げに遥斗を見上げる。
「まだ魔力が回復してないっす……飛べないっす……」
その時、鎧の男が突如として巨大な斧を振り下す。
「皇帝も、取り巻きどもも、今ここで終わらせてやるわ!フハハハハハ!」
彼の笑い声と同時に、斧が大地に叩きつけられる。
轟音と共に地面が割れ、衝撃波が森を震わせた。
木々が軋む音、地面が裂ける音、そして炎の唸り声が混じり合う。
遥斗たちはバランスを崩して、逃げだすことも出来ない。
「絶対に逃がさねーよ……逃げ場は……失くしてやる!」
炎の男が両手を広げると、周囲の森に火の粉が降り注ぎ、次々と燃え上がっていく。
「下がって!」遥斗が叫ぶと同時に、斧が再び振り下ろされ、野営地に向かって衝撃波が襲いかかる。
テントが吹き飛び、地面が隆起し、一行は衝撃で吹き飛ばされた。
森が炎に包まれ、逃げ場を失った。
立ちはだかるは、狂気に満ちたクロノス教団。
「待たせたな、今すぐゲオルグ様の所に送ってやるぞ!」
ダクソが斧を構え直す。
「アルケミック!」
遥斗とエレナは魔力銃を構え、マーガスはミスリルの槍を錬成した。
ダクソとイグナス……生まれ変わったふたりとの戦いが、今始まる。




