254話 風雲急を告げる
アルワース高原での戦いから2日、アルカディアの首相官邸。
優美な調度品に囲まれた執務室に、バレーン魔術総監の姿があった。
彼の額にはうっすらと汗が浮かび、隠しきれない疲労の色を漂わせている。
その前に座るエレノア・シルヴァーン首相は、静かにお茶を口に運びながら、部下の報告を待っていた。
「それで、バレーン。詳細を聞かせてもらいましょうか?」
「中核結晶は破壊されました。そして実験は……ほぼ成功です」
エレノアの唇に、満足げな微笑みが浮かぶ。
「素晴らしいです」
彼女はゆっくりとカップを机に置く。
「十分な量の紫水晶が手に入りました。想定通り、これで計画を進める事が出来ます」
バレーンには、なおも複雑な想いが残っていた。
首相が推し進める計画の全容を知る数少ない人間として、彼の心には様々な葛藤が沸き上がっていた。
「いえ、想定外の事が数多く起こってしまいました」
バレーンは苦々しく告げる。
「魔石獣共は、予想をはるかに超える強さに成長しており……純度の高い紫結晶の製造には成功しましたが……」
「ええ、そうね。勇者たちの力が無ければ、計画は水泡に帰していたでしょう」
エレノアは事も無げに、淡々と言った。
「魔力鉱石を凝縮するため魔石獣を作り出し、それらが互いに吸収することで精錬する……その計画は成功したわ」
「はい……」
「でも、中核結晶が失われた今、計画をやり直す事は出来ません。何としても成功させる必要があります」
「……心得ております」
エレノアはわずかに目を細めた。
「想定外の事態もあったけれど、結果は良好……というわけね」
その時、執務室の扉が突然開かれる。
「失礼します!」
デミット・ラスコーリが厳しい表情で部屋に入ってきた。
彼の目には、エレノアへの非難が浮かぶ。
「デミット殿、どうされましたか?ただならぬご様子」
エレノアは取り乱した様子も見せず、冷静に対応を行う。
この訪問は予想していたのだろう。
「戦争でも仕掛ける気ですか?この不安定なご時世で!」
デミットの問いかけは、刃物のように鋭かった。
エレノアは一瞬だけ不快な表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻す。
「この期に及んで隠し通せるとは思っていません」
「これほどの物を、同盟国にも秘密にするとは心外ですね!」
デミットの声には、怒りの感情が混じっていた。
「これが共和国流の友好関係の証という訳ですか?」
エレノアは深いため息をついた。
「全ての事情を説明しても、理解が得られるとは思っていません。ですが、事態は急を要するのです」
デミットとエレノアの間に緊張が走る。
「これは単なる武器開発ではありませんね?何なのですか一体」
デミットが静かに言った。
「あなたの真の目的を話してください」
エレノアはお茶をひと口含み、バレーンに指示を出す。
「ファラウェイ・ブレイブの皆様も呼んでください。彼らにも説明する必要があるでしょう?」
「すでに扉の外に待機しております。私が呼んでおきました」
バレーンが口を開いた。
「あなたが?」
エレノアは意外そうな表情を浮かべた。
「はい」バレーンは頷く。
「勇者殿の戦いを見ました……彼らに真実を伝えるべきかと」
エレノアは少し考え込むようにしたが、すぐに決断を下す。
「わかりました。それでは招き入れなさい」
バレーンが扉を開くと、そこには涼介を先頭に、美咲、千夏、さくら、大輔の姿があった。
彼らは戦いの疲れを完全には癒していないようだったが、その目には強い光が宿っていた。
「どうぞお入りください」
バレーンが彼らを案内する。
涼介たちが執務室に入ると、エレノアは立ち上がり、彼らを丁寧に迎え入れた。
「勇者の皆様、素晴らしい活躍だったと伺っております」
彼女の声には、以前には感じられなかった敬意のようなものが混じっていた。
「それでは。まずは紫水晶についてお話ししましょう」
エレノアは手を軽く動かすと、空中に魔力で作られた映像が現れた。
そこには紫色に輝く結晶が映し出されている。
「これは純粋な紫水晶。特殊な性質を持ち、魔力を蓄積することができます」
「しかも、ある一定量以上の魔力を加えると、強大な爆発を起こす性質があります」
「蓄積と爆発……」
美咲が思わず声を上げた。
「そう、そしてこれを同じ場所に固めておくと、爆発した魔力で、隣の紫水晶が爆発する……」
「連鎖的に爆発する『無限連鎖魔力爆発』という現象を起こすことができるのです」
映像が変わり、紫水晶の爆発の様子が示される。
次々と連鎖的に爆発する光景は壮絶だった。
「さらにそこは高濃度魔素で満たされ、モンスターですら棲息できない死の場所になります」
美咲の表情が青ざめる。
「そんな……まるで核兵器だわ……」
「核兵器?」
エレノアは首を傾げた。
「残念ながら異世界の事はよくわかりませんが、この破壊力は人に生み出せる限界を遥かに超えています」
大輔が眉をひそめる。
「それで?その武器をどうするつもりなんですか?」
エレノアは映像を変え、闇の領域を示した。
「私の真の目的は、闇の消滅と魔物の排斥です」
涼介の目が鋭くなる。
「闇は閉ざされた別世界です。そこで無限連鎖魔力爆発を起こしても、この世界への影響は限定的です。闇の中で爆発を起こし、闇と魔物を同時に消滅させるのが私の計画なのです」
彼女は深刻な表情で付け加えた。
「闇の範囲は加速度的に広がっています。スタンピードの規模も大きくなり、間隔も短くなっています。さらにヴァルハラ帝国は不穏な動きを見せており、闇に対抗するどころか、スタンピードに便乗して他国を攻撃するやもしれません」
「この国のため、世界のため、決断せざるを得なかったのです」
美咲が懸念を示す。
「でも、技術的に難しい問題がありますよね。安全のため簡単には暴発しないこと。敵陣の中で簡単に爆発させること。両立は難しいのでは?」
大輔も続ける。
「それに、どうやって闇の中心に持っていくんだ?下手すれば国が丸ごと吹き飛ぶぞ」
エレノアは美咲に視線を向けた。
「その問題を解決するのが『虚空の扉』です」
「虚空の扉……」
美咲の瞳が大きく開かれる。
(私たちはそのためにここまで来たんだ……)
「ええ、お約束した通り、虚空の扉の知識をあなた方に与えるつもりです」
「ですが……正直に言うと、虚空の扉は決死隊に使用させるつもりだったのです」
「決死隊……ですか?」
美咲が首を傾げる。
「闇の最奥に突入し、虚空の扉で紫水晶を転移させる特殊部隊です」
バレーンが説明する。
「私たちは当初、あなた方の力は不足していると判断していました」
「しかし」バレーンが続ける。
「あの戦いを見て、私の考えは変わりました。いや、完全に圧倒されました」
彼は涼介に深々と頭を下げる。
「闇突入のために、禁呪級呪文の開発も進めました。それでも最奥に行くのは無理だと……」
「魔石獣との戦いを見て確信しました。最奥へ行けるのは、あなた方しかいない」
「私自身も、決死隊として参加するつもりです」
エレノアの告白に、部屋中が静まり返る。
「それが首相として、私のできる最大限……」
デミットが進み出た。
「勇者様方の協力が得られるなら、ドワーフの国に技術協力を求めましょう。彼らなら紫水晶の技術的問題を解決できる可能性があります」
エレノアは涼介に向き直り、真剣な表情で言った。
「勇者よ、闇を倒して世界を救ってはくれませんか?」
涼介はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「……その為に俺はここにいる」
その言葉に、部屋中から歓声が上がった。
希望の光が、差し込んできたかのようだった。
「スタンピードを防いだアストラリア国王に協力を求めれば、決死隊は盤石なものになるでしょう!」
バレーンが嬉々として提案する。
その時、突然ドアが開き、兵士が慌てた様子で飛び込んできた。
「首相!重大報告です!」
「何事か?」
エレノアが尋ねる。
「アストラリア王国とヴァルハラ帝国が同盟を結びました!」
部屋中に衝撃が走った。
「なんですって?ヴァルハラ帝国とアストラリアが同盟?」
エレノアの顔から血の気が引く。
「そんな……」
美咲が声を詰まらせる。
エレノアの手が震えていた。
「ヴァルハラ帝国が王国に何かをしたに違いありません!犬猿の仲だった、あの2国がこんなに簡単に……」
「遥斗君たちは大丈夫なの……?」
美咲の声に不安の色が混じる。
事態は風雲急を告げていた。




