24話 生成の力
最後のアイアンシェルクラブが光に包まれて消えると、湖畔に静寂が戻った。遥斗の呼吸が荒く、額には汗が浮かんでいる。
「はぁ...はぁ...」
遥斗の足元に、何かが落ちた音がした。目を向けると、濃紺の金属光沢を放つ破片が散らばっていた。
アリアが素早く近づき、それらを拾い上げる。
「これは...アイアンシェルクラブの硬化甲殻か」
彼女はマジックバッグを取り出し、破片を丁寧に収納していく。
「素材だ。ルシウスがが喜びそうだな」
遥斗は、アリアが作業している間に、ルシウスから渡されたMP回復薬を取り出した。紫の液体が入った小瓶を一気に飲み干す。
「ふぅ...」
体に力が戻っていくのを感じた遥斗だったが、アリアの鋭い視線に気づき、思わず体が強張る。
「おい、小僧!あれは一体何なんだ?説明してもらおうか」
アリアの声は低く、威圧的だ。
遥斗は唾を飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
「え、えっと...僕の能力は、モンスターのHPを直接奪って、それをポーションに変換するんです。だから、相手の防御力に関係なく、一定のダメージを与えられて...」
アリアの目が徐々に見開かれていく。
「なるほど...防御力を無視した一定ダメージか。これがルシウスの言っていた意味か...」
彼女は腕を組み、考え込むような表情を浮かべた。
遥斗は小さく頷いた。
「でも」アリアが鋭く指摘する。
「HPが高いモンスターには、それほど効果的じゃないんだろう?」
「はい...一度に奪えるHPには限界があるので...」
遥斗は肩を落とす。
アリアはニヤリと笑った。
「そういうことか。だから私がおとりになる必要があったんだな」
遥斗は申し訳なさそうな表情を浮かべたが、アリアは気にする様子もなく、突然真剣な表情になった。
彼女の声が低くなる。
「だが、考えてみろ。もしお前が、効果の高い最上級HPポーションを作れるようになったら...いや、もっと凄いものを、だ」
遥斗は首を傾げる。「もっと凄いもの...?」
「そう」アリアの目が鋭く光る。
「例えば、死者さえも蘇らせるほどの効果を持つといわれるエリクサーとか」
遥斗の背筋に冷たいものが走った。アリアの言葉の意味を理解し、その可能性に身震いする。
「でも、そんな凄いものを作るには、途方もないMPが必要になるはずです」
遥斗が小さな声で言う。
「そうだな。だからこそ、お前のレベル上げが必要なんだ」
アリアは頷いた。そして彼女の表情が厳しくなる。
「覚えておけ。お前のステータスは貧弱だ。狙われれば、即死は免れない」
遥斗は思わず体を縮こませた。
アリアは遥斗の肩をがっしりと掴んだ。
「いいか、小僧。お前の能力のことは、絶対に他言するな。いいな?」
「は、はい!」
遥斗は強く頷いた。
アリアはため息をつき、肩の力を抜いた。
「さて、これで任務は...」
彼女の言葉が途切れた。湖面が再び波打ち、新たなアイアンシェルクラブの群れが姿を現した。
アリアは、にやりと笑った。
「おや、また経験値が来たようだぞ」
遥斗の表情が引きつる。
「さあ、小僧!もう一踏ん張りだ!」アリアが剣を構える。
遥斗は深呼吸をして、再び戦いの構えを取った。
ルシウスの研究所では、夜が更けていくにつれて不安が高まっていた。
エレナが窓際で外を見つめながら、心配そうに呟いた。
「もう随分遅いわ...遥斗くんたち、大丈夫かしら」
トムも落ち着かない様子で、部屋の中を行ったり来たりしていた。
「うーん、こんなに遅くなるなんて...もしかしたら何か起きたんじゃ...」
「おいおい、そんな不吉なこと言うなよ。アリアがついているんだ。心配することはないさ」
ルシウスが鼻歌交じりで錬成の実験をしながら、のんびりと答える。
エレナは眉をひそめて、ルシウスに向き直った。
「でも、おじさま。こんなに遅くまで帰ってこないなんて、普通じゃないわ。私たち、助けに行った方がいいんじゃない?」
「そうですよ、何かあったかもしれないです。このまま待っているだけなんて...」
ルシウスは実験器具を置き、二人を見つめた。その表情には、少し意地悪な笑みが浮かんでいた。
「まあまあ、そう慌てるな。アリアは最強の剣士だぞ。それに、遥斗くんの能力も侮れない。二人なら、どんな状況でも切り抜けられるさ」
「おじさまったら、どうしてそんなに悠長なの?遥斗くんの身に何かあったら...」
その時、突然研究室の中央にある魔法陣が明るく光り始めた。
「おっほら、帰ってきたじゃないか」
ルシウスが満足げに言った。
光が収まると、そこにはアリアの姿があった。そして、彼女の肩には...
「遥斗くん!」エレナが叫んだ。
トムも駆け寄った。「遥斗!大丈夫か!?」
アリアが遥斗を優しく床に寝かせる。遥斗は目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
エレナが泣きそうな顔で遥斗の傍らに膝をつく。「遥斗くん...まさか...」
トムも青ざめた顔で遥斗を見つめる。
アリアがため息をつきながら説明した。
「落ち着け。ただ疲れて眠っているだけだ」
エレナとトムは安堵のため息をつく。
ルシウスが興味深そうに遥斗を観察しながら近づいてきた。
「ふむ、相当頑張ったようだな。ステータス鑑定をしてみよう」
「おや」ルシウスの目が輝いた。
「レベルが28まで上昇しているぞ」
「えっ!?」エレナとトムが同時に声を上げた。
「そ、そんな...たった一日でそこまで!?」
「遥斗くん...一体何があったの...」
「まあ、予想通りと言えば予想通りだ。遥斗くんの能力は、レベル上げに最適なんだよ」
ルシウスは満足げに頷いた。
アリアが腕を組んで、冷ややかな目でルシウスを見た。
「ふん、相変わらず非道いことを平然とやってのける男だな、お前は」
「非道いだなんて。これも全て、遥斗くんの可能性を引き出すためさ」
ルシウスは肩をすくめた。
エレナが心配そうに遥斗の顔を覗き込む。
「でも...こんなに無理をさせて、大丈夫なの?」
ルシウスは優しく微笑んだ。
「心配いらない。今日はこのまま寝かせてあげよう。明日には元気になっているさ」
「僕も一緒に泊まります。遥斗のそばにいたいんです」
「ああ、かまわないよ。簡素なものしかないが泊まるだけなら十分だろう」
「私は帰るぞ」
アリアは疲れた表情で、ドアの方へ向かった。
部屋を出る前に、彼女は一瞬立ち止まり、遥斗を見つめた。その目には、複雑な感情が宿っていた。
静かになった研究室で、エレナとトムは遥斗の傍らに座り、その寝顔を見守っていた。ルシウスは窓際に立ち、夜空を見上げている。
明日、遥斗が目覚めた時、彼を待っているのは果たして何なのか。誰もが、それぞれの思いを胸に秘めながら、新たな朝を待っていた。