229話 グランティス
討伐隊が休憩所を出発する頃には、朝日が木々の間から差し込み始めていた。
日光が緑の葉を透かして様々な模様を描き、朝の清々しい空気が一行を包み込む。
遥斗とシエルは討伐隊の最後尾について歩いている。
シエルはまだ眠そうに目をこすり、足取りがおぼつかない。
修行の疲れが抜け切れていないようだ。
「シエル大丈夫?ちゃんと目を開けないと危ないよ?」
「全然平気っす!弟子として恥ずかしくないよう頑張るっす!」
遥斗が心配そうに声をかけると、目を瞑ったまま無理矢理笑顔を作った。
最後尾で殿を務めるエルフが、二人の後ろからにこやかに声をかけてきた。
「おや、昨日の冒険者さんだよね?よろしく!俺グランティスって言うんだ」
ほかのエルフたちと同じく、長い銀髪、鮮やかな緑の瞳。
整った容姿をしているが、彼の話し方や雰囲気は明らかに他と違っていた。
表情豊かで、目が合うと気さくに笑いかける。
長寿であるエルフの特性上若々しく見えるが、実年齢の判断が難しい。
「よろしくお願いします。僕は遥斗。こちらはシエルです。今日は皆さんの戦いを学ばせていただきます」
遥斗が丁寧に挨拶するが、グランティスはシエルに興味深そうな視線を向けている。
「へえ、魔術師かな?その帽子、ノヴァテラ連邦のものだよね?あまり見かけない」
グランティスはシエルに近づいて話しかける。
「ノヴァテラから来たの?どんな魔法が使えるの?」
突然の質問攻めに、シエルは「ひっ!」と小さな悲鳴を上げ、遥斗の背中に隠れるように身を寄せた。
帽子の陰からチラチラとグランティスを見る姿は、まるで臆病な子猫のようだ。
「すみません、シエルは少し人見知りで...」
「ああ、気にしないでよ!でも珍しいよね、人族の若い女の子なんてさ。ナチュラスに来る人族の女の子は老けてる子が多いから!」
グランティスは人族とエルフ族の特性を全く考慮することなく、不躾なことを次々に喋る。
エルフ族は長く生きているだけあって、ほとんどの者は落ち着きがあり知性を感じさせる。
もしかすると、この青年はエルフにしては年齢が低いのかも知れない、と遥斗は感じていた。
「彼女はノヴァテラ連邦の出身です。風属性の魔法が得意なんですよ。僕たちはシルバーミストを目指していて...」
遥斗がシエルの代わりに丁寧に説明していく。
「シルバーミスト?君たちだけで?それはまた無茶だね」
「まあ、気持ちは分かるよ。俺もナチュラスの外に出たくて仕方ないからさ。やっぱ冒険でしょ!」
彼はそう言いながらも、森の中を警戒するように視線を巡らせている。
討伐隊の中でも腕が立つのだろう。
自分の役割をはっきりと認識しており、隊の安全確保に余念がない。
「俺たちは今ブラッドベアを探してるんだ。君たち人族じゃ危ないかも。でも討伐隊は強いから安心していいよ。俺の傍にいれば守ってあげるから。ね、シエルちゃん!」
グランティスは得意げに胸を張る。
シエルは完全に遥斗の影に隠れてしまった。
代わりに遥斗が「お手数おかけします」と笑顔で返事を返しておいた。
話しながら歩くこと一時間以上、全く獲物の気配がない。
討伐隊のメンバーたちは段々と険しい表情になり始めている。
「おかしいなあ...せっかくシエルちゃんに良い所見せるチャンスだったのに...」
グランティスは首を傾げ、落胆の色を隠せない。
遥斗の後ろでシエルが小さくため息をついた。
(師匠が狩りまくったせいっす...)
シエルは数日前からの修行を思い出して、内心うんざりしていた。
その光景は今でも脳裏に焼き付いて離れない。
遥斗はモンスターの群れを見つけると、片っ端から倒していく。
残りが数体になると、そこでようやくシエルの出番。
「魔力銃で倒して」と言われ、やっと戦闘に参加できる。
それも束の間。
遥斗のMPが少なくなると「今日はここまで」と引き返すのだ。
不思議なことに、遥斗はモンスターのステータスを吸い取りポーションにしている。
さらにシエルにも、「君の残ったMP使わせてね」とMP回復ポーションの素材にされてしまうのだ。
MPが尽きたシエルは、死んだように眠り回復を図る。
遥斗の言う「効率的」という言葉は、完全に遥斗視点の効率であって、自分への配慮は微塵もない。
(オーガって...もしかして師匠のこと言ってるんじゃないっすか?)
シエルはふと思ったが、そんなことを口に出せるはずもない。
遥斗の背に隠れたまま、黙って付いていくしかなかった。
「ねえ、グランティスさん」
遥斗はとぼけた表情で質問を投げかけた。
「理外の刃について、知ってたら教えてもらえませんか?」
グランティスはにやりと笑い、僅かながらに目つきが変わる。
「へえ、よく知ってるね!理外の刃は選ばれた戦士しか持てないんだぜ。例えば...俺みたいな!」
「あなたがそうなんですか?」
「ああ。そうさ、見て分かんないかな?」
シエルは驚きのあまり、思わず口が開いていた。
(え...このエルフが...理外の刃を?)
遥斗は討伐隊の十五人をさりげなく観察していた。
昨日のセフィルの反応から、理外の刃は彼ら二人は持っていると判断できる。
一部隊あたり二人。
理外の刃の希少性を考えれば、それ以上持っているいる可能性は低いだろう。
グランティスの腰に下げられた武器は、円形の刃を持つチャクラム。
真っ黒い刃の表面には光を吸い込むような質感があり、その中央には髑髏の意匠が施されている。
「ドレッド」と同じ雰囲気を放っており、恐らく理外の刃に違いない。
グランティアは遥斗の視線に気づき、得意げに武器を手に取って見せた。
「これは『デスペア』。俺の相棒さ」
彼は器用にチャクラムを空中で回転させる。
「どう?気に入った?」
遥斗には二つの明確な目標があった。
一つはオカートの効果を実際に見ること。
もう一つは解呪の方法を知ること。
今はまだ情報を集める段階だ。
一行は予定された地点をほぼ回ったが、全くモンスターに遭遇しない。
隊員たちの間に焦りが広がり始めた。
「こんなこと初めてだ...」
隊長のセフィルが、眉間にしわを寄せて言った。
「もう少し先まで探索するか。このままでは依頼の報酬がもらえない」
「賛成です」
「そうしましょう」
「異議なし」
エルフたちは次々と賛同の声を上げる。
遥斗も心の中で賛同する。
シエルは黙って頷いている。
一行はさらに深く森の中へと進む。
しかし、それでもモンスターの姿は見えない。
ただ木々の間を吹き抜ける風だけが、彼らの周囲に存在していた。
「隊長!あれを見てください!」
突然、岩場の方からエルフの一人が声を上げた。
全員が視線を向ける。
そこは木々が途切れた、大きな岩が露出した場所。
岩と岩の間に、暗く深い入り口が見えていた。
入り口の周りには謎の文様が刻まれ、僅かに青白い光を放っている。
「これは...ダンジョンだ...」
セフィルが驚きに目を見開いた。
「こんな所にあるとは聞いていない。未発見のものじゃないのか?」
遥斗とシエルも思わず足を止め、その神秘的な入り口を見つめる。
森の奥に隠された未知が、今、彼らの目の前に忽然と現れた。




