222話 オカート
(オカートを宿すもの...?)
未知の言葉が、エレナの好奇心をくすぐる。
「それはどのような武器なのですか?」
エレナの声は弾んでいた、
武器や防具の鑑定、素材の分析、そして道具の作成――彼女は生粋の錬金術師であり、その知識欲は尽きることを知らない。
ヘスティアはエレナの反応に、満足げに笑みを浮かべた。
「オカートとは、異世界からもたらされた知識。それを宿す武器は、私たちの間では『理外の刃』と呼ばれています」
「理外の...刃...」
遥斗が小さく呟いた。
その名称に何かを感じるが、今はまだ思考が繋がらない。
「初めてお聞きしました!アストラリア国王にもヴァルハラ帝国にも...ありません!」
「それでは...お見せてあげましょうか?」
「えっ!ここにあるんですか!」
ヘスティアはメイドに向き直る。
「アイラ、お願いできますか?」
「承知いたしました。それでは失礼します」
アイラは小さく頷くと、両手で裾を持ち上げ、スカートをたくし上げる。
「あ、ちょっと...!」
エレナが思わず制止しようとした瞬間、アイラの太ももに装着されたナイフホルダーが一瞬目に飛び込んできた。
視認できないほどの速さで、アイラの手が動く。
いつの間にかテーブルの上に、一振りの短剣が置かれていた。
「これが...」
遥斗の言葉が喉で詰まる。
ごく普通の短剣のように見えるそれは、異様な存在感を放っていた。
黒よりも昏く、光を吸い込むかの如き光沢を持つ刃。
柄の部分には、見る者が視線を逸らしたくなるような、不気味な髑髏の意匠が施されている。
「理外の刃、忌避の短剣『ドレッド』です」
アイラの静かな声が、食堂に響いた。
遥斗は鑑定スキルを発動させる。
情報が脳裏に流れ込んできた。
(攻撃力:50。切られた対象は呪いがかかる。ステータスダウン:ステータス値は永続的に半分になる」
衝撃的な内容。
「呪い!?永続!?ステータス半分!?何だこれ!」
思わず叫んだ遥斗。
エレナも同じく鑑定したのか、戸惑いの表情を浮かべる。
「嘘でしょ!呪い?そんなものが武器に付与されているなんて聞いた事ない」
「ノロイ?呪いか?武器に付与されているのか!」
ユーディが即座に問いかける。
緊張した面持ちで、その禍々しい短剣を注視していた。
一方マーガスとシエルはキョトンとしている。
全く意味が分からないようだ。
(みんな...呪いが武器に付与できるのは...知らないのか?)
遥斗の脳裏で、閃光のような閃きが走った。
堕ちた英雄、銀髪のルシウス。
(その呪いは、彼から全ての能力を奪った...神に与えられし力さえも)
(そうだ。エルフの国で、何かがあったのではないかと我は睨んでおる)
ユーディの言葉を思い出す。
遥斗はエレナに尋ねた。
「この世界では呪いは実体化しないの?魔法みたいに」
「しないわ。神に近い存在が使う...神獣を無残に殺した後、残った力でバッドステータスを受ける...みたいな。そんな話は聞いた事がある...目が見えなくなるとか、腕が動かなくなるとか」
「ステータスで確認は無理?」
「ええ、魔法とは違うから。どうやって発動するのか分からないわ」
「人が呪う方法は、この世界にはないんだね...」
「異世界にはあるの!」
「うん、まあ...でも効果は無いと...思う...」
この世界で死んだ者はアンデッドになる。
また思念は魔法で具現化される。
それゆえ「呪う」という概念が存在しないのだ。
そう遥斗は推論する。
(ということは、呪いを武器化する発想は...異世界人の思考?)
オカート。
科学と相対するもの。根源であり、可能性。
「オカート...呪い...オカルトか!」
その言葉が、口から滑り出た瞬間、遥斗は愕然とした。
魔法やスキルが質量保存の法則に縛られるなら、それに囚われないオカルトを利用すれば抜け道になる。
まさに可能性。
魔法というオカルトがあるなら、呪いというオカルトも使える。
「そんなの...無茶苦茶だ...」
遥斗の顔から血の気が引いていく。
しかし、目の前に存在する刃を認めざるを得ない。
全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。
「何でも有りじゃないか...」
頭を抱えた遥斗だったが、ふと気づく。
(違う...違う!そうじゃない!)
遥斗今まで、魔力=エネルギー=物質という等式で考えていた。
しかし、そこに新たな可能性が加わった。
根源。
例えばステータスは実際に物質として存在する訳ではないが、現実世界に影響を及ぼす。
それを「根源」というものと仮定すれば...
例えば加速のポーション。
根源に作用して奪ったものを別のものに与える。
その途中にはポーションという物質にも変化する。
世界をエネルギーに変換して相手を倒すのではなく、相手の根源に影響を与えて倒す。
職業やスキルといったものも同じだ。
フェイトシェイバーを利用して、増やしたり、減らしたりする事が出来る。
「今までずっとやってきたことなんだ...」
遥斗の呟きに、一同が不思議そうな視線を向ける。
「何ら矛盾はない...新しい可能性...」
「遥斗くん?大丈夫?」
エレナの心配そうな声が耳に入るが、遥斗の頭の中は新たな思考で満ちていた。
「あの...永続効果ということは、二度と元には戻らないのですか?」
エレナの質問に、ヘスティアは静かに頷いた。
「はい。それゆえに、多くは出回っておらず、使用者も厳選されています」
彼女はテーブルの上の短剣を見つめながら続けた。
「他にも様々な効果のある武器がありますが、私たちが持つものは、全て月の女神様から与えられたものばかり。私共に作ることは出来ません」
「確かに、こんなものが大量に出回っていれば世界は終わりだな。ステータスが半分とは」
ユーディの言葉には、深い警戒心があった。
帝国皇帝として、敵対した時の対処を考えているのだろう。
(違う...ステータスが半分になるのは理屈に合わない)
遥斗は心の中で反論した。
消えたステータスはどこに行ったのか。
おそらく消えていない。
ただ使用が制限されているのだ。
(つまり...呪いを解くことができれば...元に戻る!)
解呪。その方法が分かれば...
遥斗の視線が鋭く変わり、短剣を凝視する。
「師匠?」
隣でシエルが心配そうに声をかけ、遥斗は我に返った。
帽子の陰から覗く彼女の瞳には、不安の色が浮かんでいる。
「あ、ごめん...大丈夫だよ」
遥斗は笑顔を作り、ヘスティアに向き直った。
「大変参考になりました」
にこやかにお礼を告げると、ヘスティアも微笑み返す。
マーガスは既に食べ終わった皿を前に、少し難解な話題に飽きたような表情を浮かべていた。
無意識に腕を組み、椅子の背もたれに深く身を預けている。
この辺りが潮時だろう。
「暫くはこの街でお世話になりますが、よろしくお願いします」
「こちらこそ。ナチュラスでの滞在が、皆様の旅の糧となりますように」
窓の外では、夜の闇が深まり、エルフの街の輪郭を優しく包み込んでいた。




