21話 夢と現実の狭間で
店を出た遥斗とトムは、エレナと別れを告げた。エレナは馬車で帰るらしい。
「じゃあ、また明日ね」エレナが笑顔で手を振る。
遥斗とトムは徒歩で宿舎への帰路についた。夕暮れ時の街は、オレンジ色の柔らかな光に包まれている。
「ねえトム」遥斗が歩きながら話しかけた。
「さっきの交渉、すごかったね。あんな交渉術があるなんて知らなかったよ」
トムは少し照れくさそうに頭をかく。
「そうかな。実は僕の実家、アイテム屋なんだ」
「え?本当に?」
遥斗は驚いて立ち止まった。
トムは頷きながら説明を始めた。
「うん。代々続いてる店でね。僕はその跡継ぎになるために勉強してるんだ」
遥斗は感心したように言った。
「へぇ、すごいな。将来のことをちゃんと考えてるんだ」
しかし、トムの表情が少し曇った。「でもね...」
「でも?」遥斗が首を傾げる。
トムは空を見上げながら言った。
「本当は、冒険者になりたいんだ」
「冒険者?」
「うん」
トムの目が輝きを増す。
「世界中を旅して、見たこともない素材を自分の手で錬成してみたい。それが僕の夢なんだ」
遥斗は驚きと感動を覚えた。
「すごい夢だね。探究心があるっていうか...感心したよ」
トムは照れくさそうに笑った。
「そう?でも、まだ家族には言えてないんだ。店を継ぐのが当たり前みたいな雰囲気だからさ」
「ねえトム」今度は遥斗が切り出した。
二人は歩きながら、しばらく沈黙が続いた。
「実は僕も...この世界をもっと見て回りたいんだ」
「そうなの?」トムが興味深そうに聞いた。
遥斗は頷いた。
「うん。この世界のことをもっと知りたいし、自分の能力のことも深く理解したい。それには、いろんな場所を見て回る必要があると思うんだ」
トムは嬉しそうに笑った。
「そうか!じゃあ、いつか一緒に旅に出られるかもしれないな」
「うん、そうだね!」
遥斗も笑顔で答えた。
二人は夢を語り合いながら、宿舎への道を歩き続けた。街灯が一つずつ灯り始め、夜の帳が静かに降りてくる。遥斗の胸の中では、新しい世界への好奇心と、仲間との絆が温かく広がっていった。
「よし、頑張ろう」遥斗は小さく呟いた。
「何か言った?」トムが聞き返す。
遥斗は首を振った。「ううん、なんでもない」
宿舎が見えてきた。二人の歩みは、未来への小さな一歩となっていた。
宿舎に到着した遥斗とトムは、ホールに入るなり驚きの声を上げた。そこには涼介をはじめとする5人が揃っていたのだ。
「おや、珍しいね。みんな揃ってるなんて」トムが声をかける。
涼介が振り返り、にっこりと笑った。
「ああ、遥斗とトムか。どうだった、街の方は?」
遥斗は少し興奮気味に答えた。
「うん、すごく面白かったよ!色んなものを見てきたんだ。それに...初めてお金も稼いだんだ」
彼は懐から銅貨を取り出した。
美咲が目を丸くした。
「まあ!遥斗くん、すごいじゃない。どうやって稼いだの?」
遥斗が説明しようとした時、大輔が口を挟んだ。
「ごめん、遥斗。その話、後で聞かせてくれないか?実は俺たち、ちょっと大事な話をしてたんだ」
「え?大事な話?」遥斗は首を傾げた。
千夏が笑顔で説明を始めた。
「そうなの。実は明日から、私たち演習に出発するの。近くのダンジョンに数日潜る予定なんだ。今はその打ち合わせをしてたところなのよ」
遥斗は驚きで目を見開いた。
「そうだ、ねえ、僕も連れて行ってくれない?僕もレベルアップできるようになったんだ。一緒に行けるはずだよ!」
部屋の空気が一瞬凍りついたかのように感じた。
さくらが申し訳なさそうに口を開いた。
「遥斗くん...それは難しいわ。私たちのレベルは少なくとも30は超えているの。あなたのレベルはいくつ?」
遥斗は少し躊躇いながら答えた。
「4...だけど」
みんなの表情が曇るのがはっきりと見えた。
大輔が静かに、しかし力強く言った。
「遥斗、聞いてくれ。お前がレベルアップできるようになったのは本当に素晴らしいことだ。でも、ダンジョンは遥斗のレベルじゃあまりにも危険すぎる。お前の身を案じてのことなんだ、分かってくれ」
美咲も優しく付け加えた。
「そうよ、遥斗くん。あなたの成長を私たちはみんな誇りに思ってる。でも、今回の演習はあまりにもリスクが高すぎるの。もう少し経験を積んでからなら、きっと一緒に行けるわ」
遥斗は必死に食い下がった。
「でも、僕なりの力はあるんだ。きっと役に立てると思う!」
涼介が深いため息をついた。彼の表情は厳しく、冷たかった。
「遥斗、はっきり言うぞ。お前は来てはいけない。レベルの差は単なる数字じゃない。実力の圧倒的な差なんだ。お前が来れば、みんなの足を引っ張ることになる。そうなれば、全員が危険にさらされる」
遥斗は言葉を失った。涼介は続けた。
「この世界は甘くない。俺たちはそれぞれ厳しい訓練を積んできた。お前も同じように、一歩一歩着実に力をつけていくべきだ。今回は留守番を頼む」
遥斗の表情が曇っていくのを見て、千夏が慌てて言った。
「ね、遥斗くん。私たちが帰ってきたら、たくさんお土産話を聞かせてあげるから。それまでに、もっと強くなっていて。ね?」
さくらも同意した。
「そうね。次に会う時には、もっとレベルが上がっているといいと思う」
大輔が遥斗の肩に手を置いた。
「頑張れよ、遥斗。お前ならきっとできるさ」
美咲は優しく微笑んだ。
「私たち、すぐに戻ってくるから。その間に、あなたなりの成長をしていて」
涼介は最後にこう付け加えた。
「遥斗、お前にはお前の道がある。焦らずに、自分のペースで進んでいけばいい。いつか必ず、遥斗の力が必要になる時が来るはずだ」
みんなの言葉に、遥斗はただ黙って頷くしかなかった。
「じゃあ、俺たちは準備があるから...」大輔が言って、みんなが立ち上がった。
「おやすみ、遥斗くん」美咲が最後に優しく声をかけた。
5人が去っていく背中を見送りながら、遥斗は複雑な思いに包まれていた。励ましの言葉をかけてくれたみんなの優しさ。しかし同時に、自分との圧倒的な力の差。
部屋に一人残された遥斗は、窓の外の夜空を見上げた。星々が輝いている。あんなに遠くにある星々のように、自分の目標もまだまだ遠いところにあるのかもしれない。
遥斗は拳を握りしめた。この世界での自分の道を、必ず見つけ出すと心に誓った。