201話 共生関係
絶望的な光景が、遥斗の脳を焦がす。
空を覆い尽くすブラッドパラサイトの大群。
そして地上では巨大なメルティスロウムが獲物を追い詰めている。
悪夢のような光景の中、遥斗は瞬時に状況を分析していた。
御者は結界を展開し、馬と共に身を守っている。
結界の輝きは力強く、それなりのアイテムを使っているのだろう。
しばらくはモンスターも手を出せないはず。
上空には無数のブラッドパラサイトが旋回を続け、馬車の中の商人は危険な状態に置かれている。
外にいた二つのパーティは、壊滅的という言葉がぴったりだった。
バラバラに切断された手足。
溶かされた肉体。
串刺しにされた亡骸。
生存者よりも死体の方が多く、生き残った者も戦闘不能な重傷を負っていた。
そしてこの惨状は、メルティスロウムが現れてからわずか3分ほどの出来事。
誰もが目を背けたくなる修羅場に、遥斗は深く息を吐く。
悲鳴と断末魔が響く中、今は冷静さを失うわけにはいかない。
「エレナ」
遥斗の落ち着いた声が、混沌の中に響く。
「馬車の防衛を頼めるかな。空中の敵には君の魔力銃が最適だと思う」
「わかった、任せて」
エレナは即座に応じる。
その青い瞳には、遥斗への揺るぎない信頼が宿っていた。
「ユーディ、エレナはリロード中無防備になる。護衛をお願い...」
「言うまでもない」
皇帝は短く答え、サンクチュアリを構える。
その佇まいには、触れれば切れる程の殺気が漂っていた。
「マーガス、生存者の救助に向かいたいんだ。僕を守って」
「ふん!騎士の誇りにかけて、虫に負けるかよ!」
マーガスは豪快に啖呵を切りながら、ミスリルの剣を大きく掲げた。
僅かな言葉のやり取りで、遥斗の意図を完全に理解する3人。
これまでの死線を潜り抜けてきた経験が、余計な言葉を必要としなかった。
無言で駆け出す遥斗。
マーガスは即座に呼応する。
「ファイア!」
遥斗の掛け声が響いた。
パンッ、パンッ、パンッ!
両手足を切断された冒険者に群がる3体のブラッドパラサイト。
その頭部に、弾丸が一直線に命中する。
クリティカルヒットの衝撃で、3体は墜落する間もなく光の粒子となって消え去った。
遥斗は瀕死の冒険者に駆け寄った。
最上級HPポーションを取り出しながら、その姿にハッとする。
先ほど馬車で一緒だった若手パーティの魔術師。
年齢は遥斗とさほど変わらない少女だった。
「大丈夫、これを飲めば助かるから」
しかし激痛と恐怖で、彼女は正気を失っていた。
両腕の切断面から血が噴き出し、意識が朦朧としている。
「いや...いやぁ...お父さん..お母さん....助けて...」
少女は目を見開いたまま、ただ首を振り続ける。
その瞳には、もはや現実は何も映っていなかった。
一刻の猶予も許されない。
「助かりたいなら飲んで!冒険者でしょう!このまま死ぬ気なの!」
思わず強い口調になった遥斗の声に、少女の瞳が僅かに震える。
「え...?」
一瞬の正気。
冒険者としての本能が、彼女を生へと引き戻した。
「ポーション...お願い...」
か細い声に、遥斗は即座に応える。
最上級HPポーションを少女の唇に運ぶ。
緑色の光が彼女の体を包み込み、切断された両腕が光の粒子となって再生していく。
遥斗はその過程を見守りながら、自分の言葉の強さを少し後悔していた。
「良かった...ポーションが効いてくれたみたい...」
安堵の言葉が途切れる。
背後から、不吉な羽音が響いた。
二体のブラッドパラサイトが、遥斗達を狙って急降下してきた。
しかしその刹那――
「双蛇漸!」
強烈な雄叫びと共に、銀色の閃光が走る。
ミスリルの剣が、まるで生きた蛇のように蠢きながら斬撃を放つ。
上段から放たれた一撃が、一体を真っ二つに切り裂く。
そして剣が地面に叩きつけられた反動で、下段からの一撃が二体目を両断した。
バロック流槍術を、強引に剣で再現したマーガス独自の剣術。
錬金術で強引に剣をしならせ、その威力を通常の斬撃の数倍に引き上げる。
レベル40程度のモンスターなど、もはやマーガスの敵ではない。
「この俺の目の黒いうちは好き勝手させるか!この羽虫どもが!」
斬撃音が響く中、遥斗は振り返りもしなかった。
マーガスが必ず守ってくれる、と絶対的な信頼があったからだ。
遥斗は周囲を見渡した。
救助者を探す瞳に、これ以上ない真剣さが宿る。
特にベテランパーティのリーダーは、この状況を打開できる戦力になるはずだ。
しかし生存者の姿は見当たらない。
血の跡と、バラバラになった装備品だけが、戦いの痕跡を物語っていた。
「リーダーさんはどこだ...」
遥斗の目が、ふとした動きを捉えた。
しかしその光景に、思わず息を呑む。
ベテランパーティのリーダーは、既にメルティスロウムの体内に半分飲み込まれていた。
抵抗を全くしていない。
すでに絶命しているのか、無抵抗のまま、ゆっくりと巨大な体内へと消えていった。
「まずいぞ遥斗!あの気持ち悪いのをどうする?」
マーガスが剣を構えながら声を上げる。
遥斗は敵の戦力を分析する。
(有効な攻撃手段は...)
思考が巡る中、空を飛ぶブラッドパラサイトの群れに目が留まる。
「この二種は...偶然じゃない!」
その時、遥斗に閃くものがあった。
上空では無数のブラッドパラサイトが、まるで何かの合図を送るように旋回を続けていた。
それはまさに、獲物の発見を知らせる信号。
そして、その合図に導かれるように、メルティスロウムが現れる。
「共生関係...」
強敵はメルティスロウムが捕食し、弱い獲物は戦闘力の低いブラッドパラサイトが狩る。
メルティスロウムには致命的な弱点がある。
おそらく自力で獲物を探せない。
だからブラッドパラサイトは積極的に戦わず、メルティスロウムを呼びこんだ。
遥斗は救出した魔術師の少女の方を振り返る。
彼女は再生した手を見つめながら、まだ震えが止まらない。
(くっ...このまま戦っちゃだめだ)
今になって気付いた事実に、遥斗は歯を食いしばった。
この二種のモンスターは、連携戦術のスペシャリスト。
自分達も役割分担をしなければ、勝つことはできない。
「遥斗、戦うのか?」
マーガスの声に、遥斗は決断を下す。
「一旦、馬車に戻ろう。エレナ達と合流して作戦を立てないと」
少女を支えながら、遥斗は告げた。
その瞳には、既に次の一手が映っていた。




