20話 奪取
ルシウスは再びエーテルケージを取り出した。しかし今度は、現れたのはただのスライムではなく、薄紫色の粘液質の生き物だった。
「これは『ポイズンスライム』だ。通常のスライムの亜種で、毒を持っている」
ルシウスが説明する。
遥斗は少し緊張した様子で、ポイズンスライムを観察していた。突然、そのスライムが遥斗に向かって跳びかかってきた。
「わっ!」遥斗が思わず後ずさりする。
その瞬間、ルシウスの声が響いた。
「縛めの鎖よ、我が声に応え、敵を逃がさぬ檻と化せ!バインド・ジェイル!」
青白い光の鎖がポイズンスライムを包み込み、その動きを止めた。
ルシウスはウインクしながら言った。
「大丈夫だったろう?」
「は、はい...ありがとうございます」
遥斗は冷や汗を流しながら、安堵の息をついた。
エレナは心配そうに遥斗を見つめている。
「本当に大丈夫?」
「ちょっと危なかったね...」
トムも緊張した面持ちだ。
ルシウスは気にする様子もなく、遥斗に促した。
「さあ、このポイズンスライムと小瓶で毒消しを生成してみよう」
遥斗は深呼吸をして、集中した。頭の中でポイズンスライムと小瓶、そして毒消しのイメージを重ね合わせる。
「ポップ!」
緑色の光が瞬き、遥斗の手の中に小さな瓶が現れた。中には薄緑色の液体が入っている。
「成功だ!」
ルシウスが喜びの声を上げる。
しかし、ポイズンスライムには何の変化も見られない。
「もう一度やってみよう」
ルシウスが言う。
遥斗は再び集中する。
「ポップ!」
...しかし、今度は何も起こらなかった。
「失敗...?」遥斗が困惑した表情を浮かべる。
ルシウスも首をひねった。「おかしいな...」
彼は慎重にポイズンスライムに近づき、じっと見つめた。
「モンスター鑑定。これは...!」
ルシウスの表情が一変する。
「どうしたんですか?」エレナが心配そうに尋ねる。
ルシウスは驚きを隠せない様子で答えた。
「このスライム、もはやポイズンスライムではない。ただのスライムになっている」
「え?」遥斗たちは驚いて声を上げた。
「どういうことですか?」トムが尋ねる。
ルシウスは考え込むように言った。
「どうやら...毒のステータスが奪われたようだ」
彼はさらに「生命鑑定」を使用した。
「HPとMPには変化がない...」
遥斗は自分の手を見つめながら、小さな声で言った。
「僕の能力で...ステータスも奪えるってことですか?」
「そのようだ...これは予想外の展開だ」
遥斗が恐る恐る尋ねた。「このスライム...倒しちゃってもいいですか?」
「ああ、構わない」
ルシウスは我に返ったように頷いた。
遥斗は低級ポーションの生成を試みた。
「ポップ」
青い光が瞬き、スライムが消滅すると同時に、遥斗の体が赤い光に包まれた。
「レベル4になったようだね」ルシウスが言った。
ルシウスは深く考え込んだ様子で言った。
「ちょっと考察してみよう。恐らく最初のポイズンスライムは毒の能力を持っていたので、その能力を奪って毒消しが生成できた。毒の能力を奪われてただのスライムになったので、2回目は失敗に終わったのだろう」
「つまり、毒の能力を持っている相手でなければ毒消しは生成できない...ということですか?」
「そうだ」
「ただ、おそらく毒の能力を奪えるのは一時的で、その後自然回復するのではないかと思われる。でなければ毒を持つモンスターがいなくなってしまうからね。」
エレナが疑問を投げかけた。「でも、どうして毒消しができたの?」
ルシウスは少し考えてから答えた。
「毒消しは、毒を毒で中和していたのかもしれない。つまり、ポイズンスライムの毒を利用して、それを中和する物質を作り出したということだ」
ルシウスはしばらく黙り込んでしまった。その表情には、興奮と同時に不安の色も見えた。
「ルシウスおじさま?」エレナが心配そうに声をかける。
ルシウスは深いため息をついた。
「これは...予想以上の発見だ。もう少し考える時間が必要かもしれない」
彼は遥斗たちを見て、少し明るい表情を取り戻した。
「そうだな、まだ時間があるから、君たち3人で少し街に出てみてはどうだ?道具屋にでも行ってみるといい」
「え?いいんですか?」
エレナが少し驚いた様子で言った。
「ああ、むしろいい機会だ。遥斗くん、生成したアイテムを売ってみるのもいいだろう」
遥斗は少し戸惑いながらも、頷いた。
3人は研究室を出て、街へと向かった。遥斗の心の中では、自分の能力の新たな可能性と、それがもたらす影響への不安が交錯していた。
エレナ、トム、遥斗の3人は、研究室を出て街の中心部へと向かった。石畳の道を歩きながら、遥斗は周囲の景色に目を輝かせていた。
「わぁ、あの建物すごい...」遥斗が指差す先には、優雅な曲線を描く白亜の邸宅が立ち並んでいた。
「ここは貴族街よ。王立学園に通っている生徒もこの辺りに住んでいる人もいるわ」
エレナが説明する。
「へぇ...」遥斗は息を呑む。
道を進むと、甘い香りが漂ってきた。路地の角に、カラフルな屋台が並んでいる。
「あ、出店だ。遥斗、何か食べてみる?」トムが嬉しそうに言う。
遥斗は興味深そうに屋台を覗き込んだ。そこには見たこともない食材が並んでいた。紫色のリンゴのような果物、虹色に輝く串刺しの肉、そして青い炎で焼かれている丸い菓子。
「これ、なんていう食べ物?」
遥斗が青い炎の菓子を指さす。
屋台のおばさんが笑顔で答える。
「それはフェアリーパフっていうのよ。『妖精の羽』と言われるモンスター素材を粉にして使った特製のお菓子さ」
遥斗は目を丸くした。「妖精の羽...?モンスターの素材?」
エレナがクスリと笑う。「ここでは普通の食材よ。食べてみる?」
遥斗は少し躊躇したが、トムがお金を出して一つ買ってくれた。口に入れると、ふわっとした食感と共に、甘さと酸っぱさが広がる。
「おいしい!」思わず声が出る。
トムが笑いながら、「この世界の食べ物、面白い?」と言った。
遥斗は笑顔で答えた
食べ歩きをしながら、トムが突然思い出したように言った。
「そうだ、遥斗。お金のこと知ってる?説明してあげようか?」
遥斗は「お金?」と首をかしげる。
エレナが補足する。「そうね。この世界のお金のシステム、知っておいた方がいいわ」
トムが説明を始める。
「いいか、遥斗。この世界のお金は、銅貨、銀貨、金貨、そしてミスリル硬貨っていう順番で価値が上がっていくんだ。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨100枚でミスリル硬貨1枚っていう感じだ」
遥斗は真剣に聞き入っている。
話しながら歩いていると、やがて「幸運の魔法道具屋」という看板の店に到着した。看板には幸運を象徴する四つ葉のクローバーが描かれている。
店内に入ると、様々な香りが鼻をくすぐる。壁には色とりどりのポーションが並び、天井からは不思議な形の魔法道具がぶら下がっている。
「いらっしゃいませ〜」
愛想のいい声と共に、小太りの中年男性が姿を現した。頭は少し薄くなっているが、目は優しく輝いている。エプロンには様々な模様の刺繍が施されている。
「何をお探しで...おや?」店主は遥斗を見て首をかしげた。
「君たち見ない顔だね。新入りの冒険者かい?」
「え、えっと...まあ、そんな感じです」
遥斗は少し緊張しながら答えた。
エレナが前に出て、「すみません、アイテムの買取をお願いしたいのですが」と言った。
「おお、買取ね!どんなものかな?」店主の顔が明るくなる。
遥斗は恐る恐る低級ポーション2つと毒消しを取り出した。
(これ、魔法で出てきたものだけど、本当に売れるのかな...)
店主は熟練の目つきでアイテムを観察し、「ふむふむ」と頷いている。魔法の虫眼鏡で細かくチェックし、時には鼻を近づけて香りを嗅いでいる。
「よし!」店主の声に、遥斗はビクッと体を震わせた。
「低級ポーションは1つ銅貨8枚、毒消しは銅貨4枚。合計で銅貨20枚だね」
トムが突然前に出た。
「ちょっと待ってください。その値段は安すぎますよ」
店主は眉を上げた。「ほう?」
トムは自信たっぷりに言う。
「低級ポーションの相場は最低でも10枚です。それに、この毒消しの純度、かなり高いですよ。5枚はもらえるはずです」
店主とトムの間で、にらめっこのような状況が続く。遥斗とエレナは緊張した面持ちで二人を見守っている。やがて店主が大きくため息をついた。
「参ったな...わかった。低級ポーション10枚、毒消し5枚。合計25枚でどうだい?」
「ありがとうございます。それで結構です」
トムは満足げに頷いた。
取引が終わり、遥斗は生まれて初めて手にしたこの世界のお金を、まるで宝物のように大切そうに握りしめていた。