19話 真価
実験室の静寂を破り、遥斗が小さく呟いた。
「あっ...」
ルシウスが鋭い眼差しで振り向く。
「何か気づいたかね?」
「スライムが倒せた理由...分かったかもしれません」
遥斗は少し躊躇いながら口を開いた。
エレナとトムも興味深そうに遥斗を見つめる。
「ポーションを作る時、限界を超えてHPを奪えるんです。そして...」
遥斗の声が少し震える。
「限界以上にHPが奪われれば、生命は維持できない」
部屋に重い沈黙が流れる。
遥斗は続けた。
「もし先ほどのMP回復ポーションのようなアイテムを生成する時は...何と交換されるんでしょうか。他のアイテムなら...」
ルシウスの顔に笑みが浮かぶ。
「君も気がついたようだね」
彼は部屋を歩き回りながら続けた。
「色々試してみたいことがある。準備をするから、また明日来てくれないか」
遥斗は興奮と不安が入り混じった表情で頷いた。
ルシウスは真剣な表情で帰路につく遥斗に声をかけた。
「これは危険を孕む可能性がある。一人では絶対に使用しないこと。そして、この件は口外厳禁だ。分かったね?」
三人は互いの顔を見合わせ、厳粛に頷いた。
「約束します」遥斗が代表して答えた。
玄関に着くと、エレナが三人に向き直った。
「今日は本当にありがとう、エレナ」
遥斗は心からの感謝を込めて言った。エレナは少し照れたように頬を赤らめたようだった。
「い、いえ。私は何もしてないわ」
「エレナのおかげで、こんな貴重な体験ができたんだ。本当に感謝してるよ」
トムも笑顔で頷いた。
エレナはますます照れた様子で、慌てて別れの言葉を告げた。
遥斗とトムは用意された馬車に乗り込み、宿舎へと向かった。
馬車が動き出すと、トムは興奮を抑えきれない様子で口を開いた。
「すごかったな!それにルシウス様と直接話せるなんて、夢みたいだ!」
「うん、本当に...色々なことが分かった」
トムが真剣な表情で言った。
「遥斗の能力、本当にすごいと思う。でも...少し怖くもあるよな」
遥斗は窓の外を見つめながら静かに答えた。
「うん...僕もそう思う。だからこそ、もっと理解しないといけないんだ」
馬車は静かに夜の街を進んでいく。遥斗の心の中では、新たな発見への期待と、未知の力への不安が交錯していた。
翌日、朝もやが晴れる頃、遥斗たち3人は再びルシウスの研究室を訪れていた。
「よく来てくれた」
ルシウスが3人を迎え入れる。その表情には、昨日にも増して興奮の色が浮かんでいる。
「昨晩から様々な実験を行ってみたんだ」ルシウスは早速報告を始めた。
「結論から言うと、生きているものを対象とした錬成や錬金術は、私にはできなかった」
遥斗たちは驚いた表情を浮かべる。
「それだけではない」ルシウスは続ける。
「熟練したアイテム士を呼んで同じことをしてもらったが、やはりできなかったんだ」
「ということは...」エレナが口を開く。
ルシウスは頷いた。「そう、現状では遥斗くんにしかできない能力のようだ」
「それはなぜなんだろう?」トムが首をかしげる。
「仮説はある」ルシウスは真剣な表情で言った。
「遥斗くんが異世界人であること、そして質量保存の法則などを理解していることが関係しているかもしれない。しかし、今はそれを証明するのは難しい」
遥斗は自分の手をじっと見つめた。自分にしかできない能力。その事実に、期待と不安が入り混じる。
「さて」ルシウスの声が遥斗の思考を中断させた。
「次の実験に移ろう」
彼は机の上に小さな瓶を置いた。中には青い液体が入っている。
「これは低級ポーションだ。遥斗くん、鑑定してみてくれ」
遥斗は言われるままにポーションを手に取り、集中した。
「これは...HPを200回復させる低級ポーションです」
ルシウスは満足げに頷いた。
「正解だ。ところで、レベルが上がったはずだが、何か変化はあったかな?」
遥斗は少し考え込んでから答えた。
「はい、なんだか...1つアイテムが登録できるようになった気がします」
「そうか、ではこのポーションを登録してみたまえ」
遥斗は言われるままに低級ポーションを登録した。不思議な感覚が体を駆け巡る。
「よし、では次の実験だ」ルシウスは3人を連れて、昨日と同じフィールドの張られた部屋へと移動した。部屋に入ると、ルシウスは再びエーテルケージを取り出した。
「また、スライムを使わせてもらおう」
白い光が瞬き、緑色のゼリー状の生き物が現れた。
「今度はさっき登録した低級HPポーションで、このモンスターからHPを奪ってみてほしい」ルシウスが遥斗に向かって言う。
遥斗は少し緊張した様子で頷いた。
「ちなみに」ルシウスが付け加えた。
「低級HPポーション生成のMPコストは10だ。君の現在のMPは15。慎重に行動するんだ」
遥斗は深呼吸をして、目を閉じた。頭の中でポーションと小瓶、そしてスライムのイメージを重ね合わせる。
「ポップ!」
青い光が瞬き、遥斗の手の中に小さな瓶が現れた。同時に、スライムの体が光に包まれ、消えていった。
「わっ!」遥斗の体が再び赤い光に包まれる。
「レベルアップだ!」トムが興奮した声を上げた。
「遥斗くん、君はレベル3になった!」
エレナも驚きの表情を浮かべている。
「一回の生成でスライムが消滅...」ルシウスがにやりとしながら呟いた。
「やはり、ポーションの回復量に応じて奪われるHPが増えたようだな」
彼は説明を続けた。
「スライムのHPは50程度。最初の最低級ポーション(HP回復30)では2回の生成が必要だったが、低級ポーション(HP回復200)なら1回で十分だった」
遥斗は自分の手を見つめながら、その力の大きさに戸惑いを感じていた。
「すごい...」トムが小さな声で言った。
エレナは少し心配そうな表情を浮かべていた。
「でも、こんな危険な実験を続けて大丈夫なの?」
「心配いらない。私が責任を持って管理している。それに、この研究は非常に重要なんだ」
ルシウスは自信に満ちた笑みを浮かべた。
遥斗は複雑な表情を浮かべながらも、どこか高揚感を感じていた。自分の能力の可能性が、少しずつ明らかになっていく。それは恐ろしくもあり、同時に魅力的でもあった。
「明日も来てくれるかい?もっと色々な実験をしてみたいんだ」ルシウスが尋ねた。
遥斗は少し躊躇した後、ゆっくりと頷いた。「はい、来ます」
彼の心の中で、未知の力への好奇心が、恐れを少しずつ押しのけていくのを感じていた。
ルシウスは満足げに頷いたあと語り始めた。
「さて、低級ポーションを覚えさせた理由を説明しよう」
遥斗たちは真剣な表情で耳を傾けた。
「まず、アイテムに応じて奪うHPに変化があるかを調べるためだ。そして、変化があった場合、より効率よくモンスターを倒せるようになるためでもある」
エレナが首をかしげた。「何のために?」
ルシウスは続けた。
「そう。効率よく倒せれば、遥斗くんのレベルが上がりやすくなる。レベルが上がれば、より多くの種類のアイテムを登録できるようになり、さらに実験の幅が広がるんだ」
「なるほど...そういう考えだったんですね」
トムは感心したように言った。
ルシウスは隣の部屋の引き出しから新たな瓶を持ってきた。中には薄緑色の液体が入っている。
「次はこれだ。毒消しポーションだ」
遥斗たちは驚いた表情を見せた。
「毒消し...?」遥斗が疑問を口にする。
ルシウスは頷いた。「そう。HP回復以外のポーションで、どのような効果が現れるか調べたいんだ」
彼は遥斗に瓶を手渡した。「まずは鑑定してみてくれ」
遥斗は慎重に瓶を受け取り、集中した。
「これは...毒状態を解除する毒消しポーションです」
「正解だ。では、これも登録してみよう」ルシウスが言った。
遥斗は言われるままに毒消しのポーションを登録した。
「さて」ルシウスが真剣な表情で言った。
「ここからが本題だ。この毒消しのポーションを使って、モンスターからどのようにHPを奪うのか...それとも別の何かが起こるのか、試してみよう」
遥斗は少し躊躇しながらも、頷いた。「分かりました。やってみます」