182話 死の輪舞(10)
「皆、こっち!急いで!」
遥斗が叫ぶ。
その声に応えるように、エレナ、エーデルガッシュ、マーガスが走り出す。
しかしアンデッドたちもまた、獲物を追って動き出していた。
デュラハン・ナイトメアがエーデルガッシュの前に立ちはだかり、四本の剣と盾が月光に煌めく。
ジェスター・コープスは歪な笑みを浮かべながら、エレナの退路を塞ぐ。
そしてレギオンの醜悪な姿が、マーガスの行く手を阻むように浮遊している。
「ポップ」
遥斗の掛け声が響く。
魔力銃の弾倉に、赤く輝く弾丸が生成される。
それは、かつてエレナがブラッドベアの素材から作り出した「血爪の弾丸」。
「行くよ」
感情の消えた黒い瞳で標的を捉える。
パンッ!
一発目の弾丸が、デュラハン・ナイトメアに向かって放たれる。
首なしの騎士は瞬時に盾を構えるが、弾丸は予想外の軌道を描く。
生き物のように盾を回り込み、デュラハン・ナイトメアの胴体に直撃する。
すると獣の爪のような斬撃が発生し、漆黒の鎧を引っ掻いていく。
パンッ!パンッ!
立て続けに放たれる二発が、ジェスター・コープスとレギオンを捉える。
「ギャハハハハ...!」
道化師は狂気を含んだ笑い声を上げながら回避を試みるが、その動きを完全に読み切ったかのように頭に炸裂する。
弾丸は命中すると血の色をした斬撃が、死体の顔の継ぎ接ぎを引き裂いていった。
レギオンに命中した弾丸も、百の顔の一つを切り裂いていた。
巨大な亡霊は僅かに後退するが、引き裂かれた箇所はすぐに修復され、元に戻っていった。
大したダメージこそないものの、アンデッドたちの動きが一瞬止まる。
予想外の攻撃に、それぞれが面を食らっていた。
その僅かな隙を突いて、三人が一気に遥斗の元へと駆け寄る。
「遥斗くん!」
エレナが真っ先に遥斗の傍らに辿り着く。
「ありがとう。よくあんな距離当てられたね...凄い!」
「やつら、かなり手強いな。まともにダメージが与えられん!遥斗の攻撃もまるで効いてないぞ」
マーガスが首を振りながら合流する。
「あの弾丸は、単なる牽制...だったのだろうが...突破口が見つからんな。朝まで耐えられるか...いや他の方法を探すか?」
エーデルガッシュが静かに告げる。
無事に合流した面々に、遥斗は手短に指示を出した。
「エレナ、ケヴィンさんの回復を続けてあげて」
「陛下、サンクチュアリで結界を張って、皆を守ってください」
マジックバックからポーションを数本取り出し、エーデルガッシュに手渡す。
「中級MP回復ポーションです。MPが切れそうになったら使ってください」
「防御に徹するつもりか...朝まで...」
エーデルガッシュが不安げな表情を浮かべる。
「すまぬが...とても持ちこたえられるとは思えん」
遥斗はにこやかに微笑んで、静かに首を振る。
「皆はできるだけ固まっていて。これ以上被害が広がらないように」
その言葉に、エレナの眉が寄る。
「遥斗くん...あなた、何をする気なの?」
遥斗の様子がおかしい。
いつもの優しさに満ちた茶色の瞳は漆黒に染まり、その表情からは全ての感情が失われている。
エレナの胸に不安が広がる。
まるで別人のような遥斗に、彼女は言いようのない恐怖を感じていた。
(...まさか、また無茶を...)
「遥斗くん...?」
エレナの不安げな声に、遥斗は笑顔を向ける。
しかしその瞳には、何も映ってはいない。
エレナやエーデルガッシュでさえも。
「アイツらを...何とかしてくるよ。いくらなんでも好き勝手し過ぎだからね。自分がしている事を後悔させてくる」
エレナは遥斗の言葉に気が遠くなる。
そんなことが簡単にできる訳がないのは、彼女が一番理解していた。
おそらく、また無茶をする気なのだ。
怒鳴ってでも、泣き喚いて、縋りついてでも止めたい。
しかし、遥斗の漆黒の瞳に宿る異様な冷たさに、声を絞り出すことすらできない。
「ちょっと待てぃ!」
マーガスが前に出る。
「アストラリア王国騎士として、俺も共に行くぞ!仲間を見捨てたとあれば、ダスクブリッジ家の名折れだ!」
「うーん、わかったよ...じゃあお願いしようかな?」
遥斗は少し困ったような表情を見せたが、すぐに了承した。
「よっしゃ!」
マーガスが勢いよくガッツポーズを作る。
その時、三体のアンデッドが一斉に襲いかかってくる。
「我が剣に宿りし聖なる光よ、天より降り注ぎし神威の息吹よ、今此処に顕現せよ!聖剣奥義・極光輪!」
エーデルガッシュの詠唱が響き渡る。
サンクチュアリを中心に、薄紅色の光の壁が出現する。
それは半円を描くように広がり、巨大なドームのように戦場を覆っていった。
デュラハン・ナイトメアの剣が光の壁を打ち付け、レギオンの怨霊讃歌が襲いかかる。
ジェスター・コープスの作る火炎の雨が降り注ぐ。
しかし全ての攻撃は、極光輪によって弾き返されていく。
その度にエーデルガッシュの体が僅かに震え、魔力が削り取られていくのが分かった。
「陛下...少し待っていてください。すぐ準備をします」
遥斗は先ほど生成した「槍術士のポーション」を見つめる。
そして一気にポーションを飲み干す。
途端に、体の奥底からマグマのような力が湧き上がってきた。
しかし、既に白銀操術戦士の力が遥斗の体に満ちている。
二つの力が体内で激しくせめぎ合い、体が千切れ飛びそうな痛みが全身を襲う。
それは全て、想定内の反応だった。
常人では発狂するレベルの激痛が体を駆け巡るが、遥斗の表情は涼しいままだ。
更にマジックバックから、最初に生成した槍術士のポーションを取り出す。
それも一気に飲み干した。
内臓が悲鳴を上げ、口から血が噴き出す。
職業の力が暴走し、皮膚を破ってオーラが漏れ出していた。
体の中では複数の力が渦を巻き、体を引き裂こうとして激痛が走る。
しかし遥斗は、何でもないかのように立っている。
その異常な光景に、エレナは震える手を口元に当て、エーデルガッシュは目を伏せ、マーガスは言葉を失う。
彼らの目には、明らかな恐怖の色が浮かんでいた。
遥斗はマジックバックから最上級HP回復ポーションを取り出し、それを飲み干す。
引き裂かれた内臓が修復されていく感覚。
気が狂いそうな痛みは残っているものの、少なくとも戦闘に支障はない。
全て遥斗の想定通りだった。




