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178話 死の輪舞(6)

 怨霊讃歌の音波が、遥斗の体を内側から引き裂いていく。

 骨という骨が、一つずつ砕かれていくような感覚。

 その痛みは、通常の肉体的な苦痛とは明らかに違っていた。


 意識が遠のき始める。

 視界が歪み、色彩が失われていく。

 それは単なる意識の喪失ではない。

 魂そのものが、瘴気に侵食されていく。


(ああ...これが...死ぬということ...なのかな)

 遥斗は自分の精神が、まるでガラスが砕けるように少しずつ欠けていくのを感じていた。

 記憶が霧散し、感情が薄れ、「自分」という存在が徐々に溶けていく。

 叫び声が聞こえる。

 その声には聞き覚えがあった。

 なぜならその声は、遥斗自身のものだからだ。


 その時。

 疾風が迫っていた。


「ゴッドアイ!」

 天より黄金の魔力がエーデルガッシュを照らし、彼女の深緑の瞳が、金色の光を放つ。

 その瞳には、通常の視覚では捉えられない瘴気の流れが映し出されていた。


 遥斗の周りを取り巻く黒い瘴気は、蛇のように蠢きながら魂に絡みついている。

 それは生命力を吸い上げ、精神を食い荒らし、存在そのものをアンデッドに変えようとしていた。


「天つ風の太刀!」

 エーデルガッシュの居合が閃く。

 聖剣サンクチュアリが放つ光の軌跡は、見えぬ風をも両断するかのように瘴気を切り払っていく。


「ッ!」

 遥斗の喉から、かすれた声が漏れる。

 瘴気が断ち切られた瞬間、重圧から解放されて意識が鮮明に戻ってきた。


「逃げて...ユーディ...僕に構わず...」

「ふん、そう簡単に諦められては困る」

 少女皇帝は、他人事のような口調で告げる。

「将来は帝国宰相として働いてもらうつもりだからな。こんな所で死んでいる場合ではないぞ?」


「遥斗くん!」

 次いでエレナの声が響く。

 彼女は駆け寄りながら、マジックバックから中級HP回復ポーションを取り出していた。


「これを!早く!」

 ポーションが遥斗の唇に注がれる。

 砕けていた骨が、見る見るうちに修復されていく。

 引き裂かれた筋肉が再生し、内臓の損傷も回復していった。


「もう...遥斗くん!そんな無茶しないで!」

 エレナが遥斗を睨みつける。

「遥斗くんは私と一緒に、冒険者として旅しなきゃいけないんだから、こんな所で死んじゃ駄目」

「なに?」

 エーデルガッシュの声が一瞬強張る。

「佐倉遥斗は用事が終われば帝国貴族として仕えてもらう予定だが?」

「それはもう断られたでしょ!勝手なこと言わないで!」

「断れれてなどおらぬわ!先に用事があるだけだ!」


「え、えっと...」

 両者の剣呑な雰囲気に、遥斗は困惑の表情を浮かべる。

「マーガスは!?」

 遥斗は立ち上がりながら、急いで周囲を見回す。

 先ほどまで意識不明だったマーガスを看病していたエレナが、ここにいるということは...。


「あそこよ!」

 エレナが指差した先で、マーガスの姿が華麗に舞っていた。


「アルケミック!」

 マーガスの掛け声と共に、ミスリルの弓が生成される。

 さらに手にした弓が魔力を帯び、オーラの矢が形作られた。


「汚名返上だクソ野郎ども...これを喰らえ!マルチショット!」

 オーラを纏った5本の矢は、アンデッドを貫き、次々と敵を仕留めていく。


(すごい...)

 遥斗は目を見張る。

 先ほど自分が使った白銀操術とは、明らかに次元の違う戦いぶりだった。

 単に職業を得ただけでは、ここまでの力は引き出せない。

 日々の鍛錬、そして生まれ持った才能。

 それらが相まって、今のマーガスの戦闘能力が形成されているのだ。


 一方、ケヴィンも赤熱の槍で獅子奮迅の戦いを見せていた。

「蛇牙連波!」

 槍が蛇のように蠢き、幾重もの軌道を描きながら、アンデッドを次々と串刺しにしていく。


 しかしその時。

「ギャハハハハ!」

 不気味な笑い声と共に、ジェスター・コープスが背後から襲いかかる。

 両手に握られた漆黒のナイフが、冷たい輝きを放っていた。


「くっ!」

 ケヴィンが咄嗟に槍を構え直すが、間に合わない。

 ナイフの切っ先が、彼の首筋に迫る。


「させるかよ!アルケミック!」

 閃光が走る。

 ミスリルの槍を手にしたマーガスが、一直線に飛び込んできた。


「蛇牙連波!」「蛇牙連波!」

 二人の声が重なり合う。

 バロック流槍術の技が、二本の槍によって繰り出される。


 まるで息の合った舞のように、赤熱の槍とミスリルの槍が交差する。

 それは双頭の蛇、いや双頭の龍が飛翔するかのような光景だった。


「ギャッ!」

 道化師の悲鳴が上がる。

 二本の槍に切り裂かれた体から、黒い液体が噴き出す。


「ふっ、伝説の槍術流派を名乗るだけのことはあるな!」

 マーガスが高らかに笑う。

「おい、待てよ。お前、バロック流が使えるのか?」

 ケヴィンの声には、明らかな驚きが滲んでいた。


「ふん...」

 マーガスは少し誇らしげに胸を張る。

「お前の技を何度も見せてもらったからな。型くらいは把握できているさ」


「何度か見ただけで...」

 ケヴィンの言葉が途切れる。


 確かに、二人の使う槍術には決定的な違いがあった。

 ケヴィンの槍は、バロック流槍術の真髄である「槍のしなり」を極限まで活かし、蛇のように蠢きながら敵を襲う。

 一方、マーガスは白銀操術の力で槍そのものを自在に変形させ、その動きを模倣している。


 言わば、マーガスのそれは見様見真似のバロック流もどき。

 本来の技とは異なる、独自のアプローチだった。


 しかしそれは逆に言えば――

「お前...たったそれだけで、バロック流の本質を理解したのか...?」

 ケヴィンの声が震える。


「口だけじゃなかったんだな...本物の天才だ!」

「これでもアストラリア王国貴族、ダスクブリッジ家の次期当主なのだぞ。その程度の事は造作もないわ!はっはっはっーーー」

 マーガスは高らかに笑う。

 ケヴィンの笑顔は思わず引きつった。

 しかしマーガスの驕りも、今は頼もしく感じていた。

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