175話 死の輪舞(3)
遥斗は地獄絵図と化した中庭を見渡す。
アンデッド化した兵士たちの呻き声が、夜の闇に不気味に響き渡る。
(このままじゃジリ貧だ)
咄嗟にマーガスのマジックバックに手を伸ばし、銀の塊を取り出す。
「アルケミック!」
呪文と共に白い光が放たれ、遥斗の手の中で銀の塊が槍へと変化していく。
「エレナ!マーガスをお願い!」
エレナに向かって叫びながら、遥斗はエーデルガッシュの元へと駆け出した。
少女皇帝は努めて冷静を装いながらも、内心では苦悩に満ちていた。
周囲を見渡せば、次々とアンデッド化していく兵士たち。
集団戦を仕掛けた時点で、相手の術中に嵌っていたのかもしれない。
だが、今となってはそれを覆す手立ても見当たらなかった。
そんな彼女の前に、遥斗が駆け寄る。
「佐倉遥斗!」
エーデルガッシュの表情が、明るさを取り戻す。
「どう見る?この状況」
少女皇帝は遥斗に助言を求めた。
「このまま戦い続ければ、全滅は時間の問題です。しかも...街全体への被害も、最大になってしまう」
遥斗は厳しい表情で語る。
「同感だな...」
エーデルガッシュの顔から血の気が引く。
最悪の事態が目前に迫っているという認識は、二人の間で完全に一致していた。
「何か...方法は?」
エーデルガッシュの声には、すがるような響きが含まれていた。
遥斗は一瞬目を閉じ、意を決したように告げる。
「方法は二つです」
「二つ?」
「はい。自分だけ助かるか...自分が死ぬか、です」
「説明してくれ」
エーデルガッシュの眼差しが真剣さを増す。
「一つ目は、皆が戦っている間に、陛下がこの街から退却する」
「もう一つは?」
「陛下が囮になって、皆を退却させる」
エーデルガッシュの深緑の瞳が揺れる。
「結局のところ」
遥斗は静かに続けた。
「夜明けまで誰が時間を稼ぐか...それが全てだと思います」
月光の下、二人は重苦しい沈黙に包まれた。
どちらの選択肢も、誰かの犠牲なしには成り立たない。
そして、その"誰か"を決めなければならない時が来ていた。
エーデルガッシュは暫しの沈黙の後、遥斗をまっすぐに見つめた。
「佐倉遥斗...一緒に...死んでくれるか?」
その声は震えていた。
「本来なら、この私だけが犠牲になって時間を稼ぐべきなのだが...」
彼女は自嘲するように微笑む。
「それすら、ままならぬ。せめて...一人でも多くの民を救う為に...」
苦悶の少女の瞳には、涙が浮かんでいた。
「もちろんですよ、陛下」
遥斗は迷いのない声で答える。
「皇城で約束したはずです。必ず守ると」
その言葉に、エーデルガッシュの胸が熱くなる。
深い緑の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
「すまぬ...」
「もちろん」
遥斗は優しく微笑んだ。
「誰も死なせないように全力を尽くしますよ」
その言葉に、エーデルガッシュも微かに頷く。
「作戦はこうです」
遥斗は即座に状況を整理し始める。
「まず、これ以上死者を出さないことが絶対条件です。死体はそのまま敵の戦力になってしまう」
「ふむ」
「そして弱いアンデッドは数を減らしていく。デュラハン・ナイトメアのような強いアンデッドとは極力戦わない」
エーデルガッシュは静かに聞き入る。
「理想はバートラムを倒すことですが...デュラハン・ナイトメアが完璧に守っています」
遥斗は一度息を整えて、続ける。
「僕が3体の強いアンデッドを引き付けます。その間に、弱いアンデッドの処理を...」
「でも、どうやって今戦っている兵士たちを無事に撤退させるかは問題です。撤退戦はすごく難しい...背後ががら空きになりますから」
遥斗は自分の指を噛みながら思考する。
そんな都合の良い一手が浮かばないのだ。
「それについては余に考えがある」
エーデルガッシュは聖剣サンクチュアリを掲げる。
刀身が神々しく輝く。
「この聖剣には、魔力の続く限り絶対防壁を展開する力がある。撤退の時間稼ぎは、これで可能だ」
「すごい!そんな能力が...」
「ああ、長くは持たんが範囲は広い。兵が撤退するくらいは持たせてみせる」
遥斗は安堵の表情を浮かべる。
「では、後はケヴィンさんにお願いします...それじゃ行って来ます!」
エーデルガッシュに一礼すると、遥斗は即座にケヴィンの元へと駆け出した。
アイアンシールドの面々は、僅かに離れた位置から戦況を見守っていた。
次々とアンデッド化していく兵士たち。
それを必死に食い止めようとする生存者たち。
しかし明らかに戦況は悪化の一途を辿っている。
「これ大丈夫なんですか?」
サラの声が震える。
アレクスは無言で拳を握りしめ、ケヴィンの爽やかな表情は完全に消え失せていた。
兵士たちが死の軍勢と化していく様を、ただ見守ることしかできない。
絶望が全てを飲み込もうとするその時、遥斗が駆け寄ってきた。
「ケヴィンさん!」
「どうした?なにかあったのか?」
焦燥感の漂う顔でケヴィンが振り返る。
遥斗は手短に作戦を説明する。
エーデルガッシュが時間を稼ぐ間に、兵士たちを先導して撤退させること。
その後は少数精鋭で日が昇るまで耐えること。
その説明を聞いたケヴィンの表情が強張る。
「待つんだ...それはいくら何でも無茶だ!」
「分かっています。でも、時間がないんです」
遥斗は真摯な眼差しでケヴィンを見つめる。
「皇帝陛下の思いを...どうか汲んでください」
「しかし...」
「私が!私たちが!必ず兵士たちを撤退させます!」
隣で聞いていたサラが進言する。
「冗談じゃない!」
ケヴィンの声が怒りを帯びる。
「皇帝陛下と遥斗君を囮になんて...そんなの認められるわけがないだろう!強力な化け物以外に無数のアンデッドがいるんだぞ!」
「でも、他に方法ないじゃないですか!」
サラが必死に食い下がる。
「このままでは街の人々が...イーストヘイブンの全ての人がアンデッドにされてしまう。それは...私たちにも責任があるんです」
「だからって...!」
「ケヴィン...わかって...お願い」
涙を浮かべながら、サラは続ける。
アレクスも黙って頷きながら、心配そうな眼差しを向ける。
「...分かった」
ケヴィンは観念したように肩を落とす。
そして遥斗に向き直る。
「遥斗君、俺の力も使ってくれないか?バロッグ流槍術なら、少しは役に立つかも...」
遥斗は即座にケヴィンの意図を理解し、にこやかに頷く。
「ありがとうございます。助かります!」
マジックバックからフェイトシェイバーと中級HP回復ポーションを取り出す。
地下での戦いで受けたダメージを癒すため、ポーションを少量だけ自身に使用し、残りを「ポーションだったもの」へと変換する。
「少し...不快かもしれません」
そう言って、フェイトシェイバーをケヴィンの腕に突き立てる。
「くっ...!」
魂を直接触られるような不快感に、ケヴィンの顔が歪む。
それは人の本質に触れるような、言葉では表現できない感覚だった。
「すみません...」
「いや、構わない。続けてくれ。何も出来ない...せめてもの償いだ」
遥斗はフェイトシェイバーに魔力を注ぎ、慎重に職魂を抽出する。
そして「アルケミック」を詠唱。
白銀操術戦士は錬金術師から派生した職業であり、そのスキルを活かして合成を行う。
職魂とポーションだったもの、2つの素材は光に包まれ混ざり合う。
そして発光が収まった時に、遥斗の手にはひとつのポーションが握られていた。
槍術士のポーションーー
エレナほどの完成度は望めないが、ポーションの錬金に成功した。
そこにはバロッグ流槍術の力が静かに渦を巻いていた。