173話 死の輪舞(1)
月光に照らされた領主館の中庭。
エーデルガッシュを守るように、陣が展開されていた。
「おかしい、来ないな...」
ケヴィンが赤熱の槍を構えながら、建物の入り口を見つめる。
「皇帝陛下!」
甲冑の音を立てながら、十数名の兵士が中庭に駆け込んでくる。
その数は刻一刻と増えていった。
「陛下!第二中隊、到着致しました!」
「第三中隊も間もなく到着との報告が!」
息を切らした兵士たちが次々と報告を上げる。
エーデルガッシュは目を閉じ、深く息を吐く。
その小さな体から放たれる威光は、月明りを受けて一層輝きを増していた。
「聞け!帝国の兵士たちよ!」
良く通る少女の声が、中庭に響く。
「イーストヘイブンの領主、バートラム・ザイルは逆賊である!奴は我が民を実験台とし、この街全てをアンデッドの巣窟に変えようと企んでいる!」
兵士たちの間から、動揺の声が漏れる。
「今宵、奴は最後の凶行に及ぼうとしている。この街を、この国を、そしてこの世界の未来を守るため!我らは立ち上がらねばならぬ!」
「陛下!」「皇帝陛下!」
兵士たちの声が重なり合う。
「汝らの忠誠心、帝国への想い...今こそ示すべき時だ!共に戦おう!」
「おおぁーーー!」
整然と響く返事。
混乱は残りつつも、兵士たちは素早く陣形を組み始める。
「だが...まだ誰も出てこないとは...」
ヴィクターが不安げに館の入り口を見つめる。
静寂が不吉に漂う中、遥斗は自分達が逃げてきた扉を凝視していた。
(これは...待ち伏せ?それとも...)
「様子を見て参ります」
一人の兵士が前に出る。
「待て!危険すぎる!」
ケヴィンが制止しようとするが、ヴィクターの判断は別だった。
「イグナース、リチャード。お前たち二人も同行しろ」
「御意!」
選ばれた三人の兵士は、松明を手に取る。
松明の光を頼りに、ゆっくりと地下室へと向かっていった。
残された者たちは、その背中が暗がりに消えていくのを、固唾を呑んで見守るしかなかった。
その場に再び重苦しい静寂が満ちていく。
中庭の片隅で、遥斗とエレナはマーガスの傍らに座っていた。
HPポーションの効果で傷は徐々に癒えているものの、意識は戻らない。
遥斗はマジックバックからフェイトシェイバーを取り出し、静かにマーガスの胸に突き立てる。
「っ...」
マーガスが僅かに眉を寄せるが、目は覚めない。
抜き取られた短刀の刃が、魂の一部を纏った光を放っている。
遥斗は魔力を注ぎ込み、マーガスから抽出された職魂を光球にしていく。
同時に、中級HP回復ポーションを少しだけマーガスに注ぎ、残りを「HP回復ポーションだったもの」へと変換する。
「エレナ、この二つを錬金してもらえない?」
フェイトシェイバーから抽出した職魂と、液体を差し出す。
「えっ、うん...でも、どうしてマーガスの職業なの?」
エレナが不思議そうな表情を向ける。
「銀が、アンデッドに効果的だったの覚えてる?マーガスの白銀操術...それを僕が使えれば...」
「...!そっか!戦力が増えるね!」
エレナの目が輝く。
「アルケミック!」
エレナの詠唱と共に、二つの素材が光を放つ。
白銀の光の中で、職魂とポーションが溶け合うように混ざり合っていく。
やがて光が収まると、そこには白銀色に輝くポーションが浮かんでいた。
「できた!」
エレナが嬉しそうに遥斗にポーションを手渡す。
遥斗は即座に鑑定を行う。
-白銀操術戦士のポーション-
白銀操術戦士の職業が追加される。能力値には職業補正がかかり、白銀操術のスキルを得る。効果時間:1時間。
アイテムを登録すると、遥斗はためらうことなくポーションを飲み干す。
白銀色の液体が喉を通り、全身に広がっていく。
体の奥深くで、新たな力が目覚める感覚。
遥斗は静かに目を閉じ、その力を確かめる。
魔力で金属を操り、自在に形を変える能力。
それは確かに、彼の中に宿っていた。
誰も気付いていない中、彼は重要な力を獲得していたのだ。
しばらくすると、建物の中から複数の足音が響いてきた。
不規則で引き摺るような音に、中庭で待機する者たちの緊張が高まる。
「戻ってきたのか?」
ケヴィンが槍を構え直す。
建物の入り口から、三つの影が姿を現す。
月の明かりが、おぞましい光景を照らし出していく。
「イグナース...?」
ヴィクターの声が震える。
松明を持っていたイグナースの頭は消失し、首から先が何もない。
切断面からは血も流れず、ただ腐敗の色を帯びている。
「リチャードが!」
若い兵士の悲痛な声が上がる。
二人目のリチャードは片腕が消え失せ、肩から先は引き千切られたように欠落していた。
それでも彼の脚は機械的に動き続け、よろめきながら前進を続ける。
そして最後の一人。
胸に大きな穴が開き、心臓が完全に破壊された状態。
それでも彼らは立ち、歩き、そして確実にこちらへと近づいてくる。
「うわああぁぁぁ!」
「み、見るな!」
「アンデッドだ...アンデッドが出たぞ!」
兵士たちの間から悲鳴が上がり、動揺が広がっていく。
「くそっ...!」
ヴィクターは歯を食いしばる。
目の前で親しい部下が、このような無残な姿になっている。
それを見せつけられるのは、あまりにも残酷すぎた。
「隊列を崩すな!」
エーデルガッシュの声が響く。
「彼らはもはや人ではない。アンデッドとして蘇らされたモンスターだ」
「しかし陛下...!」
「感情に流されるな!我々も同じ運命を辿る事になるぞ!この街を守るのだ!」
三体のアンデッドは、ゆっくりと不気味な足取りで近づいてくる。
その姿は、まるで死の行進だ。
(これが...ネクロマンサーの力か)
遥斗は賢明にバートラムの能力を分析する。
死んだ者はアンデッドとしてモンスター化させて使役する。
それは兵士たちの士気を大幅に下げ、混乱を引き起こす。
実に巧妙な策略だった。
かつての同胞、親しい仲間が敵として立ち現れる。
その光景は、兵士たちの心を深く抉っていく。
戦う前から、既に心が折れそうになっている者も少なくない。
決戦の幕は、最も残酷な形で切って落とされようとしていた。




