17話 錬金術師との出会い
朝もやが晴れ始めた学舎の中庭で、遥斗は一人、昨日の出来事を思い返していた。そんな彼の耳に、急ぐ足音が聞こえてきた。
「遥斗くん!」
振り返ると、エレナが息を切らせながら駆けてくるのが見えた。その表情には、いつもの冷静さとは違う興奮の色が浮かんでいる。
「どうしたの、エレナ?」
「ねえ、覚えてる?昨日話した錬金術師のこと」エレナの目が輝いていた。
「昨晩、彼に会って話してきたの」
「え?本当に?」遥斗の声が少し高くなる。
エレナは嬉しそうに頷いた。
「うん。あなたの話をしたら、彼、とっても興味を持ってくれたの。今日にでも会いたいって」
遥斗の胸が高鳴る。ついに自分の疑問に答えてくれる人に会えるかもしれない。そう思うと、昨日までの落ち込んでいた気持ちが嘘のように晴れていった。
「僕も会いたいな。どんな人なんだろう」
エレナは少し考え込むような表情をした。
「そうねえ...とにかく変わった人よ。でも、王国一の錬金術の天才だって評判なの」
その時、トムが二人に気づいて近づいてきた。
「おはよう、二人とも。...って、どうしたの?なんだか嬉しそうだけど」
エレナが簡単に説明すると、トムの目が丸くなった。
「えっ!?まさか、ルシウス・フォン・アストラル様に会えるの!?」
遥斗は首を傾げた。「ルシウス・フォン・アストラル?」
トムは驚いたように遥斗を見た。
「知らないの?王国屈指の錬金術師だよ。僕、憧れてるんだ」
エレナが補足する。
「そうよ。彼の研究は斬新で、時に危険とも言われるけど、錬金術の分野では誰もが認める天才なの」
「へえ...すごい人なんだね」
遥斗は少し戸惑いながらも、期待に胸を膨らませた。
「授業が終わったら、みんなで会いに行きましょう」エレナが提案した。
三人は頷き合うと、始業の鐘に背中を押されるように教室へと向かった。
授業が終わり、三人が学舎の門をくぐると、そこには立派な馬車が待っていた。
「わっ」思わず声が漏れる。
馬車の脇には、きちんとした身なりの中年の男性が立っている。
「お嬢様、お待ちしておりました」男性が丁寧にお辞儀をする。
「ありがとう、ヘンリー」エレナが軽く頷いた。
遥斗は目を丸くした。「え?執事!?」
トムが小声で説明してくれた。「そうだよ。エレナの家って、すごいんだよ」
馬車に乗り込むと、ヘンリーが馬を操り、街の中心部へと向かって走り出した。
「ねえ、エレナ。君の家って、どんな...?」遥斗が恐る恐る聞いた。
エレナは少し困ったような顔をした。「うーん、そうねえ...」
トムが代わりに説明し始めた。
「エレナの家は公爵家の分家なんだ。王国では有力貴族の一角だよ」
「えっ!」遥斗は驚いて声を上げた。
トムは続ける。
「エレナの叔父さんは現財務局長の上級錬金術師で公爵様だし、お父さんは魔道具開発局長の上級錬金術師なんだ」
遥斗は言葉を失った。エレナは少し照れくさそうに言った。
「まあ、私は3男2女の次女だから、そんなに大したことはないのよ」
「いやいや」トムが首を振る。
「それでも普通の人から見れば、雲の上の人だよ」
遥斗はようやく、マーカスがエレナの前で引き下がった理由が分かった気がした。
馬車は、遥斗が今まで見たことのない華やかな街並みを進んでいく。大きな噴水のある広場、色とりどりの花で飾られた通り、そして立派な建物が立ち並ぶ大通り。
遥斗は目を輝かせて窓の外を眺めていた。「すごい...こんな景色、初めて見た」
エレナが不思議そうに聞いた。「遥斗くん、今まで街に出たことなかったの?」
遥斗は少し恥ずかしそうに答えた。「うん。ほとんど学舎と寮の往復だけだったから...」
「そっか。じゃあ、今度ゆっくり案内してあげるね」エレナの声には少し申し訳なさそうな響きがあった。
「うん、ありがとう」遥斗は嬉しそうに頷いた。
しばらくすると、馬車は大きな門の前で止まった。門には「アストラル」の文字が刻まれている。
「着いたわよ」エレナが言った。
門が開き、馬車はゆっくりと中に入っていく。遥斗とトムは、目の前に広がる広大な庭園に息を呑んだ。
「すごい...」トムが小さく呟く。
馬車が玄関前で止まると、ヘンリーが扉を開けてくれた。
「お嬢様、到着です」
三人が降り立つと、別の執事らしき人物が現れた。
「お嬢様、ご友人の方々、ようこそお越しくださいました。ルシウス様がお待ちです。こちらへどうぞ」
遥斗とトムは、まるで夢でも見ているかのような気分で、エレナの後についていった。
執事に導かれ、三人は広い庭を横切っていった。遥斗は、手入れの行き届いた植え込みや、色とりどりの花々が咲き誇る花壇を目にして、その美しさに見とれていた。
「ここが...エレナの家...」遥斗は小さく呟いた。
トムも同じように圧倒されている様子だった。
エレナは少し恥ずかしそうに二人を見た。「そんなに驚かないで。慣れてしまえば、普通の家よ」
しばらく歩くと、庭の奥に独立した建物が見えてきた。それは普通の一軒家よりも大きく、どことなく不思議な雰囲気を醸し出していた。
「あれが、ルシウス様の研究室です」執事が説明した。
三人が建物に近づくと、ドアが開き、一人の男性が姿を現した。
「やあ、エレナ。そして...君たちが噂の生徒さんたちかな?」
遥斗とトムは、目の前の人物に驚きを隠せなかった。長い銀髪をなびかせ、20代後半とも思える若々しい容貌の持ち主。その目は好奇心に満ちあふれ、知的な輝きを放っていた。
「ルシウスおじさま。こちらが遥斗くんと、トムくんです」エレナが2人を紹介した。
ルシウスは二人を見つめ、特に遥斗に興味深そうな視線を向けた。
「エレナから聞いたよ。君、異世界人なんだって?アイテム士とは興味深い。普通はレアな戦闘職だからね」
遥斗は、その直接的な物言いに少し戸惑いながらも、苦笑せずにはいられなかった。
「は、はい。そうです」
トムは、興奮を抑えきれない様子で、ルシウスを見つめていた。
「ル、ルシウス様!僕、あなたの研究論文読みました!」
ルシウスは少し困ったような、でも嬉しそうな表情を浮かべた。
「おや、そうかい。読んでくれてありがとう。でも、ルシウスと呼んでくれていいよ。ここでは堅苦しい肩書きは必要ないからね」
三人を中に招き入れると、そこには想像を超える光景が広がっていた。天井まで届きそうな本棚、不思議な形をした実験器具、そして部屋の中央には大きな魔法陣が描かれていた。
「さあ、遠慮なく座って」ルシウスは三人をソファに案内した。
「何か飲み物でも持ってこようか?」
「私が準備します。みんなは何がいい?」
エレナが慌てて立ち上がった。
飲み物が用意され、全員が落ち着くと、ルシウスは遥斗に向き直った。
「それで、遥斗くん。エレナから聞いた話によると、君は魔法やこの世界のシステムについて、とても興味深い質問をしているそうだね」
遥斗は少し緊張しながらも、頷いた。「はい。特に、小瓶の生成や質量保存の法則について...」
「質量保存の法則?面白い。その概念をどこで学んだのかな?」ルシウスの目が輝いた。
「いえ、僕の世界では当たり前の...」
ルシウスは遥斗の解説を聞き立ち上がった。「これは非常に興味深い。君の世界の物理法則と、この世界の魔法体系...これらを比較研究できれば、新しい発見があるかもしれない」
彼は部屋の中を歩き回りながら、次々と考えを口にした。
「質量保存...そうか、だからアイテム生成に疑問を持ったんだね。確かに、一般的な魔法理論では説明がつかない」
遥斗は、自分の疑問が的確に理解されたことに、喜びと安堵を感じた。「はい、そうなんです!」
ルシウスは遥斗の前に立ち、真剣な表情で言った。
「遥斗くん、私と一緒に研究してみないか?君の視点は、この世界の魔法理論に新たな光を当てるかもしれない」
遥斗の目が大きく見開かれた。「え?本当ですか?」
エレナとトムも驚いた様子で、互いの顔を見合わせた。
ルシウスは満面の笑みを浮かべた。「もちろん。これは非常に興味深い研究テーマだ。さあ、早速始めようじゃないか。まずは、君のアイテム生成能力を詳しく見せてもらおう」
遥斗は、興奮と期待で胸がいっぱいになるのを感じた。ついに、自分の疑問に答えを見つけられるかもしれない。そう思うと、これまでの不安や孤独感が薄れていくのを感じた。