166話 明かされる陰謀と見えない脅威
瞼が重い。
意識が戻り始めた時、マーガスは自分がベッドに寝かされている事に気が付いた。
「あら、目が覚めましたか?」
サラの優しい声が聞こえる。
「ここは...?」
マーガスは周囲を見回す。
木造の天井、暖炉の温もり。
見知らぬ部屋の中で、彼は少しずつ意識を取り戻していく。
「シルヴァリス山脈の頂上付近にある宿泊施設です」
サラが丁寧に説明する。
「昨日から眠りっぱなしで、なかなか目を覚まさなかったんですよ。心配しました」
(確か賊に襲われて...)
記憶が曖昧に浮かび上がる。
遠い夢のような、どこか現実味のない出来事として。
「はは...ちょっと変な夢を見まして...」
(サラさんに裏切られて、賊にボコボコにされるなどあるわけがない)
マーガスが苦笑する。
「あら、そうなんですか?」
サラも柔らかく笑みを返す。
「ところで、これをどうぞ」
そう言って小さな包みを差し出した。
「おお!ありがとうございます。プレゼントとは!このマーガス、貴方のお気持ち確かに受け取りました!」
マーガスは顔を輝かせながら包みを受け取る。
しかし開いた中身は、粉々に砕け散った銀の盾の破片だった。
「散らばっていたものは全て集めておきました。ミスリルの剣も回収してあります」
サラの言葉に、マーガスの顔から血の気が引く。
「夢じゃなかったぁぁぁ!」
ベッドから勢いよく飛び起きる。
その動作があまりに激しかったため、サラが慌てて押しとどめようとする。
「皆は...他の皆をどうした!?」
マーガスが周囲を見回しながら叫ぶ。
部屋の中にはサラがいるだけで、他のメンバーの姿が見当たらない。
「アルケミック!」
咄嗟の判断で、マーガスは銀の破片を武器へと変化させる。
銀色の光が収束すると、そこには一振りの剣が姿を現していた。
「きゃーーー!」
突然の出来事に、サラが大きな悲鳴を上げる。
「もしもマテリアルシーカーの皆に何かあれば許す事は出来ない!今すぐ遥斗たちを連れてくるんだ!早くしなければ身の安全は保障出来ないぞ!」
マーガスがベッドの上で叫ぶ。
「ちょっとマーガス!何をしているの!?」
ドアが勢いよく開き、エレナが飛び込んでくる。
「エレナ!無事だったのか!」
安堵の表情を浮かべるマーガスに、エレナは呆れたような顔で言い放つ。
「こんな所で刃物振り回さないでよ!危ないじゃない!」
「え?あ?いや、その...」
マーガスの混乱した様子に、遥斗とユーディも部屋に入ってくる。
「体調はどう?って元気みたいだね。体に異常はない?」
「体は大丈夫でも、頭はダメだったみたいだな」
二人の声に、マーガスは改めて自分の体を確認する。
腹部を殴られた痛みも、全身の傷も、跡形もなく消えていた。
「傷は...全然ないな?」
「HP回復ポーションで治しておいたから。大丈夫だとは思うけど一応確認しておいてね。飲んだ方か確実だけど気を失っていたから無理だったんだ」
遥斗が丁寧に説明する。
その時、グゥーっと大きな音が響く。
マーガスの腹から出た音に、部屋にいた全員の視線が集まる。
ユーディが小さく笑う。
「丁度皆で食事をしているところだ。来い」
「どうなっているんだ?一体何が...」
ユーディの後を追って階段を下りていくマーガス。
戸惑いながらも大きな食堂に足を踏み入れると、そこには予想外の光景が広がっていた。
「おお!起きたか!」
「こっちに来て一緒にどうだ!」
「具合は大丈夫か?」
賑やかな声が飛び交う。
粗末な木のテーブルを囲んで、大勢の男たちがエールを飲みながら談笑している。
山小屋らしい素朴な料理が並び、活気に満ちた雰囲気に包まれていた。
(ちょっと待て...この面々は...)
マーガスの目が見開かれる。
テーブルを囲む者たちは、間違いなく昨日自分たちを襲った賊の面々だった。
「なんなんだ...」
困惑の声を漏らすマーガスの前に、ケヴィンが現れる。
「やあ!席を用意してあるよ。こっちだ」
相変わらずの爽やかな笑顔で、彼は案内するように手招きする。
テーブルの端には、ゲイブとアレクスの姿も。
二人もエールを片手に、まるで何事もなかったかのように談笑していた。
「あ、ああ...」
マーガスは混乱したまま、差し出された椅子に腰を下ろす。
目の前には温かい食事と、泡立つエールが既に用意されていた。
「さぁ、改めて!」
ゲイブがエールを掲げ、大きな声を上げる。
「皇帝陛下に乾杯!」
「乾杯!」
食堂中に歓声が響き渡る。
(皇帝...陛下?)
マーガスの混乱は深まるばかり。
ユーディが皇帝だと知っているのは、自分とエレナ、遥斗だけのはずなのに。
遥斗が静かに説明を始める。
「実はね、ユーディが皇帝である事を明かして、事態を収めたんだよ」
「ああ」
ケヴィンが頷きながら続ける。
「陛下に命を救われた。感謝してもしきれない」
「ねぇ。本当に...帝国は重税を課していないの?税が払えない者への労働による罰則も...」
エレナが真剣な面持ちでユーディに向き直る。
「ない」
ユーディの声は断固としていた。
「我が帝国にそのような制度など存在しない」
「しかしイーストヘイブンでは、入港税こそありませんでしたが、帝国防衛のために多額の税を納めていました。領主は、帝国の新しい防衛計画に必要だと...」
ケヴィンが口を開く。
「モンスター防衛計画...」
ケヴィンの話に、遥斗の顔色が一変する。
「宰相ゲオルグ...」
ユーディの声には、抑えきれない怒りが滲む。
「領主一人でここまでの規模の事をするのは無理がある。しかしゲオルグと繋がっていれば可能だ...あいつは宰相だったからな。そしてモンスターを使って帝都の住人を皆殺しにしようとした。そのために多くの命が失われた...」
「それが...帝都で起きたクーデターの真相だったのか」
ケヴィンの声には、恐怖の色が滲んでいた。
「いいえ」
遥斗は静かに首を振る。
「クーデターではありません。彼らの目的は...人族そのものを滅ぼす事らしいです」
「我々は、その真実を追っている」
ユーディが続ける。
「そして入港税は...おそらく、この街に人を入れないためのカモフラージュだろう。ゲオルグはいなくなった今、バートラムは必ず何かを企むはずだ」
「おいおい、まずいんじゃねぇのか?」
ゲイブが不安げな声を上げる。
「イーストヘイブンの住民を皆殺しにする...くらいはやるでしょうね」
遥斗の冷静な口調に、食堂の空気が凍り付く。
その言葉の重みは、まるで死神の宣告のように全員の心に重くのしかかっていた。




