161話 職業の理を超えて
遥斗は、エレナが作り出した琥珀色のポーションを受け取る。
すぐにアイテム鑑定を行った。
-武道家のポーション-
武道家の職業が追加される。能力値には職業補正がかかり、武道家のスキルを得る。効果時間:1時間。
(予想通りだ...)
遥斗はフェイトシェイバーを完全に理解した。
この短刀が何故封印されていたのか。
使い方によっては、まさに世界を揺るがす能力を秘めている。
神に与えられる職業は1人につき1つ。
その絶対なる真理を、クロノス教団は職業の上書きという手段を用いて覆した。
しかしフェイトシェイバーは違う。
時間制限があるとはいえ、職業の書き換えではなく、「追加」なのだ。
この力は果たして、世界の理を越え、どうなっていくのか。
「ありがとう、エレナ」
「うん!」
エレナは満面の笑みで応えた。
遥斗に必要とされたこと、その一点が何よりも嬉しかった。
遥斗はポーションを意識に刻み込む。
武道家のポーションが、新たにアイテム登録された。
そして、ためらうことなくポーションを飲み干す。
琥珀色の液体が喉を通り、遥斗の全身に広がっていく。
生命の奥深くに、武道家という職業が刻み込まれる感覚。
次の瞬間、いくつかのスキルが意識に流れ込んできた。
立ち上がった遥斗は、すぐさまスキルを発動する。
「息吹!」
大きく深い呼吸と共に、全身に生命力が巡る。
内臓の破裂による出血が止まり、体の状態が正しく修正されていく。
失われたHPが回復していった。
「エレナ、待っていて。マジックバックを取って来る」
遥斗の声に、エレナは頷きだけで応える。
アレクスに向かって走り出す遥斗。
加速のポーションを使った時とは、まるで違う感覚だった。
時間の流れが遅くなるのではない。
自分自身の身体能力が、根本から強化されているのを実感する。
アレクスは既に巨大な盾を構えていた。
その横では、サラが補助魔法の準備を整えている。
「シールドバッシュ!」
アレクスの雄叫びと共に、盾が突き出される。
その威力は、岩をも砕くほどの破壊力を持っていた。
だが遥斗は、大地を力強く踏みしめると右手の縦拳を繰り出す。
それは先ほどゲイブが放った「崩撃」。
武道家の魂を抽出した時に、その技も共に得ていたのだ。
鈍い衝撃音が山肌に響く。
(な...何てことだ...!)
アレクスの目が見開かれる。
(あ、あんな小さな体で、こ、この俺と互角に...!)
サラも驚愕の表情を隠せない。
目の前で起きている光景が、現実とは思えなかった。
巨体のアレクスが渾身の力で放ったシールドバッシュを、遥斗は真正面から受け止め、互角の打ち合いを演じていたのだ。
アレクスは遥斗の攻撃に本能的な恐怖を覚え、即座に防御態勢に入る。
「シールドウォール!」
盾から放たれた魔力が壁となって広がり、完全な防御圏を作り出す。
確かに魔力は刻一刻と失われていく。
しかしサラの補助魔法がある限り、この防壁は決して破られることはない。
(こ、これで...完璧だ)
アレクスの中で、小さな安堵が広がる。
守備において最強――それは誇り高き盾術士の自負だった。
「ありがとう」
遥斗の静かな声に、アレクスは全身の筋肉が萎縮する。
(な、な、なぜ礼を...?)
その疑問の答えを知るまでもなく、遥斗の手が光を放った。
「ポップ!」
遥斗の掌に、緑色に輝く最上級HP回復ポーションが出現する。
ポーション生成には必ず素材が必要となる。
等価交換の原理――それは遥斗のアイテム士としての根幹を成す知識。
しかしそれは、遥斗だけが知る真実だった。
そして今、その素材となったのは――アレクスのHPそのもの。
「うっ...!」
突如、アレクスの体から力が抜けていく。
理由も分からぬまま、巨体が地面に崩れ落ちる。
「な...何を...」
アレクスの視界が霞み始める。
HPが一瞬のうちに奪われ、意識が遠のいていく。
シールドウォールは魔力の供給を失い、もろくも崩れ去った。
遥斗の生成は攻撃にあらず。
ゆえに防御で防ぐことは敵わない。
完璧な防御の殻に閉じこもった瞬間こそが、最大の隙だったのだ。
自分を守るアレクスがいなくなったことで、無防備になったサラが咄嗟に錫杖を振りかぶる。
「この!」
一見ひ弱そうな杖だが、魔力を纏わせることで見た目以上の破壊力を持つ。
しかし――その時既に遥斗の拳は動いていた。
鈍い音が響く。
崩撃がサラのみぞおちに深く沈み込んでいた。
「がはっ...!」
白目を剥いて、サラの体が崩れ落ちる。
遥斗は気絶したアレクスの傍らから、自分とエレナのマジックバックを回収する。
その動作の中で、彼は確信を得ていた。
(やっぱり...二つの力を同時に使える)
それらは互いを打ち消し合うことなく、むしろ相乗効果を生み出していた。
先ほどの一連の戦いは、その証明でもあった。
アイテム生成能力と、武道家の戦闘技術。
その組み合わせが、新たな戦い方を可能にしている。
遠目に戦いを見ていたゲイブは、アレクスとサラがあっけなく倒れる様子に呆然としていた。
「ケヴィン!」
ゲイブが怒りに任せて部下の襟首を掴む。
「おいおい!話が違うじゃねえか!あいつはアイテム士だって言ったよな!なんで格闘術を使えるんだ!」
「ちょ...違います、ゲイブさん」
ケヴィンは爽やかな笑顔を崩さない。
「確かにアイテム士でした。自分でもそう言ってましたし、俺も間違いないと判断しました」
「なら、なんだあの強さはよ!?」
「さぁ...」
ケヴィンの表情が曇る。
「でも、それより大問題です」
「何が問題だ」
「マジックバックを取られました。あの中には...」
「あの中には何だ?」
「武器が入っているんですよ...とんでもなく強力な...魔力銃ってやつが...」
ケヴィンの顔から血の気が引いていく。
「チッ!」
ゲイブは舌打ちし、ケヴィンの襟首を放す。
「くそっ!なぜ早く言わん!お前らぼさっとすんな!やっちまえ!」
ゲイブの号令と共に、グリーズファンガスの面々が一斉に襲いかかってくる。
その時すでに、遥斗の元にエレナが駆け寄っていた。
「エレナ、取り返したよ」
遥斗はマジックバックを差し出す。
「あ、ありがとう...」
少しだけ戸惑った様子でバッグを受け取る。
あまりに冷静な遥斗に、エレナはほんの僅かだが恐怖を覚える。
受け取ったマジックバックを開け、魔力銃を取り出す。
そして恐怖心の弾丸を装填していく。
命中した相手を恐怖状態にし、戦闘不能に追い込む特殊な弾丸だ。
(私に人は...殺せない...)
それを察したように、遥斗が静かに告げる。
「援護をしてくれればいいよ、お願い」
そう言い残すと、白い軌跡を描いて、遥斗は敵陣へと飛び込む。
アイテム士でありながら、魔力銃ではなく格闘戦を選択した。
エレナは遥斗の背中を見つめながら、しっかりと魔力銃を構える。
もう迷いはない。
遥斗を守るため、彼女は引き金を引く覚悟を決めた。




