157話 通行の代償
シルフィスの風が、イーストヘイブンの港に停泊する。
甲板から見える岸壁には、黒い鎧に身を包んだ兵士たちが立ち並んでいた。
「なんだこれは!?なぜ降りられないんだ!」
船長が怒声を上げる。
「ここから先は通行止めだ。港に入りたければ入港税を払ってもらおうか」
兵士の一人がのんびりと告げる。
「入港税だと?そんなもの聞いたことがない!」
一人の商人が前に出て抗議する。
「私は十年来この港を使っているが、そんな税金など初めて聞くぞ!」
「へぇ、十年来ですかぁ。なら知っておくべきでしたね」
兵士が意地の悪い笑みを浮かべる。
「新しい規則です。港に入りたい方は、一人につき銀貨10枚。簡単でしょう?」
別の商人が叫ぶ。
「銀貨10枚!?ふざけるな!それじゃ利益なんて出やしない!」
「何が起きているんだい?」
ケヴィンが船長に尋ねる。
「どうやら勝手に入港税なるものを設けたらしい。しかも法外な金額で、だ」
船長は歯ぎしりしながら説明する。
「まぁまぁ、そう怒らないでくださいよ」
兵士が軽薄な態度で手を振る。
「荷物だけなら...そうですねぇ、置いていってもいいですよ?」
「何!?」
船長の怒りが爆発する。
「客の荷物を勝手にとる気か!」
「とる、なんて失礼な。お預かりするだけです。税金が払えないなら、それくらいの協力はしていただかないと」
兵士がにやにやと笑う。
「これは完全な強盗だ!」
「誰の差し金だ!領主に訴えてやる!」
商人たちの怒号が響く。
「皇帝陛下の勅命と領主様から伺っておりまーす」
兵士は意味ありげな笑みを浮かべる。
「文句があるなら、直接言いに行かれては?まぁ、税金を払わないと港にも上がれませんがね」
怒号と罵声が飛び交う中、遥斗たちは状況を見守るしかなかった。
イーストヘイブンの港は、予想以上の暗雲に包まれていた。
「みなさん、どうしましょう?」
サラが不安げに一行を見回す。
ユーディの緑の瞳が怒りに燃えていた。
「ふざけた真似を!勝手に税を設けるなど言語道断!帝国領内でこのような所業が許されるはずがない!我は指示した覚えも許可した覚え...モガモガ!」
「ユーディ!」
エレナが慌てて制する。
「落ち着いて!」
エレナは必死に少女皇帝の口を抑え、羽交い絞めにする。
「ここは俺が行く!フハハハハハ、貴族の威厳を見せてやろう」
マーガスが前に進み出る。
マーガスはイーストヘイブンの港の兵士たちの前に、華麗に舞い降りた。
「よく聞け兵士たちよ!私はアストラリア王国辺境伯、ダスクブリッジ家次期当主、マーガス・ダスクブリッジだ!今すぐ無法を詫びてここを通すのだ!」
兵士たちは顔を見合わせ、くすくすと笑い始める。
「へぇ、ダスクブリッジ?知らないなぁ、そんな名家」
「おいおい、子供の嘘にも程があるぜ」
「な...なんだと!?」
マーガスの顔が怒りで真っ赤になる。
「この常識知らずの恥知らずが!無礼すぎるだろう!」
「まずいな...こんなところで揉め事になったら...」
ケヴィンが焦りの色を見せる。
「マーガス、待って!」
遥斗が人込みをかき分けて、マーガスのところに出てきた。
「ここは...お金を払った方がいいよ」
「何ぃ!?」
マーガスが振り返る。
「目的を忘れちゃダメだ。僕達がここに来たのは...エルフの国に行くため。今はそれが最優先だろ?」
遥斗は真剣な表情で訴える。
「しかい、このような言いぐさは許されるものではないだろうが!騎士として、これを見過ごすわけにはいかん!」
「モガモガ...!ウガウガ...!」
エレナに口を押さえられたユーディも必死で何かを訴えようとする。
「おいおい」
ケヴィンが不安そうに声を上げる。
「そんな大金、本当に払えるのかい?ひとり銀貨10枚っていったら...」
サラも心配そうに続ける。
「ケヴィンの言う通りよ。私たちの依頼料に匹敵するわ...」
遥斗がマジックバックに手を入れながら、小声で続ける。
「どうせエルフの国では人族の通貨なんて使えないでしょう?なら、ここで使い切ってもいいんじゃないかな」
「むぅ...」
マーガスの表情が複雑に歪む。
確かにエルフの国に入れば帝国の貨幣は無用になる。
「グムグム...!」
ユーディが何やら激しく身振りをする。
エレナは相変わらず必死に皇帝の口を押さえている。
「まさか、君たち...本当に払うつもりなのかい?」
ケヴィンが驚いた表情で遥斗を見る。
「ええ」
遥斗が銀貨の入った袋を差し出す。
「はい、70枚です」
「へへへ、お利口さんだ」
兵士は下卑た笑みを浮かべながら袋を受け取る。
「さぁ、どうぞお通りください。イーストヘイブンへようこそ」
一行は黙々と港を後にする。
石畳の通りを進み、兵士たちの姿が見えなくなったところで、ユーディが爆発した。
「帝国がそのような税を認めているはずがない!我が直々に確認する!帝国法で明確に禁止されているはずだ!」
「でも...」
サラが慎重に言葉を選ぶ。
「最近、帝都で大きなテロがあったと聞きます。もしかすると、復興のための税なのでは...」
「そのようなことは絶対にない!帝国が認可していない税を徴収することは、即ち反逆罪だ!」
ユーディの反論は強く、断固としたものだった。
「まぁまぁ。とりあえず宿を探さないか?明日は早朝の出発になるよ」
ケヴィンが場を和らげるように話しかけた。
「早朝ですか?」
エレナが首を傾げる。
「ええ」
サラが説明を始める。
「エルフの国に行くには、シルヴァリス山脈を越えないといけないんです。危険な山道ですから、出来るだけ明るいうちに越えましょう」
「シルヴァリス山脈...」
遥斗はその名を繰り返す。
銀色の岩肌と古代の伝説が残る山々。
エルフたちの聖域を守る自然の要塞とも呼ばれる場所だ。
「そうね、だったら今日は早めに休みましょう」
エレナも承諾する。
「あそこに宿があります」
サラが石造りの建物を指差す。
「この辺りでは評判の良い宿なんですよ」
一行は重い足取りで宿へと向かった。




