154話 氷の墓標
「なんだ、あの水柱は!?」
マーガスの声が、轟音にかき消されそうになる。
水面から数メートルの高さまで立ち上がった水柱が、周囲に飛沫を撒き散らす。
その水しぶきは陽光を受けて一瞬きらめき、小さな虹を作っていた。
「うおっ!?」
バランスを崩したマーガスが手すりに掴まる。
何が起きたのか理解できないまま、混乱した表情を浮かべる。
その横を、遥斗とエレナが駆け抜けていった。
「マーガス!今よ!音爆弾で敵が水面に出てくる。この瞬間を逃すと、また水中に潜られちゃうわ!」
「なっ...待て!」
慌てて立ち上がったマーガスは、白銀の弓を握り直す。
二人の後を追いながら、ようやく状況を把握し始めていた。
(遥斗め、またこんな作戦を...!)
「あそこだ!」
ユーディが船首から前方を指差す。
「次々と浮上してきているぞ!」
波打つ水面から、銀色の巨体が次々と姿を現す。
音爆弾の衝撃で気を失ったスケイルサーペントたちは、まるで浮きのように水面に浮かび上がってきていた。
「すごいね...これがアイテムの力か」
ケヴィンは爽やかな笑顔の中に驚きを滲ませる。
「護衛の身だけど、こんな戦法は初めて見たよ。君たち、面白いパーティだ」
12体の巨大な魔物たちが、ゆっくりと水面に浮かんでいた。
音爆弾の一撃で、水中の脅威は一気にその牙を失っている。
「見事だ佐倉遥斗、12体を一撃で倒すとは」
ユーディが満足げに頷く。
「まだです!」
遥斗の声が響く。
「まだ倒せていません。気絶しているだけです。このまま放置すれば、すぐに目を覚ましてしまいます!エレナ、行くよ!」
「ファイア!」
遥斗とエレナの掛け声が重なる。
2人の放った氷結弾が、目標目掛け一直線に飛んでいく。
白く輝く魔力の弾は、水面に浮かぶスケイルサーペントに直撃した。
氷結弾がスケイルサーペントの銀色の鱗に命中した瞬間、白い霧をまき散らせながら弾け散る。
中から放たれた無色透明の液体が、周囲に飛び散った。
その液体は窒素だった。
マイナス百九十六度という極低温の液化窒素は、触れたものを一瞬で凍結させていく。
氷結弾の効果は、スケイルサーペントの体表から徐々に内部へと広がっていく。
銀色の鱗は白く凍り付き、その姿はまるで氷の彫刻のようだった。
気絶していたモンスターたちは、身動きすら取れないまま、次々と氷の牢獄に閉じ込められていく。
「マーガス!今だ!凍ったモンスターを狙って!」
遥斗の声が響く。
「言われなくてもわかってる!」
マーガスは左手のミスリルの弓を構え、魔力を込めていく。
弦に架けられた矢が青白い輝きを帯び、オーラの光を纏い始めた。
「これで...トドメだ!マルチショット!」
マーガスの放った五つの魔力の矢が、凍り付いた魔物たちを貫く。
氷漬けとなった巨体は、ガラスが砕けるような音を立てて、粉々に破裂した。
「お見事!」
ケヴィンが感嘆の声を上げる。
砕け散った氷の破片は、まるで星屑のように光を放ちながら、光の粒子となって消えていく。
その光景は幻想的で、水面に映る陽光と相まって、美しくさえあった。
「リロード!」
遥斗の掛け声が響き、素早い手つきで魔力銃に通常弾を装填していく。
「アルケミック!」
エレナの詠唱が始まる。
彼女の手の中で、氷狼の霜毛と通常弾が白い光に包まれる。
光の中で二つの素材が溶け合い、水の結晶のような模様が刻まれた冷凍弾が完成した。
それを手際よく魔力銃に装填していく。
「ファイア!」
遥斗の掛け声で、二人の魔力銃から弾が放たれる。
遥斗の放った通常弾は、凍り付いたスケイルサーペントの体を貫いていく。
氷のように脆くなった鱗を砕きながら、魔力の弾は巨体を粉砕していった。
エレナの冷凍弾は、まるで霜の花が咲くように、着弾したスケイルサーペントを中心に白い結晶の網目を広げていく。
気絶しているモンスターの体が、次々と氷の彫刻へと変わっていった。
「マルチショット!」
マーガスが放った五つの魔力の矢は、それぞれ標的を捉える。
氷漬けとなった残りのスケイルサーペントたちは、一斉に砕け散った。
光の粒子となって消えゆく魔物たちを、シルフィスの風の乗組員たちが呆然と見つめていた。
たった4人の連携で、水中の脅威は完全に排除されたのだ。
「あっ!素材が...!」
エレナが声を上げる。
スケイルサーペントの体から放出された素材――銀色に輝く鱗が、次々と水底へと沈んでいく。
「仕方ないよ、倒せただけでも幸運だったと思うよ...」
「そうよね。あのままだったら、私たちみんな蛇のエサだったんだから」
危機を脱した遥斗に、エレナに柔らかく微笑みかける。
「うー、しかしもったいないぞ」
マーガスが歯痒そうに呟く。
貴重な素材を目の前で失うのは、遥斗もアイテム士として辛いものがあったが、誰も傷つかずに生き残れた喜びの方が大きかった。
遥斗、エレナ、マーガスが赤い光に包まれる。
「レベルアップしたみたいだね、おめでとう」
ケヴィンが3人の様子に気が付いて祝福してくれた。
「大丈夫ですか!?」
サラが真っ先に駆け寄ってくる。アレクスも無言で続く。
「みなさんご無事でよかった。さすがはケヴィン、敵の攻撃から完璧に守り切りましたね」
サラがケヴィンに賛辞の言葉を述べる。
「いやぁ」
ケヴィンは後頭部を掻きながら説明を始める。
「実は俺、ほとんど見てるだけだったんだ...彼ら完璧な連携プレイだった」
「そ、そうなんですか?私たち、必要なかったのかもしれませんね...」
サラが俯く。
「そんなことないわ!」
エレナが即座に首を振る。
「ケヴィンさんが槍で魔力の鱗を防いでくれなかったら、作戦を実行できなかったもの。アレクスさんの盾のおかげで、私たちは安心して戦えたわ」
「その通りです、レディ」
マーガスが一歩前に出て、優雅に頭を下げる。
「あなたの勇敢な行動がシルフィスの風を救ったのですよ」
王国騎士に恥じない態度で接するが、どこに出しても恥ずかしい台詞だった。
「いや、今回の勝利は明らかに佐倉遥斗の手柄であろう」
ユーディが冷静に指摘する。
「ふん、お子様には、このマテリアルシーカーのリーダーであるマーガス様の、巧妙なる采配が理解できないようだな」
マーガスが高慢に嗤う。
「ほう?お子様とは...剣でその言葉、証明してもらおうか」
ユーディの緑の瞳が鋭く光る。
「まぁまぁ」
ケヴィンが二人の間に入る。
「それにしても、アイテム士がなぜこのパーティにいるのか不思議だったけど」
爽やかな笑顔で遥斗を見る。
「君がこのパーティの頭脳だったってことね。納得したよ」
「い、いえ、そんな...」
遥斗は赤くなって俯く。
「みんなが協力してくれたから上手くいっただけです。一人じゃ何もできませんから」
「いや、君は立派だよ」
ケヴィンは親指を立てて、満面の笑みを向ける。
「的確な判断を下し、仲間の力を最大限に引き出せる。その能力は誇っていいぞ」
サラが静かに頷き、アレクスも珍しく表情を緩める。
アイアンシールドの面々が、無言で同意を示していた。
「ありがとうございます」
遥斗は深々と頭を下げる。
胸の中に、温かなものが広がっていく。
アイアンシールド。
遥斗はこのパーティに出会えて、本当によかったと感じた。




