148話 水の都の宝物
丘の上から眺めるヴァイルガードの街並みは、遥斗のいた世界とは全く異なっていた。
巨大な城壁に囲まれた都市の中央には、まるで天を突くかのような巨塔が聳え立つ。
その周りを取り囲むように白亜の建物群が広がり、街全体が幾重もの円を描くように配置されていた。
「あの塔は何なんですか?」
遥斗が指差した先で、白い巨塔が陽光を反射して輝いている。
「配水塔だ。レーゲン湖から水を汲み上げ、都市全域に水を供給する施設なのだ。魔法と機械の力を組み合わせた我が国の技術の結晶だ」
ユーディが誇らしげに説明する。
一行は丘を下り、石畳の街路を船着き場へと向かう。
通りには様々な店が立ち並び、活気に満ちていた。
水路が街中を縦横に走り、小舟が行き交う姿も見える。
「おい!あれ見ろよ!」
マーガスが指差した先には、魚を山と積んだ荷車が通りかかっていた。
「レーゲン湖の恵だな。この街の主要な産業の一つだ」
ユーディの説明に、遥斗は改めてこの街と湖との深い結びつきを実感する。
石畳の道を進むにつれ、徐々に建物の様子が変わっていく。
商店や住宅が減り、倉庫のような大きな建物が増えてきた。
空気も湿り気を帯び、湖からの風が感じられるようになる。
「着いたみたい」
エレナの声に振り向くと、そこには巨大な船着き場が広がっていた。
大小様々な船が停泊し、荷物の積み下ろしに追われる作業員たちの掛け声が響く。
その中でも一際目を引く帆船があった。
3本のマストには真っ白な帆が畳まれ、艶のある木の船体は丁寧に手入れされている。
船首には人魚の彫像が取り付けられ、その技巧の細かさに目を奪われる。
「あれが我らの乗る『シルフィスの風』だ」
ユーディが指差した帆船は、その名に恥じない優美な姿をしていた。
「これだけの大きさがあれば、100人くらいは余裕で乗れそうですね」
遥斗が感心して見上げると、甲板では既に乗組員たちが出港の準備に追われていた。
「ヴァルハラ帝国が誇る商船の一つだ。シルフィス川の水運を支えておる。二層の客室があり、食堂や娯楽室まで備えているのだぞ」
「なかなかやるじゃないか、帝国の船!この王国騎士の相応しい船だ!」
マーガスは既に興奮状態で、子供のように目を輝かせている。
その時、一人の男が桟橋から手を振った。
「お客様方でしょうか?只今準備を進めておりますが、出港まであと5時間程、時間をいただいております」
端正な顔立ちの青年は、船の事務長らしい。
「げっ5時間もか。どうする?」
マーガスがエレナたちに問いかける。
「うーん、ここで待つのも一つの手だけど、ね」
「ならさっきの通りまで戻って、商店で何か見ていかない?」
遥斗が提案する。
「そうだな。足りないものがあれば買い足すのも良かろう」
ユーディも賛成する。
「では決まりだな!行くぞ!」
マーガスが先頭になって歩き出した。
一行が商店街へ戻ると、そこには先ほどより多くの人で賑わっていた。
昼時に近づき、活気が増してきたのだろう。
「あれ見て、アイテムショップがあるよ」
遥斗が看板を見つける。
「『湖畔の安らぎ』...薬屋かしら」
エレナが看板を読み上げる。
店内に入ると、小さな鈴の音が響いた。
棚には色とりどりのポーションが並び、壁には様々な護符やお守りが飾られている。
薬草の香りが漂う店内には、既に数人の客が品定めをしていた。
「いらっしゃーい!」
明るい声と共に、中年の女性が奥から現れる。
エプロンを着けた少し豊満な体型の店主は、人懐っこい笑顔を浮かべていた。
「まあ、若いお客様方ね。冒険者さん?」
「は、はい、そうです」
遥斗が答えると、店主の目が輝いた。
「あら、ちょうど良かった!昨日入荷したばかりの上等な回復薬があるのよ。レーゲン湖の霊水を使って作ったのよ。HP回復効果に加えて、解毒と腹痛回復の効果もあるのよ」
店主は棚から青みがかった小瓶を取り出す。
「それに、これなんてどう?船酔い回復の香草飴よ。吐き気があっても食べやすいでしょ?」
次々とアイテムを紹介する店主の熱意に、さすがのマーガスも戸惑いの表情を見せる。
「おっと、戦士の方には這刃油がお勧めよ。刀身に塗ると切れ味が増すの。ヴァイルガードの職人が作った逸品なのよ」
「へ、へえ、それは良さそうですね」
マーガスがあいまいに返事をする。
「それと、この護符はどう?邪気を払うのに効果があるって評判なの。エルフの国に行く方には特にお勧めよ」
店主はウインクしながら、小さな布袋を取り出した。
「どうしてエルフの国だってわかったんですか?」
遥斗が驚いて聞く。
「あはは、あなた達素材採取のパーティでしょ?この街で船を待つ若い冒険者と言えば、たいていエルフの国行きよ。あそこには珍しい素材があるからね」
「ほほう、そうなのか」
ユーディが興味深そうに店主の話に聞き入る。
「それじゃあこれなんかどうかしら?」
店主は奥から不思議な形をした球を取り出してきた。
「これは湖底で採れる希少な素材なの。他の素材と融合すれば新しいアイテムを作り出せるわ。錬金術師に頼めば、すごい物もできるわよ」
エレナが球を手に取り、じっと観察している。
「確かに良質な魔力を感じるわ。錬金素材としてかなり優秀みたい。イメージした機能を付与できそう」
「他にも色々あるわよ。ゆっくり見ていってね」
店主は満面の笑みを浮かべながら、棚の奥からまた新しいアイテムを取り出し始めた。
遥斗は球をアイテム鑑定する。
-素材球-:様々な錬金の素材となり、組み合わせた素材の特性を保持したまま新たなアイテムを生成できる。錬金術師専用の高度な触媒アイテム。
(こ、これって結構とんでもないかも...)
「ちょ、ちょっと遥斗くん、そんなに近付かれると恥ずかしいんだけど...」
遥斗は観察に夢中になって、いつの間にか素材球を持つエレナにぴったりとくっついていた。
顔を赤らめ、飛びのくように慌ててエレナから離れる。
「ご、ごめん!」
「そんなに逃げるようにしなくてもいいのに...」
エレナが少し膨れている。
「あの陛...ゴホン、ゴホン!いやユーディ様!」
「なんだ突然?大きな声で」
「いえ、もし金銭的に余裕があったら、この素材球が欲しいのですが!」
「別に構わんぞ?帝国内なら自由に買ってよい」
「ありがとうございます!」
先ほどの店員のおばさんを大声で呼ぶ。
「すみませーーーん!」
「はいはい、お決まりかい?」
「はい!これを下さい!」
「お目が高いね、いくつ必要だい?」
おばさんはにこやかに聞いて来る。
「この店にある分全部!」
「ありがとうよ、全部だね...って全部ーーーー!!!」
「お願いします!」
目を輝かせて常識はずれな行いをする遥斗に、ユーディが呆れていた。
「佐倉遥斗...本当に恐ろしい奴よ...」




