146話 エレナの告白
出発を明日に控えて遥斗は自室で地図を眺めていた。
予定では帝都からヴァイルガードの街へ転移魔法陣を使って移動を行うらしい。
帝都からいくつかの主要都市へは転移移動網が整備されており、これによって帝国内の物流が支えられているとのこと。
遥斗は改めてヴァルハラ帝国の魔法技術力の高さに驚かされた。
ヴァイルガードからは巨大な湖「レーゲン湖」から伸びる「シルフィス川」を船で下って港町イーストヘイブンへと向かう。
イーストヘイブンは、エルフの国ルナークとの国境に最も近い貿易都市だ。
馬車で国境を越えれば、ルナークの街ナチュラスに到着する。
1週間もあれば到着するし、野宿もする必要はない。
金銭的には1番費用がかかるが、ヴァルハラ帝国全額負担なので気楽な旅だ。
問題はルナークに入ってからだ。
帝国貨幣は全く意味を持たないらしい。
ただし物々交換になるが、先日の戦いで沢山手に入った素材で路銀は賄える。
当面はそれで凌げるだろう。
フレイムキマイラの「業火の牙」は灼熱の炎の力を秘め、レッドワイバーンの「赤竜の鱗粉」は強靭な防御力の源。
ブラッドベアの「血紅の獣皮」は生命力溢れる素材で、フロストウルフの「氷狼の霜毛」は凍てつく寒気を帯びている。
グリフォンガードの「守護獣の金羽根」は神々しい輝きを放つ貴重な素材だ。
これらはすべて戦いで得た戦利品の数々だった。
素材はエレナが一括で預かってくれている。
遥斗は本当に、エレナが一緒に来てくれた事に感謝していた。
魔力銃の弾丸を錬金してくれるし、特殊弾も作れるようになった。
彼女がいるといないとでは、遥斗の戦力が雲泥の差だ。
その時扉がノックされた。
「あ、はい、どうぞ!」
慌てて返事をする。
扉を開けて入ってきたのはエレナだった。
「遥斗くんちょっといいかな?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの」
「相談したい事があって。魔力銃の弾なんだけど、今ある素材で特殊弾作れないかな?私じゃ完成イメージが湧かなくって...ごめんなさい」
少し申し訳なさそうにエレナが目を伏せる。
「そんな、謝らないでよ」
「でもエレナにも出来ない事があるんだね。何でも出来ると思ってた」
「私なんか!...全然駄目だよ」
「駄目じゃないよ!だって貴族で、錬金術師で、強くて、頭が良くて...」
遥斗が言えば言うほどエレナの表情は沈んでいく。
2人の間に沈黙の時間が流れる。
「遥斗くん。私の話きいてくれる?」
「うん。聞かせて」
「私の生まれたファーンウッド家ってね、王族に連なる家系なんだ、公爵っていうのは元々王族の親族で構成されてるんだけどね」
「やっぱりそうなんだ。王女様と名前似てるとは思ってたんだ。ファーンウッドも一緒だったし」
「王族に何かあれば、代わりの王位を継ぐの。その為の教育を生まれた時から施された。私の兄も姉もそうだった」
遥斗は黙ってエレナの話を聞く。
「優先順位から言えば叔父の直系の方が高いし、他の公爵家もいるから、私の家から王は出る事はないんだけど」
「それでも基本的には国の運営に係る仕事をするの。ただ3男2女の次女までは仕事が回って来ないかな」
「私と違って兄も姉も錬金術師の才能は凄かった。みんな上級錬金術師。父の魔道具開発局で働いてる。元々ルシウス叔父様も、兄たちの家庭教師の為に食客に呼ばれたんだ」
遥斗はここでルシウスの名前が出てきて驚いた。
確かに何故ルシウスがエレナの家に住んでいたのか、言われてみれば不思議だったが納得できる理由だった。
「私には父が期待する程の才能は無かった...だから冒険者になって家を出ようと思ったの。父は他の貴族に嫁いで欲しかったみたいだったけれど。でも私にはその気は無かった」
「それで訓練所にいたんだね」
「ふふっそうね、戦闘も得意な方だったし。冒険者でもやっていけると思った。でも現実は甘くなかったわ。結局はステータスが全て、いいえ、違うか。神に与えられた職業が全てだった」
「そんな...」
エレナの話に遥斗は絶望する。
結局は生まれついての才能が全てで、自分にとっては遥か彼方の存在と感じていたエレナでさえ超える事は難しいのだと知った。
「戦いでは、どんなに努力しても戦闘職には敵わない。マーガスはレア職業だから平気で戦ってるけど、普通は絶対に無理。結局は生まれが全てだと思い知らされた」
「...でもね、違ったんだ」
俯いて話を聞いていた遥斗が顔を上げる。
「みんなが馬鹿にする最弱の職業でも、どんなにステータスが低くても諦めない人を知った。戦い方は一つじゃないって教えてもらった。だから私はもう自分を諦めたりしない」
潤んだ瞳で遥斗を見つめるエレナ。
「エレナ...」
遥斗の視線はエレナの瞳に吸い込まれる。
「あ...ご、ごめんね、変な事いっちゃって」
「う、ううん。じゃ、じゃあ一緒に考えようか」
真っ赤になりながら、遥斗は慌てて話題を変えた。
「これ使えるかな?業火の牙」
そういってエレナがフレイムキマイラの素材を出して来た。
見た目はただの牙だが、その内包された激しい炎の魔力が感じられる。
「炎の弾丸が作れそうだよね」
「そうなんだけど、具体的なイメージが必要なの」
「そうなんだ。じゃあナパーム弾とかどうかな?」
「ナパーム?」
「そう、弾が当たると破裂、中の燃料が飛び散って、それが燃え続けるんだ」
「すごい!具体的なイメージが出来た!それなら作れそう」
そういうとエレナは魔力銃の弾と業火の牙を両手に持つ。
「アルケミック!」
呪文を詠唱すると、2つの素材が光に包まれて混じりあい、やがて5つの赤く輝く弾丸へと変化した。
「遥斗くん!成功したわ!これで新しい特殊弾の完成よ!」
「うん!成功したね!すごいよエレナ!」
2人の実験は夜遅くまで続けられた。
新たな特殊弾の製作に没頭する中で、遥斗は自分の知らないエレナの一面を見ることができた。
その素直に喜ぶ姿に、不思議な感覚を覚えていた。




