144話 最弱のアイテム士
翌日早朝からアストラリア王国とヴァルハラ帝国の会談が開かれた。
広々とした会議の間に集ったのは、アストラリア王国の代表イザベラ率いる使節団、ヴァルハラ帝国の皇帝エーデルガッシュと軍務尚書ブリード、そしてシルバーファングリーダーアリアだった。
朝日が差し込む窓からは、帝都の復興に向かう人々の活気が感じられた。
「それで、調査団には同行は可能であるか?」
挨拶も早々にエーデルガッシュがイザベラに問いかける。
その声には少女らしからぬ威厳に満ちている。
「はい。昨日有志を募りました。本来は王国軍が参加すべきところですが、なにぶん時間が足りず王国貴族を派遣することをお許し願います」
イザベラの態度からは、王国代表としての慎重さが窺える。
「うむ、それは一向に構わん」
「ありがとうございます。ファーンウッド家令嬢エレナ・ファーンウッド、ダスクブリッジ家子息マーガス・ダスクブリッジ、以上2名になります」
「その方らか。よろしく頼む」
「お任せください、陛下」
大げさに頭を下げるマーガス。
その姿勢だけは誰もが認める立派な騎士だ。
貴族としての教育の賜物だろう、少々貴族を勘違いしている感は否めないが。
「それと...」
さらにイザベラが続ける。
「王国の人間ではありませんが、異世界のアイテム士、ハルト・サクラの同行をお許し願いたい。必ずやお役に立てると思います」
少女皇帝の表情が一瞬だけ唯の少女の様に変わるが、すぐに帝国君主のものに戻る。
「佐倉遥斗も同行するのか。大儀である」
「期待にお応えできるように頑張ります」
遥斗は緊張した面持ちで答える。
その姿は、かつての頼りない少年の面影を残しつつも、確かな成長を感じさせるものだった。
「ところでイザベラよ、エドガー・ファーンウッド・ルミナス王に伝言を頼まれてくれぬか?」
「伝言でございますか?」
「ああ、書面でも作成させておるので、必ず届けて欲しい」
「分かりました。それで内容は?」
「ヴァルハラ帝国はアストラリア王国に同盟を申し込む」
「ど、同盟ですか!」
イザベラが思わず声を大きくしてしまった。
王国と帝国は長年犬猿の仲。
両国の歴史は対立と緊張の連続だった。
ゲオルグの暗躍があったとはいえ、昨日までは開戦寸前だったのだ。
正に寝耳に水とは、このことである。
会議室の空気が一気に緊張に包まれた。
「驚くのは無理もない。これまでの2国間の関係からすればな」
「は、はい」
イザベラは曖昧に頷くので精一杯だ。
歴史的な転換点に立ち会っているという実感が、彼女を圧倒していた。
「知っての通り、我が国のモンスター軍備計画は水泡に帰した。それどころか数多の兵を失ってしまった」
遥斗は昨日の惨劇を思い出し、気分が沈む。
街の瓦礫の山が、今も脳裏に焼き付いている。
「我が国も軍事国家としての誇りはある。兵の練度で他国に後れをとる事はない」
エーデルガッシュの声には、帝国の長い歴史と伝統への自負が感じられた。
「しかしながら、クロノス教団とやらはどれだけの戦力を持っておるか分からん。神の理を越える力を有しておるそうだからな」
アリアはアラクネイアの力を直接体感した者として、その脅威を痛感していた。
確かにあのような戦力を幾つも保有していると考えれば、一国で立ち向かうのは愚行かもしれないと感じる。
「よってヴァルハラ帝国が危機に陥れば、王国の助力を願いたい。逆に王国にスタンピード等の危機が訪れれば、帝国から兵を派遣しよう」
イザベラは懸命に考える。
スタンピードの脅威は去っていない上に、クロノス教団がアストラリア王国へ害成す事は容易に想像出来る。
例え助力が無くとも、帝国の脅威が払拭されるだけで万々歳だ。
それどころか、王国を中心とした、帝国、共和国、連邦の人族連合の結成も夢ではない。
その壮大な可能性に、イザベラは身震いする。
「佐倉遥斗よ。お前の働きが無くては決してここに至る事はなかった。感謝する」
エーデルガッシュが帝国皇帝ではなく、一人の少女としての純粋な笑みを向ける。
その笑顔に導かれるように、一同も遥斗を見つめた。
「そ、そんな僕なんか...」
真っ赤になって俯く遥斗。
その謙虚な態度は、これまでと変わらない。
(あの頼りなさそうな少年のどこにこれだけの力が秘めていたのだろうか。最弱のアイテム士などではない。世界の救世主になるかも)
イザベラは幽閉塔での遥斗の活躍を思い出しながら心の中で思う。
あの時の冷静な判断と覚悟が、今も鮮明に蘇る。
「まぁ私が鍛えてやったんだ。そのくらいはやってもらわねぇと」
アリアが豪快に笑いながら言う。
「あの少年がなぁ...信じられん」
「全くだ、人は見かけによらん」
「帰ってきたら光翼騎士団に推薦してやってもいいぞ!」
ガイラス隊も口々に賛辞を送っている。
その言葉の一つ一つに、敬意が込められていた。
「認めてやってもいいぞ、お前の事。騎士としてはまだまだだが、見込みはある」
笑顔を見せるマーガス。歯から零れる光が眩しい。
その態度には、かつての敵意は微塵も感じられない。
「僕、騎士じゃないけど、ありがとうマーガス...」
(マーガスが僕を嫌っていた理由も今ならわかる。僕はこの世界の事を何も知らなかった。人の命がこんなに軽いなんて。人々がどれだけ救いを求めていたかなんて)
遥斗はこの世界を知った。
人々を知った。
それでも思う。
だからこそ思う。
もっともっとこの世界を知りたいと。
「それで、エルフの国って2つありますよね?どちらに行かれるのですか?」
エレナの質問に、ブリードが答える。
「よくご存じですね。太陽神を崇め、エルフ至上主義のソラリオン。月の女神を崇拝し、魔法とスキルを捨てて全ての種族と融和を謳っているルナーク。両国ともヴァルハラ帝国とは国交が現在ございません」
「一応冒険者は出入り可能だけどな、両方とも。シルバーファング全員で行った事あるぜ」
アリアが驚くべき事実を話す。
その言葉に、会議室の空気が一変する。
「そうなんですか!」
遥斗が驚きの声を上げる。
「ああ、修行の旅の途中で寄った。ソラリオンの奴らは中々ムカつくが、それでもいきなり襲ってくるようなことはねぇ。そこは安心していい、ムカつくが」
アリアがイライラしながら話す。
その態度からは、何か因縁めいた出来事があったことが窺える。
「ルナークは割と普通だが話が通じねー。遥斗がいるならルナークはアリかもな」
意味深な発言だった。
その言葉の裏には、何か重要な事実が隠されているようだ。
「前回、調査団を派遣したのもルナークだった。それを鑑みてルナークに行く予定だ」
エーデルガッシュが答える。
「でも国交断絶してるんですよね?どうやっていくんですか?」
遥斗が尋ねる。
その素直な疑問に、皇帝は意外な答えを返した。
「偽装するのだ、冒険者にな」
「な、なるほど...確かにアリアさんの話通りなら、冒険者だったら入国できるみたいですね。でも、少数しか行けませんよね」
「その通りだ」
「誰が行くんですか」
「ヨダ」
「ヨダさん?」
「余が行くのだ!」
「へっ?」
「このエーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラが行くのだ!佐倉遥斗!」
『えーーーーーーー!!』
一同の驚きの声が帝都の空に響き渡った。
その声には、これから始まる前代未聞の冒険への予感が込められていた。




